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タイガー軍団出身のカリスマキャプテンだ。
衣川翔大は慶應義塾大学卒業後、ラグビーと仕事を両立する道を選んだ。横河電機に勤務する傍ら、横河武蔵野アトラスターズ主将として活躍し、リーダーとしての手腕を発揮。母校からも信望を集め、2025年から慶大BKコーチも務めている。
2019年4月から横河武蔵野アトラスターズでプレーしている。野本滋雄(法大)、森大二朗(流経大)、長尾健太郎(法大)、高島大地(慶大)、大黒田健人(帝京大)らから先発SOの座を受け継いだ。強い責任感と牽引力を兼ね備えた司令塔として、横河武蔵野新時代の象徴となっている。
放つキックは、雷鳴の如し。目に鬼火を燃やしたゼウスが雷の太い矢を射るかのような迫力だ。
衣川が2025年度シーズンから主将に指名された理由は、統制力だ。頭脳派プレーヤーであり、澄み切った表情でピッチに立つ。
選手投票によりスキッパーに選ばれた。就任以来、一試合ごとに凄味を増してゆく勇姿には、前年の窮状と重責を一身に背負う覚悟がにじみ出ていた。チームは2024年度、トップイーストリーグAグループの5チーム中4位の戦績に終わり、A/B入替戦ではラスト5分に逆転トライを許し、Bグループに降格していた。
2025シーズンは、選手個人としても飛躍を遂げた。キックの精度に磨きがかかり、プレースピードも上り調子。中でもゲームメイク力が一段とレベルアップした。それに呼応するように、チーム全体に自信とまとまりが生まれた。新ヘッドコーチの黒須夏樹氏の尽力もあり、衣川は、主将就任から1年でチームをAグループ再昇格へと導いた。
「2025年は夏樹さんのおかげで自分たちのやるラグビーも明確だったので、判断スピードは例年より上がっていたのかなと思います。試合の準備段階である程度流れも予想できていて、試合が始まってしまえば順番にカードを切っていくイメージでした」
横河武蔵野のゲームの特徴は、キック数が多いこと。
「戦術的な背景もいろいろありますが、天候の悪い試合が多かったこともあり、2025シーズンはキック数がかなり多かったと思います。そのうち、6割くらいは自分が蹴っていた感覚があります。チームとしてディフェンスを強みにしていたので、まずは敵陣でプレーすることを心がけていました」

入団初年度のチーム戦績はリーグ2位(8勝1敗、勝点36)。衣川は全9戦中9試合に先発出場し、キッカーを務めた。ゴールキック74パーセント、ペナルティキック80パーセントの成功率で、チームの338得点、183失点(得失点差155)のうち80得点を挙げた。ルーキーイヤーにトップイーストリーグ個人成績・ポイントランキング3位につけ、実力を証明した。
卓越した技術は、努力する時間によって磨かれる。キックスキルの習得法について尋ねると、特別なことはしていないと言う。一番効果があったと感じているのは、大学時代に個人練習で試合のシチュエーションをイメージしながらひたすら蹴り込んだことだと話す。
「飛距離よりも、蹴るタイミング、精度(球の高さや速さ)をずっと意識していて、大学時代に自分の型がなんとなく分かりました」
カウンターアタックの起点となる突出したキック力は、試合の流れを整え、陣の戦意を奮い立たせる。50/22キックからクイックでトライを呼ぶなど、ビッグプレーを随所で決めている。「50/22は自分にとって追い風となるルールだと感じています」。
衣川のプレーを見て感じるのは、目指しているラグビーのレベルの高さだ。
「小学生高学年以降は、スーパーラグビーやトライネーションズ(現在のザ・ラグビーチャンピオンシップ)など、南半球のラグビーをメインで観ていました。大学からは、北半球のラグビーをよく見るようになりました。ダン・カーター(元ニュージーランド代表)とブライアン・オドリスコル(元アイルランド代表)がずっと好きでしたね。学生時代にプレーを参考にしていたのは、小野晃征さん(元日本代表)と立川理道さん(元日本代表)でした」

衣川のラグビーロードの始まりは、5歳から。その背景には、家族による大きな後押しがあった。母親の由理さんは、かつてトップウェストAに所属していた社会人チームのワールドファイティングブルのマネージャーだった。その影響で、幼少期からラグビーが身近にあった。
兵庫県ラグビースクールに入団するや、友達もたくさんできた。とにかくラグビーが楽しくて仕方がなかった。
「3つ上の兄がラグビーをやっていたのですが、それに同行している間に僕も始めました。兵庫県はラグビースクールが盛んなので、幼い頃からプレーしている選手が多い気がします」
キッカーを始めたのは、12歳から。
「小さい頃から兄と同じ5号球のサッカーボールを蹴って遊んでいたおかげで、小学校に入る頃にはキック自体は他の子よりかなり蹴れていたと思います。形を問わず、とにかくボールを蹴るのが好きで、1人で空き地の壁に向かってひたすらボールを蹴っていたのは覚えています」
中高時代は、その後の衣川にとって、重要な成長過程となった。主将経験を積み始め、責任ある立場に立つようになった。競技技術だけでなく、チームの代表として、組織の運営、士気の向上、人間的成長までもが求められた。
中学3年時(2011年)、太陽生命カップ(兵庫県ラグビースクール)、全国ジュニアラグビー(兵庫県スクール代表)に出場し、主将を務めた。
高校3年時(2014年)には、常翔学園で主将を務めた。その傍ら、第69回国民体育大会(長崎・佐世保市)ラグビー競技・少年男子15人制に出場し、大阪府選抜チームを主将として、2大会ぶり15回目の優勝へ導いた。
同期に高橋汰地(トヨタヴェルブリッツ)がいる。衣川と高橋は、オール大阪の主力メンバーとして脚光を浴びた。「兵庫県ラグビースクールからずっと一緒なので、5歳から18歳まで、ずっと同じチームでした」。
タレントの宝庫であり、高校ラグビーの激戦区である大阪での活躍ぶりが、当時、慶大でリクルートの役割を担っていた故・上田昭夫氏の目に留まり、衣川は上田氏の期待に応える形で慶大への進学を決めた。
「常翔学園から初の慶應ということもあって、当時はたくさんの人に支えてもらったおかげで、何とか合格できたことを覚えています」

慶大入学後は、度重なる怪我に見舞われた。Aチームデビューした3年生の春、右膝の怪我によりチームを長期離脱。復帰後、また別の怪我により再離脱。しかし、そういった苦い経験のおかげでいまがある。
「怪我もですが、高校までと違う考え方や文化に適応することに時間がかかったり、あとはシンプルに実力不足もあったので、監督から信頼を得るまで時間がかかったなと思います。加えて、4年目は主将がSOだったので、なかなか難しい立ち位置でした。中高まではメンバーから外れたこともなかったので、自分を客観視できた貴重な時間だったなと思います。学生の間に壁にぶつかることができてよかったです」
学業面では、総合政策学部で東海林祐子先生に師事し、ライフスキルやコーチングを学んだ。スポーツを通した人間的成長や、コーチングやチームを率いる際に生じる難しさに興味があった。
「もともとコミュニケーションに興味があったので、自分の成長とチームの目標達成に繋がりそうだなと考えて、この研究会を選びました」
卒業後、横河電機への就職と同時にアトラスターズに入団した。在籍7年目にあたる2025年、慶大監督の青貫浩之氏から打診を受け、塾蹴球部のBKコーチを引き受けた。
「自身の成長にも繋がり、お世話になったチームへの恩返しもできる貴重な機会だと思い、引き受けさせていただきました。ただ、アトラスターズも降格直後で大事なシーズンだったので、どちらも並行するのであれば、必ず結果を出さなければ示しがつかないなとは思っていました。仕事・プレーヤー・コーチの両立は、かなりチャレンジングで未知数でしたが、ワクワクという気持ちが強かったです」
あらためて塾蹴球部に関わることで、気づいたことがある。
「スタッフや親御さん含めて、たくさんの人のサポートのおかげで最高の環境が成り立っているなと感じました。本気で取り組む中でしか得られない経験や感情ってあると思うので、いまを大切に全力で向き合ってほしいなと感じます」

衣川はBKユニットを中心に、ヘッドコーチの和田拓氏ら首脳陣のサポートをおこなう。
「学生や他のコーチの方々から色んな気づきを得ることができて、学びばかりです。選手目線とコーチ目線だと少し見え方も違ったりするので、自分やアトラスターズにも使えそうなヒントも得られています。また、アトラスターズの若手と大学生は年齢が近いので、彼らの考え方や感じ方を知る、いい機会にもなっています」
学生から自分が刺激を受ける一方で、衣川自身が学生に刺激を与えることも、役割のひとつだ。
「自分の経験を還元したり、会話を通して学生の考えをクリアにする手助けができればと思っています。また、ラグビーのスキルだけではなく、自分の取り組み方から学生に何か伝われば嬉しいなと思います。あとはアトラスターズに入団する後輩が出てきたら嬉しいですね」
横河武蔵野は今年(2026年)、創部80周年を迎える。衣川は先頭に立ち、経験したすべての出来事を糧にして、仲間とともに再スタートを切る。トップイーストAグループへの再昇格を実現させた昨シーズンを経て、さらなる期待と注目を集める中、衣川はチームをどこまで押し上げられるか。
2026年の新シーズンに、チャレンジャーとして上位チームに立ち向かう横河武蔵野は、Aグループの中で重要な役割を担うことになる。
クリーンファイターズ山梨、明治安田生命ホーリーズ、秋田ノーザンブレッツの3チームは、なんとしてでも横河武蔵野に勝っておきたいと立ち向かってくるだろう。横河武蔵野はその3チームの思いを覆すことができれば、ダークホースとして一気に存在感を示すことになる。
横河武蔵野の絶対的な存在となったいま、衣川が走り続けるラグビーロードに、まだ足りていないものがあるとしたら、それは「Aグループ覇者」というタイトルではないだろうか。29歳と、キャリアはこれからが全盛期ともいえる年齢だ。
チームにとって、今年が飛躍の1年となるのか、我慢の1年となるのかは、衣川のパフォーマンス次第で決まっていくだろう。