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欧州チャンピオンズカップ優勝のボルドー。マルティー会長、「魔法のような光景」に心震える
5月25日、地元・ボルドーでのチャンピオンズカップ優勝祝賀パレードには4万人超の人々が集まった。(Getty Images)

欧州チャンピオンズカップ優勝のボルドー。マルティー会長、「魔法のような光景」に心震える

福本美由紀

 5月24日、イングランドのノーサンプトンを下し、ラグビー欧州最高峰「チャンピオンズカップ」の頂点に立ったUBB(ユニオン・ボルドー・ベーグル)。地元ボルドー市での優勝パレード(5月25日)には、4万人ものファンが集まり、街は熱狂の渦に包まれた。
 バスの上からその光景を見つめたクラブ会長兼オーナーのロラン・マルティー氏(57歳)は、感無量の表情で語る。「信じられないほどの感動がこみ上げてきた。幸せそうな顔をした子どもたち、大人たち、若者、お年寄りまで…。まるで魔法のようだった」。

 この歴史的快挙は、マルティー氏がこのクラブとの冒険を始めてから17年目の成果だ。
「これは皆さんの成功です。もし皆さんがいなかったら、もしシャバン・デルマスを満員にしてくれていなかったら、もし皆さんが毎回、選手やスタッフ、経営陣に心を開いてくれていなかったら、今の私たちはなかったでしょう。私たちに力を与えてくれたのは、まさに皆さんの存在と温かい応援そのものなのです」と、彼は集まった群衆に感謝を伝えた。

 マルティー氏がUBBの創設翌年(2007年)にクラブの経営に乗り出したのは、当時のボルドーラグビーが低迷する中での「大きな賭け」だった。彼を突き動かしたのは、二つの強い情熱だ。
「もう一度ラグビーの世界に深く関わりたいという強い思いがあった。それと同時に、私は生粋の起業家で、良いプロジェクトと大きな挑戦を求めていた。ボルドーは、素晴らしい歴史と大きな潜在能力がありながら、クラブは困難な状況にあるという、最高の立ち位置だと感じた」

 父親が地元のクラブ会長になったのを機に13歳でラグビーと出会い、楕円球の虜となったマルティー氏。トゥールーズのジュニア部門でもプレーした経験を持つ彼は、20歳で広告ライターの会社を立ち上げ、その後、プロ向けのカスタマイズ可能なテキスタイル製品の輸入・販売会社も起こした。その先見の明は確かで、現在では従業員500人、売上2億8000万ユーロ(約457億円)を誇る大企業に成長している。彼は、ビジネスで成功の鍵を握るのは「製品」だと理解し、ラグビーにおいてはそれが「選手」だと見抜いた。
 会長就任当初、彼は「少しヘッドコーチの仕事もしていた」と当時を振り返る。毎週10試合以上ものトップ14、チャンピオンズカップ、スーパーラグビー、プロD2の録画映像を自ら分析し、エスポワール(アカデミー)の試合まで追いかける。他のクラブが見つけられなかった有望な選手を発掘するために多大な時間を費やし、現在のチームの基礎を築いた。

 クラブにとっての転機の一つは、2015-2016シーズンからボルドー市の中心部に位置する3万3000人収容のスタッド・シャバン・デルマスをホームスタジアムとして確保できたことだ。サッカーのジロンダン・ボルドーが移転するタイミングを逃さず、マルティー氏は所有者であるボルドー市に働きかけた。

「当時の市長アラン・ジュペがシャバン・デルマスを私たちに貸してくれたことは、クラブにとってかけがえのない贈り物だった。3万人を収容するスタジアムがもたらすものは何物にも代えがたい」と、マルティー氏は感謝を忘れない。

 UBBはここ10年間、ヨーロッパ、そして時に世界で最も高い観客動員数を誇り続けている。今季も6月1日現在でシャバン・デルマスでの全16試合がチケット完売となっている。残る1試合も満員御礼となるだろう。

写真中央がUBBのクラブ会長兼オーナー、ロラン・マルティー氏。(Getty Images)


 しかし、その道のりは決して順風満帆ではなかった。会長兼オーナーになる前に1年間熟考し、資本金として50万ユーロを投じたものの、「最初の年は無邪気だった。2年目から自分が罠にはまっていることに気づいた。トラウマのように残っている」と語る。2008年から2009年にかけては100万ユーロ(約1億6300万円)以上を失い、「私の人生で最悪の年だった」と表現するほどの苦境に陥った。援助がない中で負債を自ら支払い、「とんでもないことをしてしまったのかもしれない」と頭をよぎることもあったが、「とことんまで戦い抜くことを決意した」。

 2010年、辞任を発表する直前まで限界に達した時、地方議会の会長が彼に援助を約束した。偶然にもそのタイミングで大口スポンサーが契約に合意した。決して逃げ出さなかった。現地の地方紙によると、2007年以来の彼の個人的な投資額は380万ユーロ(約6億2100万円)に上ると現地地方紙「シュッド・ウェスト」は伝えている。

 最大の悲劇は、2019-2020シーズンに訪れた。UBBはトップ14で断トツの首位を走っていた。ラ・ロシェルは苦戦していて、トゥールーズの選手はシックスネーションズから戻ってきたばかりで疲弊し、怪我人も多かった。UBBにとってすべての状況が揃っていた。口には出さなかったが、「ついに優勝できる」と思っていた矢先、COVID-19による大会中止という「悪夢」に見舞われたのだ。

「15年間の努力と苦労の後、『ついに優勝できるかもしれない』と思っていたところに、1世紀に1度の出来事が起こった。それを非常に辛く受け止め、今でも引きずっている。どんなに懸命に努力してもタイトルは得られないかもしれないという厳しさをあらためて感じた」。

 マルティー会長は自身を「成功を愛する者」と称し、トゥールーズやラ・ロシェルといった強豪を「最も良い仕事をしてきたクラブ」と認め、その成功から学びを得てきた。

「ラ・ロシェルはマンモスのような巨大フォワードを築いた。ラグビーは、やはりフォワードが強くないとダメなんです。バックスが華やかであるよりも、まずフォワードが強いことが重要なんです。正直言って理解するのに時間がかかりました」

「そしてトゥールーズは、もうトゥールーズそのもの。私がトゥールーズのジュニアにいた頃、何もかもにおいて勝ち始めていた。まるで寓話のようなものを当時のコーチ陣が吹き込んだ。会長も素晴らしい会長だった。その後も彼らはしっかり仕事をしてきた。彼らはすべてを持っている。フォワードが強く、アグレッシブでラグビーのやり方を知っている。そして選手を育てる。一歩先を行くクラブで、インスピレーションを与えてくれるモデルです。私たちもそうなりたいと願っていて、まさに今、その途中にあると感じている」と語っていた。

 その目標達成のために、まず招聘したヘッドコーチ(以下、HC)はマーク・デルプクス。「彼が私たちを昇格させてくれた。ラグビーを見る目があり、UBBのアタッキングラグビーの基礎を築いた人物、UBBラグビーの父です」

 次に、フランス代表でキャプテンも務めた経歴を持つラファエル・イバネスをアポイントした。「ラファエルは一度もコーチやHCの経験がありませんでしたが、落ち着いていて、知的で、ハイレベルを知っているので、私たちをハイレベルへと導いてくれるだろうと考えた。彼はUBBで5年間務めましたが、その後、チーム内に亀裂が生じました」

 続いて、ジャック・ブリュネルを招いたが、まもなくブリュネルはフランス代表チームにHCとして呼ばれ、一時的に不安定な時期があった。その後にクリストフ・ユリオスを招いた。

「当時、UBBは過去最高の選手層を擁していた。2019年に就任したクリストフ(ユリオス)は規律と勤勉さをもたらしてくれた」

 ユリオスの指揮のもと、UBBは初めてプレーオフに進出し、その後3年連続でトップ14準決勝に駒を進める。しかし、一部の選手との関係が悪化し、シーズン途中で解任を告げることになる。

 そして現在のヤニック・ブリュHCと出会う。マルティー会長はブリュHCを「私にとって、最高のフランス人HC。まさに本物のハイレベルな人物です。まず、彼の謙虚さです。選手として、そしてコーチとして、あれほどのキャリアを築いた人物が持つ謙虚さは、一種の能力であり、知性だ。次に、ハイレベルな経験を持つ技術者です。そして最後に、勝ちを追求する恐るべき勝負師です。彼なしでは、私たちはここまでたどり着けなかったでしょう」と絶賛する。

 ブリュHCもまた、「ロラン(マルティー)はストレートなやり取りができる、一緒に仕事しやすい会長だ。小切手にサインする人というよりも、クラブの基礎を築いた偉大な建築家として見ている」と評し、互いに認め合う信頼関係が築かれている。1年目にトップ14決勝進出を果たし、2年目でヨーロッパチャンピオンになった。

 今季、トゥールーズと3度対戦した。3度ともフルメンバーのトゥールーズではなかったものの、全て勝った。特にチャンピオンズカップの準決勝でトゥールーズに自由を与えなかったのは、補強して築き上げたボルドーのアグレッシブなフォワードだった。

パレード当日の模様。UBBの公式Instagramより


 試合の前後には必ずロッカールームへ向かう。選手だった頃の感覚を取り戻し、本物のアドレナリンを感じるのが「最高の瞬間」だという。コーチたちに敬意を払い、口を挟むことは自分に禁じているが、昨年のトップ14決勝でトゥールーズに大敗し(3-59)屈辱を味わった夜、彼は選手たちに語りかけた。

「私たちは屈辱を味わった。それを受け入れよう。屈辱の中にはモチベーションの源がある。それがUBBの歴史だ。私たちは笑いものにされるだろうが、それを利用して必ず戻ってくる。そして勝つんだ」。

 そして今年、その言葉はカーディフで現実のものとなった。UBBがチャンピオンズカップで初のタイトルを獲得したことは、ロラン・マルティー会長のラグビーへの熱い情熱、類まれな経営者としての才覚、そして何よりもクラブと地域への深い愛が結実したものである。彼のこの挑戦にはエゴが感じられない。彼はまず感動を求め、その根底にはラグビーへの純粋な愛が感じられる。

 現在、UBBはパートナー企業が17年前の100社未満から800社以上に増加し、その支援が予算の約50%を占める。3年連続で黒字を達成する見込みであり、財政的にも安定している。ボルドーの街にトロフィーが帰ってくるのは、2009年のサッカーチームの優勝以来、15年ぶりのことだ。その状況に失望したサッカーファンもUBBに流れ込み、街全体を動かすほどの熱狂が生まれている。

 ビジネスで成功したマルティー氏は、「企業というのは、自分でコントロールでき、自分次第だが、ラグビーにはコントロールできない要素がある」と言う。「怪我、レフリー、風、選手の精神状態。自分ではどうすることもできない。結果を受け入れるしかない。そこがフラストレーションがたまり、非常に難しい側面です。ビジネスで並外れた成功を収めている人が、プロスポーツでは思い通りにいかないことがあるのは、彼らが当事者になれないからです。さらに、この世界の暗黙のルールや慣習を理解していなければ、状況設定やその後の展開もコントロールできないからなのです」と語る。

 彼はその混沌の中でも、揺るぎない決意でUBBをヨーロッパの頂点へと導いた。彼の情熱は、ボルドーの街に新たな歴史を刻み続ける。

 マルティー氏は女子チームの強化も忘れていない。5月31日、女子一部リーグ「エリート1」の決勝が行われ、ボルドーがトゥールーズの反撃を抑え、3連覇を達成した(32-24)。その翌日には、イングランドで8月22日から行われる女子ワールドカップのフランス代表準備合宿メンバーが発表され、38名のうち、ボルドーの選手が10名を占めている。





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