
2022年に行われた女子ワールドカップ(以下、W杯)前回大会で、フランス代表にはロール・サンシュス(当時28歳)とポリーヌ・ブルドン(当時26歳)という2人のSHがいた。
この大会の約半年前に行われたシックスネーションズで、ブルドンが怪我で欠場する中、9番をつけたサンシュスがメキメキと頭角を現した。そのプレースタイルから「女子のアントワンヌ・デュポン」と呼ばれたほどだ。
自らボールを持って相手ディフェンスに切り込む。157センチと小柄ながらもパワフルにタックルを突破する。ラックにも突っ込む。キックの精度も高く、効果的に使う。当時の女子フランス代表キャプテンのガエル・エルメは、「私は彼女をアントワンヌ・デュポンに重ねています。直感的で、目まぐるしいプレーで、私たちに突破口を切り開いてくれます。デュポンほどの筋肉質はありませんが、彼女もチームを前進させる、まさにチームの柱です」と語っていた。
サンシュスはこのシックスネーションズで最優秀選手に選ばれた。W杯後には、その年のフランス国内の女子最優秀選手に選出され、ワールドラグビーのドリームチームにも名を連ねるなど、まさに勢いに乗っていた。多くのラグビーファンが彼女のW杯での活躍を楽しみにしていた。

しかし、運命は非情だった。フランスの2戦目のイングランド戦、開始11分でサンシュスは膝の靱帯を断裂するという重傷を負い、彼女のW杯だけでなく、この大会で引退を発表していた彼女のラグビー選手としての人生も幕を閉じた。
負傷したサンシュスに代わってピッチに入ったのがブルドンだった。
ブルドンは、サンシュスに比べると、繊細で狡猾(こうかつ)、どちらかというとチームメイトを動かしゲームコントロールに長けていた。さらに彼女はスタンドオフもカバーできるほどの高いキックの精度を持ち合わせていた。フランスは準決勝でブラックファーンズに1点差で惜敗し(24-25)、翌週はカナダを下して(36-0)3位でこの大会を終えた。
3年後のいま、2人は結婚し、姓をブルドン=サンシュスと改めた。現在、ロールは所属していたスタッド・トゥルーザンの女子チームでコーチをしている。つまり、ポリーヌの妻であり、コーチになった。そして、ポリーヌはフランス代表を統率する「ボス」になった。
ポリーヌが代表デビューしたのは、2015年11月のイングランド戦だった。
順調に代表での経験を重ね、2016年のシックスネーションズでは最終節のイングランド戦で先発出場し、フランスは優勝した。翌年、当時、障害者施設で作業指導員として有期雇用契約で働いていた彼女は、雇用主から無期雇用契約への移行を提案された。将来のことを考え仕事を選んだ。2017年のシックスネーションズもW杯アイルランド大会も諦めることになった。
しかし、所属していたバイヨンヌで優勝し1部昇格を果たした。代表にも再び選ばれ、2018年のシックスネーションズでは、最初の2試合ではSOで、残りの3試合はSHで先発出場し、開幕節のアイルランド戦と最終節のウェールズ戦でPOMに選ばれた。
その年、フランスは全勝優勝を果たした。11月にはヨーロッパ遠征にやってきたブラックファーンズにフランスは史上初勝利を挙げる(30-27)。この試合でポリーヌはSHとしてスタートし、途中からSOでプレーを見せた。
『ル・フィガロ』紙は、「SHを務める23歳のポリーヌ・ブルドンはキックも非常に得意でSOも難なくこなし、代表チームの状況を一変させた。相手にプレッシャーをかけるキック、WTBへの正確なキックパス、相手のキックオフのボールを確実にタッチへクリアランスするキックと、彼女は何でもこなす。このプレーの多様性がフランス代表をレベルアップさせた」と高く評価した。
この活躍が認められ、彼女はワールドラグビーの年間最優秀選手候補にノミネートされた。

その直後にフランス協会が女子代表選手と契約を結ぶ強化策が始まり、ポリーヌもその恩恵を受け、これまでの仕事を辞めてラグビーに専念できるようになった。
初キャップからほぼ10年、キャップの数は今大会のフランスチーム最多の69になった。昨年末、「Rugby Pass」へのインタビューで「経験を重ね、年齢を重ねるごとに、選手としてさらに良くなっている」と語る彼女。SHというポジションは、試合を重ねるほど、ピッチ上でのプレーをコントロールできるようになるそうで、まさにいま、選手として円熟期を迎えているという。
その言葉通り、彼女はフランス代表チームに欠かせない存在となっている。
2023年、2024年にはワールドラグビーの女子ドリームチームに2年連続で選出。今年のシックスネーションズのスコットランド戦では、試合の流れを変える35メートルのドロップゴールを決め、チームに勢いを与えた。
「今シーズン、(国内リーグの)リヨン戦でも決めましたが、練習しているわけではないんです。ボールが来た瞬間に『これだ!』とひらめくんです。誰も前に出てこない。35メートル。よし、行こう! なんのリスクがあるの? その前にトライできなかったから、ここで報われたかったんです。私たちの哲学は『果敢に挑むこと』なんです」
その後、モールから自らボールを持ってディフェンスの隙を駆け抜け、トライも演出し、フランスは、ラ・ロシェルのスタッド・マルセル・デフランドルを埋めた1万6000のサポーターの前で勝利を挙げた(38-15)。
ポリーヌは声でもチームを引っ張る。時には奮い立たせ、時には厳しく。「良いことも悪いことも、はっきりと口にするんです。たまには不満を爆発させることもありますが」と『ル・モンド』紙のインタビューで語っている。時には少し度を過ぎることもある。

5月末、女子1部リーグ「エリート1」の決勝で、所属するトゥールーズがボルドーに敗れた後、彼女は記者会見でレフリングに抗議し、「公平で一貫性のある」裁定を求めた。この発言を規律委員会は重く見て、彼女に2試合の出場停止処分を科した。これにより、8月9日(土)におこなわれたイングランドとの準備試合(6-40の大敗)と、W杯初戦のイタリア戦を欠場することになった。
ただ、彼女は「レフリーを批判したのではなく、レフリーをサポートするシステムが必要だと訴えたかったのだ」と後日打ち明けている。経験のないままレフリーを任され、女子のリーグにはTMOもなく、1人で大きな責任を負わされている状況に物申したのだ。
全身うずうずする状態で復帰した今W杯のブラジル戦、続く南アフリカ戦で、POMに選ばれた。
彼女の指揮でで、ようやくフランスのアタックが息を吹き返した。165センチと大きくはないが、まさにチームを率いる『ボス』なのだ。『レキップ』紙は彼女を『火の玉(le feu follet)』と表現している。この言葉には「活発で、捉えどころがなく、炎のように生き生きとした人物」という意味が込められており、試合中、赤い髪をなびかせて動き勝る姿はまさに炎のようだ。
3年前のW杯より確実にプレーの幅が広がっている。時折、かつてのライバルで現在は彼女のクラブでのコーチとなったロールを彷彿させるようなプレーも見られる。
「世界最高の9番と競争すると、必然的に成長します。ロールとゲームや試合への臨み方について、たくさんの意見交換をしてきました。彼女がトゥールーズのコーチになったことで、ゲームや戦略についてさらに多く話し合えるようになりました。試合のレビューも一緒にします。彼女は多くの人が持ち得ない視点とビジョンを持っていて、彼女から何かを直すように指摘を受ければ、すぐに直すようにしています」(ミディ・オランピック)

名前だけでなく、プレーも『ブルドン』から『ブルドン=サンシュス』に進化した。自身のピークで臨んだ2度目のW杯。ついに準決勝で宿敵であり、今大会自国優勝に向けて最高に準備されているイングランドと対戦する(9月20日、15:30キックオフ/日本時間23:30キックオフ)。
一体、誰がイングランドを倒せるのだろうかと思うぐらい、どの分野でも最強だ。しかもスタジアムは完全アウェー。この大きな山を崩すことができるだろうか?
そのためにフランスはすべての要素を揃えなくてはいけない。団結力はある。スキル、戦術、メンタル、フィットネス、天気、風向きも。運もレフリングも味方につけなければならないだろう。そしてブルドン=サンシュスの閃きがフレンチマジックを起こすかもしれない。