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◆スプリングボックスの始動
ウィンドウマンスが始まった。
スプリングボックスの活動としては、2月に南アフリカ国内クラブに所属する56選手をラッシー・エラスムスHCが選出し、ケープタウンで3日間のアライメントキャンプを実施。代表チームとしての2025年シーズンをスタートしている。
続いて6月3日、今シーズンのスプリングボックスの土台となる54名のスコッドが発表された。メンバーの内訳は、ワールドカップ優勝経験者が31名、キャップ未獲得の新顔が9名。すなわち、大半がおなじみの実力者たちで占められた。
スコッド発表の5日後より第2回目のアライメントキャンプをヨハネスブルグで実施。日程的に参加可能な選手、つまり、ユナイテッド・ラグビー・チャンピオンシップ(URC)や他のヨーロッパリーグのプレーオフ等に関係していない選手からキャンプに参加している。もちろん、日本のリーグワンで活躍した選手たちも帰国後、休む間もなくこのキャンプに向かった。
このメンバーの中で特に注目されるのが、唯一、プロチーム以外でケープタウン大学(UCT)から選出されたWTB、ントコゾ・マクハザだ。
マクハザは、2025年のバーシティカップ(南アフリカの大学ラグビー選手権に相当)で、UCTを3年連続の決勝進出に導いた立役者であり、昨年に続いて年間最優秀選手賞を受賞。今シーズンはさらにバックライン年間最優秀選手賞も手にした、まさに大学ラグビー界のスーパースターである。

バーシティカップ決勝では、UCTが強豪マティーズ(ステレンボッシュ大学)を44-21で破り快勝を収めたが、この試合でマクハザはゴールキックも担当し、一人で32点を挙げ、シーズン通算得点は155点に達した。
そんなマクハザは来シーズン、出身地であるフリーステート州を本拠地とするトヨタチーターズと契約したことを発表。なお、マクハザのホームタウンはフリーステート州ベスレヘムで、スプリングボックスのHOボンギ・ンボナンビと同郷だ。
さて、今年スプリングボックスは6月28日のバーバリアンズ(ケープタウン)を皮切りに7月はイタリア2戦(プレトリア、ポートエリザベス)、そしてジョージア(ネルスプリット)と戦う。
8月からザ・ラグビー・チャンピオンシップが始まり、ホームでワラビーズ2戦(ヨハネスブルグ、ケープタウン)、9月は敵地でオールブラックス(オークランド、ウェリントン)、アルゼンチンとは1戦目はホーム・ダーバンで戦い、2戦目はトウィッケナムで対峙する。
恒例の年末のヨーロッパツアーでは、フランス、イタリア、アイルランド、ウェールズとの対戦が決まっている。
◆いざ出陣! バーバリアンズ戦
初戦のバーバリアンズ戦は雨のDHLスタジアム(ケープタウン)で行われた。南アフリカの地にバーバリアンズを迎えたのは初めてのことだ。
実は、スプリングボックスとバーバリアンズは1952年からこれまでに8度対戦しており、結果はスプリングボックスが3勝4敗1分けと、負け越している。これまでの対戦はすべてイギリス国内で行われてきたが、アパルトヘイト廃止(1994年)以降の最近の戦績では、1勝3敗1分けとさらに厳しい結果となっている。「意外にも」と言うとバーバリアンズに失礼だが、スプリングボックスはこれまでバーバリアンズを苦手としてきた。この試合で勝利を収め、対戦成績をイーブンに戻したいところだ。
今回のバーバリアンズは埼玉ワイルドナイツのロビー・ディーンズ監督が指揮を執り、アイルランド代表キャップ105のレジェンド、FLピーター・オマーニがキャプテンを務めた。オマーニと同国代表キャップ137のPRキアン・ヒーリーはこれが引退試合となる。
残念ながら今回、日本人選手は招聘されなかったが、他にもFLサム・ケイン、FLシャノン・フリゼル、WTBマーク・テレアなどのオールブラックス組をはじめとする一流プレイヤーが世界中から集まった。
対するスプリングボックスはマッチデーメンバーにはノンキャップ選手が4名含まれており、エラスムスHCは試合前の記者会見では「バーバリアンズの経験豊富な選手たちと対戦し、彼ら(ノンキャップ組)がどの程度実力を発揮できるかを確かめる絶好の機会でもある」としており、「テストマッチではないが、スプリングボックスとしては公式テストマッチ(同様の)として臨む」と真剣勝負をすると決意を表明した。
また今シーズンのリーグワンでプレーした選手が23人中8名おり、エラスムスHCは「選手によっては試合から(実戦が)空いている期間が長くなっており、本来の調子を取り戻す良い機会になる」としている。

そして、日本人ファンにとってうれしいニュースがふたつあった。
ひとつは、首のケガでシヤ・コリシが欠場していたこともあるが、スプリングボックスの第67代キャプテンに『我らの』CTBジェシー・クリエルが任命されたこと。もうひとつは、長期の負傷離脱を経て、同じく『我らの』LOルード・デヤハーがこの試合でいよいよ復帰を果たすことだ。
試合は54-7とスプリングボックスの圧勝だった。後半64分にバーバリアンズのフランス代表FBメルヴィン・ジャミネがトライするまで点差は40-0と開いた。
注目すべきは、ロックのルード・デヤハーが長期離脱をまったく感じさせない力強いプレーで、フォワード陣を力強く牽引した点だ。後半59分には、ラックサイドのわずかなディフェンスの隙を突いてトライを決め、その存在感を改めて印象づけた。
次戦のイタリア戦でも同様のパフォーマンスを見せられれば、エベン・エツベス、RGスナイマン、フランコ・モスタート、ジーン・クラインらと並び、スプリングボックスの層の厚いロック陣の中で、確固たる地位を築くことを予想させた。
興味深かったのは、後半に交代で入ったアンドレ・エスターハイゼンが本職のセンターではなくフランカーで出場したことだ。宗像サニックスブルースでも活躍したエスターハイゼンは193㎝、115㎏と体格的にはスプリングボックスのFWにいてもまったく問題がない。エラスムスHCからは半年前から「ハイブリットな役割」を務めてほしいとの打診があり、本人もチームのためになるということで受け入れた。
最後にエラスムスHCが期待していた新人で最も期待に応えたのはFLヴィンセント・チトゥカだろう。前後半フル出場でボールのあるところにはチトゥカの姿があったと言っても過言ではない。今年34歳になるシヤ・コリシの後継者候補の一人だ。
現在、チトゥカは26歳、シャークスに所属している。以前からスプリングボックス入りを嘱望されていたが、国籍の問題があり、代表には呼びたくても呼べなかった。日本代表と異なり、スプリングボックスになるには原則として南アフリカの国籍保持者であることが求められる。
チトゥカは2002年、政情不安なコンゴ民主共和国から生命の危険にさらされた両親とともに命からがら難民として南アフリカに逃亡してきた。その経験は彼を含めた家族のトラウマになっているくらい悲惨なものだった。南アフリカでも貧困な暮らしを強いられたが、何とかヨハネスブルグ大学に入学し、ラグビーを本格的に取り組んだことで人生が変わった。
すぐに頭角を現し、まずはライオンズにスカウトされて2018年にプロ契約を交わす。さらに2022年、シャークスに移籍した。そして今年、ついに南アフリカ国籍を取得することができ、満を持してスプリングボックスのキャンプへ呼ばれた。
もう一人、FWでエラスムスHCが期待を寄せていたPRアセナティ・ヌトラバカニャは、期待に届かぬパフォーマンスに終わったか。体重を153キロから約20キロ落として今日の試合に臨んだとされるが、所属するライオンズで見せていたパワフルな動きが、減量の影響かやや影を潜めた印象だ。圧倒しなければならないスクラムでは一度コラプシングを奪う場面はあったが、全体として優勢とは言い難かった。
ただ前述のCTBクリエル、LOデヤハーを始め、ともにトライを決めたWTBチェスリン・コルビー、カートリー・アレンゼ、そしてダミアン・デアレンデなど特に日本で活躍している選手たちがそれぞれ期待されている責任を果たした。エラスムスHCは「満足のいく内容ではあったが、やはり練習試合だ。来週からテストマッチが始まる」と気を引き締めた。
◆消化不良のイタリア代表とのテストマッチ第1戦
さてイタリア代表『アズーリ』は、現在ワールドラグビーランキング10位。同1位のスプリングボックスから見れば格下の相手と言える。ちなみに1995年から始まったアズーリとのテストマッチの戦績はスプリングボックスが16試合中15勝している。しかし2016年に敵地で18-20と敗れており油断は禁物だ。
その試合は、アリスター・クッツェーHC時代、近年でチーム状態が最も低迷していた時期におこなわれたものだ。それまで大差で退けることが多かった相手に敗れた事実は、関係者やファンに少なからぬ衝撃を与えた。
そしてその屈辱の試合に出場しており、今回のテストマッチ初戦でボム・スコッドに名を連ねるHOンボナンビはその経験から、「我々はイタリアを軽視することはできない。彼らにはゴンサロ・ケサダ(※アルゼンチン代表キャップを38持ち、主にTOP14/スタッド・フランセでコーチを務めた)という、情熱を掻き立てるコーチがいる」と警鐘を鳴らしていた。
スプリングボックスのスクラムコーチ、ダーン・ヒューマンも「イタリアを過小評価することはない」と強調していた。
先のシックスネーションズでアズーリは、チームとしては歴史的連敗が続いているウェールズに1勝しただけの5位に終わった。しかし、スクラムの成功率が93パーセントだったこと。そして、南アフリカに来る前に調整試合として戦ったスプリングボックスの弟分、ナミビアとのテストマッチ(結果は73-6の圧勝)では、スクラムでペナルティトライを含む4回のペナルティを奪った。ヒューマンはイタリアがFWに固執することを予想していた。

さて南アフリカで行われるホームのテストマッチでは、国歌斉唱の前に黒人のマジョリティを占めるズールー族の『インピ戦士』のパフォーマンスで会場を盛り上げるのが通例だ。この試合ではそのパフォーマンスの前に、イタリアのミニオペラが実演された。正直なところ、観客の中にはラグビー観戦が目的で、オペラにはあまり関心を持たない人もいるだろう。
しかし、せっかくの国際試合である以上、対戦国の文化に触れるこうした取り組みは今後も続けていくべきだ。日本でも、同様の試みを取り入れてみてはどうだろうか。
この試合の主審を務めたのは、昨年のポルトガル戦でも笛を吹いたスコットランド出身の女性レフリー、ホーリー・ダビッドソンだ。彼女はURCなどでも主審を担当しており、南アフリカのファンにはすでに馴染みの存在となっている。女性レフリーだからといって、メディアが過剰に取り上げることもなく、自然なかたちでその実力が認められている点は好ましい。
南アフリカのファンは、レフリーの微妙な判定には厳しい目を向けることで知られるが、今のところ、彼女のレフェリングは高く評価されている。特に、スクラムの際の掛け声が非常に明瞭で、選手にも観客にも聞き取りやすいという印象を受ける。
試合結果としては、スプリングボックスが42-24(トライ数6対3)で勝利を収めた。スコアだけ見れば及第点と思えるが、エラスムスHCは「一貫性に欠ける内容にフラストレーションが溜まった」と厳しい評価を下した。初戦ということもあり、チームに気を引き締めさせる意図もあったのかもしれない。「スクラム以外は中途半端な出来だった」と手厳しく、満足には程遠い様子だった。
この日のスプリングボックスは、27歳とやや遅咲きながら急成長を遂げているSHモルネ・ファンデンバーグと、バーバリアンズ戦で高いパフォーマンスを見せたFLチトゥカを除けば、ほぼワールドカップ優勝メンバーによるベストに近い布陣。
一方のアズーリは、シックスネーションズでキャプテンを務めたFLミケーレ・ラマロや今回のツアーキャプテンに指名されていたHOジャコモ・ニコテラをはじめ複数の主力をケガで欠くという厳しい状況。いわば飛車角落ちの状態ということもあり、南アフリカのファンの間では大差での圧勝を期待する声が多かった。
前半はスプリングボックスがほぼ主導権を握り、文句なしの内容だった。バーバリアンズ戦に続いてキャプテンを務めたCTBジェシー・クリエルの先制トライを皮切りに、スクラムからのペナルティトライ、WTBカートリー・アレンゼのダンスのようなステップからの独走トライ、そして期待の新鋭SHモルネ・ファンデンバーグがスクラムサイドを巧みに突いてのトライと、次々に得点を重ねた。前半を終えて28-3。試合の行方は早々に決まったかに見えた。
しかし、後半はヒューマンが憂慮していたアズーリのFWが奮起し、そこにスプリングボックスFWの鉄壁の防御にほころびが生じた。
後半開始直後、FLマヌエル・ズリアーニにラックサイドを簡単に破られてトライを許すと、続く62分には、22メートルライン付近からモールで押し込まれ、屈辱のトライを献上。まさに、スプリングボックスが本来やるべきことをアズーリのFWにやられてしまった格好だ。
あれほどFWが押され続けるスプリングボックスを見たのは久しぶりで、どこか『暗黒時代』を思い起こさせるような光景だった。
結局、後半はアズーリに3トライされ、スプリングボックスはPRヴィンセント・コッホとFLマルコ・ファンスターデンの2トライ。この試合でも後半から出場したボム・スコッドの選手構成はいつものFW6人、BK2名のエラスムススタイルだったが、疲れが見える相手FWをフレッシュレッグスにより、さらに粉砕するという期待には応えられなかった。後半だけをみれば、14-21で負けている。
ノーサイド後スプリングボックスの選手たちに笑顔はなく、うつむきながら静かにロッカールームへ引き上げた。
エラスムスHCも言及していたように、スクラムでは終始圧倒していただけに、次戦も敗れることは考えにくい。ただし今回の内容を踏まえると、次戦が今シーズンのスプリングボックスの仕上がり具合を占う、重要な試金石となるという見方もあった。

◆対イタリア代表第2戦は完封勝利
第2戦はグェベーハのネルソン・マンデラ・ベイ・スタジアムで行われた。
グェベーハはかつてのポート・エリザベスだが、2021年に南アフリカ政府が改称した。英語で書くと『Gqeberha』と書き、現地のコエ語で「港」という意味だ。発音記号は“ᶢǃʱɛ̀ɓéːxà”と複雑なものになり、このGの部分は舌打ちのような吸着音で発音されるため、南アフリカ人でも正確に発音できない人が多い。従って、今も旧称のポート・エリザベスを使う人が多い。
第2戦のメンバーは第1戦から大幅に入れ替えがあり、若手や経験の浅い選手が多く入った。
FWはPRオックス・ンチェに代わりにPRトーマス・デュトイ、両ロックがエツベス、デヤハーからこの試合でキャプテンを務めるサルマーン・モーラットとブルズのキャプテンであるルアーン・ノルキア、そして7番が若手のヴィンセント・チトゥカから待望のピーターステフ・デュトイに代わった。デュトイは昨年11月のイングランド戦以来のスプリングボックス復帰となった。
周知のとおり、ピーター=ステフ・デュトイはケガの影響で2024-25シーズンのリーグワンには1試合も出場していない。とはいえ、海外の代表チームではよくあるように、所属クラブでの出場がなくても、実績と経験が十分であれば、いきなりテストマッチに復帰させるケースがある。ファンとしてはもちろんうれしい限りだが、ぶっつけ本番で強度の高い試合に出て大丈夫なのかという不安も拭えない。
少しカテゴリーは異なるが、似たような例として、来シーズン古巣のイングランド・プレミアシップ/サラセンズへの復帰が決まっているSOオーウェン・ファレルが挙げられる。
ファレルはケガ人の代役とはいえ、いきなりブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズに招集され、試合にも出場した。ファレルは昨シーズン所属していた仏TOP14/ラシン92ではケガの影響で活躍の機会が限られ、さらにイングランド代表からも2年間遠ざかっていた選手である。
こうした判断は選手の実績と信頼に基づくものだが、日本の指導者にはなかなかできないアプローチかもしれない。
バックス陣は、9番以下がすべて入れ替えとなった。特に司令塔のポジションについては、バーバリアンズ戦でのSOサーシャ・ファインバーグ・ムゴメズルに始まり、第1テストではハンドレ・ポラード、そして第2戦ではマニー・リボックが先発を務めるなど、トライアルが続いている。おそらく、ここにシャークス所属のジョーダン・ヘンドリクスが加わり、今後はこの4人によるポジション争いが本格化していくことになりそうだ。
また、昨年のウェールズ戦で鮮烈な代表デビューを飾ったWTBエドウィル・ファン・デル・メルヴァがこの試合で復帰を果たした。彼はそのウェールズ戦後、肩に重傷を負い、昨シーズンをまるごと棒に振ることとなったが、今回見事なカムバックを遂げた。
そして、FBウィリー・ルルーがこの試合でスプリングボックス100キャプの偉業を遂げた。ルルーは2013年に奇しくもイタリア戦でデビューして以来、12年かけてのセンチュリオン入りとなった。
現在、スプリングボックスで100キャップを越えた選手は、ルルーを含め8名。132キャップのLOエツベスを筆頭に、LOビクター・マットフィールド(127キャップ)、WTBブライアン・ハバナ(124キャップ)、PRテンダイ“ビースト” ムタワリラ(117キャップ)、PRジョン・スミット(111キャップ)、CTBジャン・デビリアス(109キャップ)、そして、FBパーシー・モンゴメリー(102キャップ)と錚々たるメンバーだ。
ルルーに続くのはFLシヤ・コリシ(92キャップ)やCTBダミアン・デアレンデ(88キャップ)、FLデュトイ(87キャップ)ぐらいか。
ボム・スコッドには前述の巨漢PRアセナティ・ヌトラバカニャ、先発NO8で浦安D-Rocksでも活躍しているヤスパー・ウィーセの弟であるLOコーバス・ウィーセ、そして194センチ、100キロの大型WTBイーサン・フッカーらが初キャップとなった。
試合は100キャップのルルーが一人でフィールドに出ていく際に、メンバー外の選手たちやコーチが花道を作り、皆で祝福する感動的なシーンから始まった。
結果としては45-0とスプリングボックスがアズーリを零封に抑えた。
今後、物議を醸す可能性もあるが、スプリングボックスは試合開始直後に奇襲を仕掛けた。SOマニー・リボックはキックオフで明らかに意図的に短いキックを蹴り、わざとノット10メートルとすることで、ハーフライン中央からのスクラムで試合を再開させたのだ。これは、第1戦で圧勝を収めたスクラムを活用し、アズーリの動きを封じて士気をくじく狙いがあったと見られる。
状況は異なるが、2023年ワールドカップ準々決勝のフランス戦で、FBダミアン・ウィレムセが自陣22メートルライン内でマークを取った際、フリーキックではなくスクラムを選択した場面を思い起こさせる。スプリングボックスにとって、スクラムは強力な武器であることを示す一例だ。
まったくレベルが異なるのだが、筆者の高校時代の指導者がキックオフでノット10メートルになるとFWの勢いがそがれるということで、短いキックを蹴ってしまったキッカーはきつく怒られていたことを思い出す。もちろん、陣地は下がり相手ボールになるので、普通のチームであればまず取らない戦法だろう。また故意に反則をする、ルールの盲点をつくという行為もスポーツマンシップの観点からは批判されることも予想される。
ただそれだけ勝つことに固執してきたので、4回も世界一になれたということも言えるのだが……。
前半10分にはWTBファンデルメルヴァの好走から、逆サイドのWTBマカゾレ・マピンピにつなぎ、さらにこの試合で動きが良かったSHグラント・ウィリアムスにボールがわたりトライ。そして16分にはそのWTBファンデルメルヴァ自らがゴールライン右端に飛び込んだ。

ここで予想外のトラブルが発生した。前半21分、FWの切り込み隊長であるNO8ジャスパー・ウィーセが、アズーリのPRダニーロ・フィスケッティとの小競り合いの末、頭突きと見なされる行為によりレッドカードを受け、一発退場となってしまった。
筆者の目には、額が触れた程度に見えたが、無用な接触であったことは否定できない。後半にボム・スコッドとして出場予定だった弟のLOコーバス・ウィーセとの「兄弟共演」も、残念ながら次の機会に持ち越しとなった。
しかし、ここで頼もしかったのが、バーバリアンズ戦で『予行演習』を済ませていたCTBアンドレ・エスターハイゼンだ。彼はスクラム時のみフランカーの位置に入り、数的不利にも関わらずスクラムの安定を保った。むしろアズーリにとって不運だったのは、前半にノックオンなどのミスが多く、劣勢のスクラムを組む機会が増えたことだ。そのたびにコラプシングを取られて押し込まれ、ゲインラインを後退させられる展開となった。
逆にスプリングボックスはこの局面をうまく利用し、前半だけで2度、相手ボールのスクラムを奪うなど、勢いを加速させた。
その後も31分にはルルーのショートパントのバウンドがアズーリBKの最後尾にいた選手の前で方向を変えて、追走するWTBファンデルメルヴァの前に転がる。ファンデルメルヴァは相手に競り勝ち真ん中にグラウンディングした。前半最後はCTBカナン・ムーディが対面をはじき飛ばしてトライを重ねた。
ムーディのトライの前にスプリングボックスFWは奇策を打った。ミッドフィールド・ラインアウトと呼ばれるらしいが、SHウィリアムスがラックから出たボールをラインアウトの陣形を作って待っているFW陣にスローイングする。キャッチャーはLOノルキアだ。通常のモールより強固な陣形を形成できる。
このミッドフィールド・ラインアウトはFBルルーをはじめ、これまで最も多くのスプリングボックスを輩出し、サニックスワールドラグビーユース交流大会での優勝経験もある名門ポール・ルース・ジムナジウムが開発した戦法である。スプリングボックスが高校チームの奇策を真似したことになる。
後半開始早々、PRウィルコ・ローがハイタックルの反則でイエローカードを受け、一時は13人での戦いを強いられる展開となった。初戦では前半にリードしたものの、後半に失速したため一抹の不安もよぎったが、今日のスプリングボックスにはラグビーの神様が味方していた。わずか3分後、前半にウィーセと小競り合いを起こしたアズーリのPRフィスケッティが悪質な反則でシンビンとなり、人数的不利の影響はすぐに相殺された。とはいえ、スプリングボックスは14人で戦ってはいるのであるが……。
後半51分には再びミッドフィールド・ラインアウトからHOマルコム・マークスがそのモールを押し込んでトライ。その後もスプリングボックスの勢いは止まらず、73分にはWTBマピンピ、そしてアディショナルタイムには、マークスに代わって出場したHOヤン・ヘンドリックス・ベッセルズが左隅にダメ押しのトライを決めた。
最終的に合計7トライを挙げる圧勝劇となった。
また、相手をノートライに抑えた点については、防御の堅さ以上に、スクラムを起点にした継続的な攻撃でボールを保持し、アズーリに攻撃機会をほとんど与えなかったという印象が強い。
エラスムスHCは試合後の記者会見では、第1戦後とは異なり「かなり満足している」とご満悦だった。本番ともいえるザ・ラグビー・チャンピオンシップに向けて「バランスの取れたチームを編成したい」ということだった。
今回も多くの若手がキャップを手にし、着実にエラスムスHCの思うバランスの取れたチームは形成されつつある。ワールドカップ優勝を経験したメンバーと、国際試合の経験が浅い、または初めてのメンバーのバランスを考えた“いい具合の”チーム構成になっている。もちろん、南アフリカにはラグビー人材が豊富ということはあるが、チームとして勝ちながら成長しているのが外からみていても実感できる。
余談だが、エラスムスHCはあるインタビューにおいて、「11月に日本との試合を加えたい」と言っていた。水面下で両国の協会が動いているのだろうか。エラスムスHCにどのような意図があるのか分からないが、日本を名指しで指名してくれていることは嬉しい。
実際は11月のウィンドウマンスもお互いタイトなスケジュールがすでに決まっているので実現は難しそうだ。
しかし、実現したらしたで、ブレイブブロッサムズの現状を考えると、うれしさ半分、怖さ半分だろうか。
次戦は7月14日にムボンベラ(ネルスプロイト)に場所を移し、ジョージアとの決戦が待つ。ザ・ラグビー・チャンピオンシップ前にいろいろなことが試せる最後の機会である。
Go for it, Bokke!
【プロフィール】
杉谷健一郎/すぎや・けんいちろう
1967年、大阪府生まれ。コンサルタントとして世界50か国以上でプロジェクト・マネジメントに従事する。高校より本格的にラグビーを始め、大学、社会人リーグまで続けた。オーストラリアとイングランドのクラブチームでの競技経験もあり、海外ラグビーには深い知見がある。英国インペリアルカレッジロンドン大学院経営学修士(MBA)修了。英国ロンドン大学院アジア・アフリカ研究所開発学修士課程修了