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伊吹おろしの冷たい風が吹くグラウンドに、力強い声と体を打ち鳴らす音が響いた。
3月8日、一宮ラグビースクールの閉校式と卒団式がおこなわれ、式の最後にはニュージーランド(以下、NZ)の文化であるハカが披露された。生徒、保護者、コーチが一体となり、卒業生の門出を祝った。
このグラウンドに来るたび感じるのは、ラグビーを通じた人と人の絆がもたらす温かさだ。
◆一宮ラグビークラブの歩み。
この日、子どもたちの声が響いていたグラウンドには、長い歴史がある。
愛知県一宮市を拠点とする一宮ラグビークラブは、1975年に誕生した歴史あるクラブだ。2007年にはNPO(特定非営利活動法人)の認証も受け、来年には創立50周年のイベントが開催される予定となっている。
ホームグラウンドは、愛知県と岐阜県の県境を流れる木曽川沿いにある一宮市光明寺球技場。地元高校ラグビーの大会などで多く使用されるほか、ジャパンラグビーリーグワンの試合が開催されたこともある。2019年のラグビーワールドカップ日本大会では、優勝した南アフリカ代表の公認キャンプ地として利用された。
週末の午前中にはラグビースクール、午後にはシンボルチームのBHS(ビッグホーン・シープス)、さらに様々な年代のプレーヤーが集まるLPS(ロング・プレーヤーズ)が活動。ラグビースクールから社会人、さらにシニア世代まで幅広い年代がプレーする、「生涯ラグビー」を体現する地域クラブとして歩み続けている。

シンボルチーム(現BHS)は1999年、入れ替え戦を制して東海社会人Aリーグへ昇格。2002年には愛知県クラブ大会で優勝し、同年には関西大会も制覇するなど黄金期を迎え、クラブの全国大会出場まであと一歩に迫った。その後一時は東海社会人Bリーグへ降格したが、昨年、Aリーグへの復帰を果たした。
スクール活動でも実績を残している。中学生チームは2023年度に7年ぶりとなる愛知県大会優勝を達成。卒業生には日本代表キャップを持つ藤井淳(現・東芝ブレイブルーパス東京 アシスタントGM兼採用)、そしてリオデジャネイロ五輪代表で現在は女子7人制ラグビー日本代表ヘッドコーチを務める兼松由香らがいる。
◆「ラグビー続けます!」 宣言連発! 盛り上がる閉校式。
2025年度最後の練習とあり、ピッチ上には活気があった。やはり目を引くのは、この日でスクールを卒業する中学3年生の存在だ。今年も中学3年生に最後の胸を借りるコンタクトセッションがおこなわれ、下級生は必死になってタックルする姿を見せた。
ピッチ全体を見渡すと、中学生のクラスに負けないほどの活気があることに気づく。
低学年ではコンタクトプレーがないため、保護者やコーチも交えてタグラグビーで楕円球を追う微笑ましい光景が広がっていた。
一方で学年が上がるにつれコンタクトプレーも増え、選手たちの表情には真剣さがにじむ。


同じグラウンドの中で、それぞれの年代のラグビーが息づいている。グラウンドのどこを見ても、子どもたちは楽しそうに楕円球を追っている。クラブの温かみが、自然とそんな空気を生み出しているのだろう。
やがて2025年度最後の練習を終え、閉校式へと進んでいく。冒頭ではスクールの前島弘嗣校長のあいさつで式が始まった。
「小学6年生の皆さん、中学3年生の皆さん、ラグビーを選んでスクールに参加してくれてありがとうございました。そして最後までやり遂げて次のステージへ向かうこと、おめでとうございます。
新しいステージでは苦しいこともあると思いますが、スクールで経験したことを忘れず常に前を向いて進んでください。たまにはこの場所に帰ってきて笑顔を見せてください。また会いましょう」
前島校長らしい、温かさがにじみ出た贈る言葉だった。
その後、小学生の部を終える小学6年生の生徒たちが前に出て、一人ひとりに賞状が渡され、それぞれがスピーチをした。そこではコーチや保護者への感謝を語る子どもたちが多かった。
そして何よりも会場を盛り上げたのが「中学になってもラグビー続けます」という言葉だった。
ひとりやふたりではない。ほとんどの子どもたちがそう口にした。
それに対して中学生が手を挙げて応え、会場はさらに盛り上がった。ボランティアで毎週グラウンドに立つコーチたちにとって、それ以上に嬉しい言葉はないだろう。コーチだけでなく、保護者からも自然と笑みがこぼれていた。17人中16人が同クラブの中学生部門へ進む予定だという。
続いて中学3年生も校長から卒業証書を受け取り、一人ひとりスピーチをして閉校式は終了した。

◆ハカも出た。NZの文化を採り入れた卒団式。
閉校式が終わると、中学3年生の卒団式がおこなわれた。そこでは中学1、2年生が、この日でスクールを卒業する3年生に向けて特別な催しをおこなう。
理事長の大串修二(中学生の監督)が「恒例になりつつある」と言うように、2022年度、2023年度に続き、今年は3度目となるNZ文化を採り入れた卒団式が、2年ぶりにおこなわれた。
実際にハカをやったことがない生徒もいる中で、これまで卒団式やクラブのイベントで何度か実演の経験のある大人たちが子どもたちを引っ張る形となり、中学1、2年生の生徒たちは中学3年生に向けて気持ちのこもったハカを贈った。
直前に3回ほど練習しただけとは思えないほど迫力があり、やり終えた生徒たちはどこか誇らしげな表情を見せていた。保護者をはじめ、見守る人たちから大きな拍手がわき起こり、会場は大いに盛り上がった。
しかし、さらに盛り上がりを見せたのは、ここからだった。
◆渾身の2回目のハカ。その背景にはコーチの想い。
ハカの披露は、本来この日で一宮ラグビースクールを卒業する中学3年生だけに贈る予定だった。
しかしこの日は、特別に2度目のハカがおこなわれた。
そこには理由があった。
6年生担当の加藤純司コーチが、小学生の部を終える小学6年生にも『ハカを贈りたい』と思い立ち、1回目のハカ終了後に理事長の大串に申し出たのだ。
加藤コーチはその理由を、「普段から自主練をして努力していたことや、(閉校式)当日の中学1年生とのチャレンジマッチで果敢にプレーした6年生の選手たちを讃えたくなった」と熱く語った。
チャレンジマッチが心を動かした。
「最初はかなりやられていると感じた。しかし、時間が経つにつれて慣れてきたのか、アタックもディフェンスも出来るようになっていき、トライを取った時は、選手、コーチ、保護者の皆で最高に盛り上がった。年上相手への恐怖心を(試合の中で自ら)克服して果敢にプレーしたことは、ラグビー選手として成長した瞬間だと感じた」

その姿が、急遽6年生へもハカを贈りたいという想いにつながった。
そしてその想いが伝わったのか、2回目のハカには中学3年生も加わった。1回目以上に迫力のある、渾身のハカが小学6年生へ届けられた。
そこには、ただ伝統を披露する以上の熱量があった。ラグビーの精神を通じて、贈る側と贈られる側が世代を超えて一つになった瞬間だった。
ハカを贈られた小学6年生にとっても特別な体験だった。
保護者によると、オールブラックスなどでハカを見る機会はあっても、自分たちに贈られるのは初めてのこと。学年の垣根を越えて中学生やコーチたちから贈られたハカに「とても特別なものに感じた」と話していたという。
さらに「ハカを見るとテンションが上がる」と興奮気味だった様子も伝えられた。
実際にハカをした中学生たちも興奮気味だった。理事長、校長、コーチ陣、保護者が見守る中でクラブが『ぎゅっと』まとまった瞬間だった。
それほどまでに、2回目のハカの空気と迫力は特別なものだった。
◆ロリー・レイと親子の時間。
ハカのあとには、ロリー・レイの贈呈がおこなわれた。
ロリー・レイは、卒業や旅立ちなどを含む節目の場面で贈られるレイで、主にパシフィック地域の文化として知られている。NZでも同様に贈られることがある。
※2023年にはスーパーラグビーでリッチー・モウンガ(現・東芝ブレイブルーパス東京)が100キャップを達成した際にロリー・レイを受け取っている。
ロリーをつなぐリボンの色は緑と白。クラブカラーを表している。まず親から卒業する我が子へレイを贈り、続いて子どもから親へもレイが贈られ、そして今回も恒例となった親子のハグを呼びかけた。
照れくさそうにすぐに離れる父と息子の姿や、それとは対照的に、溢れんばかりの笑顔を見せる母親たちの表情が印象的だ。見守る下級生やコーチ陣からも自然と微笑みがこぼれ、会場は温かい空気に包まれた。
今回の卒業生の中には、クラブでコーチを務める父親を持つ家庭もあった。その親子がハグの瞬間に、まるで相撲のような力比べを始めて会場の笑いを誘った。最後は親が投げ飛ばすような形で勝利したが、子どもが親に花を持たせたのかもしれない。
ラグビー一家らしい情愛あふれる光景も見られた。

◆理事長から卒団生へ。
卒団生へ向けて、中学生の監督でもある理事長からもメッセージがあった。
「卒団おめでとう!そして、一宮のラグビーを好きになってくれてありがとう!
“少し不器用で、半年遅れ”の君たちだったけど、真面目で、素直で、愉快な個性豊かな君たちが大好きでした。
これからも、ラグビーをやっている自分を大好きでいてください。
きっとラグビーが、いち早く立派な青年にしてくれます。いつまでも応援しています。光明寺で待ってます!」
人柄がにじむ、まっすぐで愛情のこもった言葉だった。
一宮ラグビークラブが掲げる「子どもから大人まで」という理念の通り、この日も世代を越えて同じグラウンドでラグビーを楽しむ光景が広がっていた。どこを見渡しても笑顔があふれ、ラグビーを楽しんでいる様子がそこにはあった。
クラブでプレーし、やがてコーチとしてチームを支える父。その背中を見てラグビーを始める子どももいる。卒団式では、そんな親子の共演という感動の場面も見ることができた。
この場所には、ラグビーを通じた世代のつながりが確かに息づいている。
NZ文化であるハカの指揮とロリー・レイの贈呈は、NZ在住の筆者が担当した。クラブと生徒たちがNZの文化を温かく受け入れてくれたことに感謝したい。
この日、伊吹おろしの吹く光明寺のグラウンドから、また新たなラグビーの歩みが始まっていく。
一宮ラグビースクールで育った子どもたちの、これからの活躍を心から願っている。

【写真右】市川颯真(そうま)と父・幸一郎コーチ(BHSヘッドコーチ兼6年生コーチ)。小学3年生の頃から、クラブのイベントなどで父とハカを共演してきた。ラグビー一家に育ち、この日も親子で魂のハカを披露。卒業後は石川県の日本航空高校石川へ進学し、さらなる高みを目指す。