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【ラグビーと暮らす/Vol.4】現地で見た「アメリカラグビー」PNC アメリカ×日本の前に知っておきたいこと。
パシフィックネーションズカップ2024の日本×アメリカは41-24で日本の勝利。写真は、その試合時のSH、後半に出場したJP・スミス。(撮影/松本かおり)

【ラグビーと暮らす/Vol.4】現地で見た「アメリカラグビー」PNC アメリカ×日本の前に知っておきたいこと。

大嶽和樹/Kazuki Otake

 9月6日、日本代表がパシフィックネーションズカップ(以下、PNC)でアメリカ代表と対戦する。
 会場はカリフォルニア州サクラメントのHeart Health Park。カナダ戦に続き、北米のもう一つの強豪・アメリカとの一戦だ。

 試合を前に、私が現地で見て、肌で感じてきた「アメリカラグビー」の姿をお伝えしたい。
 現在カナダでプレーしている私は、実は2018年と2019年にシアトルとニューヨークに留学し、現地でラグビーをプレーしていた。シアトルでは、ワシントン大学のハスキー・ラグビー・クラブ(Husky Rugby Club)、そして国内でも強豪として知られるシアトル・ラグビー・クラブ(Seattle Rugby Club)等に所属した。

 このシアトル・ラグビー・クラブは、プロチームのシアトル・シーウルブズ(Seattle Seawolves)と練習場が隣接しており、実質的に2軍のような関係にあった。シアトル・ラグビー・クラブの1軍で活躍する選手たちは、シアトル・シーウルブズの練習生となり、そのままプロデビューする者も多かった。
 ちなみにシアトル・シーウルブズ(Seattle Seawolves)は、2015年ワールドカップの日本代表でWTBを務めた山田章仁選手も一時期所属していたため、チーム名に馴染みのある人も多いかもしれない。

MLR2019年シーズン、Seattle Seawolves vs Glendale Raptors の試合。手前に見える、帽子を被ったのが、トヨタヴェルブリッツでもプレーしたアピ・ナイカティニ(Api Naikatini)。会えばいつも、「ゲンキ?」と日本語で話しかけてくる人懐っこい性格。その横にいるトレーナーは、このシーズンは、私が所属したSeattle Rugby Clubと両方でトレーナーを務めていた。(写真は筆者提供)


◆アメリカラグビーの現在地/「眠れる巨人」の目覚めと現実。

 アメリカのラグビーは、これまで「眠れる巨人」と呼ばれてきた。3億人を超える人口、世界一の経済規模、圧倒的なスポーツ文化を考えれば、ポテンシャルは計り知れない。
 事実、代表チーム「イーグルス」は1987年の第1回大会からワールドカップに出場し、2003年には日本を破った実績もある。

 しかし、近年は苦しい時期が続いている。
 2023年大会の北中米予選ではウルグアイ、チリに敗れ、史上初めてワールドカップ出場を逃した。これはカナダ同様、アメリカのラグビー界に大きな衝撃を与えた。

 アメリカには、MLR(Major League Rugby)というプロリーグが存在する。2018年に7チームで発足、元オールブラックスのセンター、マア・ノヌーや、元ワラビーズのSO/CTBマット・ギタウなど世界的ビッグネームも過去参戦し、世界的な注目度も高い。

パシフィックネーションズカップ2024で来日時のアメリカ代表。(撮影/松本かおり)


 しかし、その成長は平坦ではない。財政的な厳しさから、毎年いくつかのチームが活動を停止したり、合併したりしている。
 2020年のコロラド・ラプトーズ(Colorado Raptors)の活動休止を皮切りに、2022年のLAギルティニス(LA Giltinis)、2023年のラグビー・ニューヨーク(Rugby New York)、2024年のダラス・ジャッカルズ(Dallas Jacklas)と、ほぼ毎年、どこかのチームが誕生しては活動を休止して、その不安定さを露呈している。

 2025年も例外ではない。ラグビーフットボールクラブ・ロサンジェルス(Rugby Football Club Los Angeles、通称RFCLA)とサンディエゴ・リージョン(San Diego Legion)が合併してカリフォルニア・リージョン(California Legion)として再編成された。
 また、マイアミ・シャークス(Miami Sharks)も活動を停止した。

 アメリカでは、アメリカンフットボール(NFL)、野球(MLB)、バスケットボール(NBA)、そしてアイスホッケー(NHL)の4大スポーツ以外は根付きにくいと言われているが、ラグビーもいまのところ、その通説を覆せていない。

Seattle Rugby Clubでのジムセッション後の1コマ。身長177センチ、90キロの筆者は後列右から4人目。ほとんどの人が私より背が高く、また大きいことから言っても、その体格の大きさはお分かりいただけるだろう。(写真は筆者提供)



◆フィールドから見た「アメリカラグビー」の特性


 アメリカラグビーの特徴は、なんといっても、恵まれた身体能力を元にした「パワーラグビー」。日本のそれとは対照的な特性を持っている。

 日本が組織で連携し、チーム全体でプレーを構築するのに対し、アメリカではそうした高度な決まりごとはほとんどない。
 恵まれた体格がもたらすパワーやスプリント能力を最大限生かし、アタックでは、複雑なシステムを使うことは少なく、フォワードが当たるかバックスに回すか、といった大まかなコールはあるものの、その後の動きは個々の判断に委ねられることが多い。

 ディフェンスも同様だ。
 高度に組織化されたシステムではなく、個々が前に出てタックルするシンプルな守り方が基本だ。

 実際、190センチを超えるロック、130キロを超えるプロップは、シアトルラグビークラブ(Seattle Rugby Club)やその対戦相手にも、数多く存在。私がプレーしていた2018-19年当時、全米のトップレベルのチームでもその傾向は顕著だった。今でも状況は大きく変わっていないだろう。

2024年11月、フランスのシャンベリーでトンガと戦ったアメリカは36-17で勝利。写真は今回の日本戦にも先発するSHルーベン・デハース。(撮影/松本かおり)



 現在の代表スコッドは、ほとんどがMLRの選手であること・そして世界様々な国のルーツを持つ選手で構成されていることが特徴だ。
 フランス(プロD2/プロバンス)でプレーするHOのカペリ・ピフェレティ(Kapeli Pifeleti)や、イギリス(ブリストル)でプレーし、2019年の日本開催のワールドカップにも出場したSOのAJ・マクギンティ(AJ MacGinty)らを除き、スコッドの9割以上はMLRの選手で構成されている。

 また、ルーツで言えば、先に述べたAJ・マクギンティはアイルランド、CTBのトマソ・ボニ(Tommaso Boni)はイタリア出身、LOのマルノ・レデリングハイス(Marno Redelinghuys)は南アフリカ出身であるなど、世界各国から選手が集まってきている。
 2025年8月25日発表の最新の世界ランクでは18位。
 今年の戦績を見ると、1勝3敗。7月5日の試合で、現在世界ランク22位のベルギーに36-17で勝利。7月12日の試合では、同15位のスペインに31-20で敗戦、7月19日の試合では同5位のイングランドに5-40で敗戦し、そして8月22日の試合(PNC)で同24位のカナダに20-34と敗戦している。

今回の日本戦のメンバー。USA Rugbyの公式Instagramより


◆注目選手/多国籍な「個の力」を体現する男たち。


 前提として、今回の日本戦はアメリカ代表にとって2027年のワールドカップに出場するため、非常に大事な試合となる。
 2031年に自国開催のワールドカップを控えているアメリカは、2023年のワールドカップ出場を逃し、2027年のワールドカップ出場権を是が非でも確保しなければならない。パシフィックネーションズカップはその出場権をかけた争いを兼ねている(今大会の上位3チームにRWC2027出場権。すでに出場が決まっているフィジーと日本を除く)。先日、世界ランクが下のカナダに負けたことは、その観点からも、アメリカラグビーにとって大きな悲劇だった。

 そういった背景もあるからだろう、今回の日本戦の試合登録メンバーは、前回のカナダ戦から大きく先発メンバーを入れ替えた。
 カナダ戦でキャプテンを務めた6番のベン・ボナッソ(Benjamin Bonasso)はメンバー外となり、5番のジェイソン・ダム(Jason Damm)がキャプテンに。SHは、前節でスタメンだった南ア出身でシアトル・シーウルブスのJP・スミス(JP Smith)がメンバー外となり、同じく南ア出身のルーベン・デハース(Ruben de Haas)がスタメンを務める。

 前節のAJ・マクギンティはベンチを外れ、10番にはクリス・ヒルセンベック(Chris Hilsenbeck)が入った。
 この選手は、多国籍なアメリカ代表を象徴する選手のひとり。生まれはアメリカ・カリフォルニアも、育ちやラグビーを始めたのは、ドイツのハイデルベルグ。その後、フランスのプロリーグで活躍し、ドイツ代表としても2012年から2019年の間に20以上のキャップを獲得してきた。その後、2023年にアメリカMLRのRugby ATLに移籍。今年7月のベルギー戦でアメリカ代表デビューを果たした。

PNC2024、フィジーと戦った時のCTBタビテ・ロペティ(中央)。(撮影/松本かおり)


 この試合で特に注目するならば、12番のタビテ・ロペティ(Tavite Lopeti)だろう。8人兄弟でトンガにルーツを持つ。
 バスケやアメフトをプレーしながら、今回の試合が行われるサンフランシスコで生まれ育った。高校からラグビーを始め、カリフォルニアのセントメアリーカレッジ(Saint Mary’s College)でプレーし、2021年のMLRドラフトで全体1巡目でシアトル・シーウルブスに指名された。

 その後ロペティは、2022年のMLRの新人賞を獲得し、シーウルブスの中心選手として活躍した。2025年にライバルチームであるサンディエゴ・リージョンに移籍。MLR決勝で戦ったこともあるライバルチーム間での移籍は、ファンに少なからず衝撃を与えた。
 パワフルな突破やランでチームに貢献する。日本としては、その強みを何度も出させる展開は避けたいところだ。

 ちなみにアメリカ代表のスコッドには他にも魅力的な選手が多数いる。
 先述のJP・スミスは、190cm近い長身のSHで、オフシーズンにチームオーナーの牧場で羊の世話の仕事をするユニークな一面を持つ。また、ウイングのイナ・フティ(Ina Futi)は、サモア出身で高校卒業後アメリカに渡り、大学からラグビーをプレー。プロになったのも25歳からと異例の遅咲きの選手だ。
 いずれもカナダ戦ではプレーしたが、今回のメンバーには入っていない。

2019年、ウェストサイド・ローニン(Westide Ronin)の練習後の1枚。このシーズン、イナは膝を怪我しており、共に同じグラウンドでプレーする機会は多くはなかったが、常に目が合えば笑いかけてくれる明るい選手だった。イナは後列右から2人目の赤いシャツ、筆者は後列中央。(写真は筆者提供)


◆試合展望とまとめ。


 日本代表のハイスピードで継続するラグビーは、アメリカのパワー重視のスタイルと相性が良いだろう。日本が強みである組織力でプレッシャーをかけ続ければ、アメリカのディフェンスにズレが生まれる可能性が高い。しかし、アメリカも個々の身体能力や爆発力はある。ひとたび流れをつかむと手がつけられなくなる。

 アメリカのラグビーは様々な苦難に見舞われながらも、まさに成長の真っ只中にある。ワールドカップ開催国という未来への希望を胸に、彼らは日本に挑む。
 9月6日のカリフォルニアでの一戦が好ゲームとなることを期待しよう。

【プロフィール】
おおたけ・かずき
1996年愛知県名古屋市生まれ。早稲田GWRC、University of Washington Husky Rugby Club、Seattle Rugby Club、Kenya Homeboyz、Kenya Wolves等を経て、現在カナダ・アルバータ州のラグビーチームでプレー中。13人制ラグビー日本代表(キャップ3)。早稲田大学スポーツ科学部、法学部、University of Washingtonを経て、外資系戦略コンサルティングファームの東京オフィス、ケニアオフィスなどに勤務したのち、独立。

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