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少し休みます。
9月14日、サクラフィフティーンの齊藤聖奈が、愛犬を抱いた写真とともに自身のSNSでそう発信していた。
ワールドカップ(以下、W杯)でのプールステージ最終戦、対スペインで勝利(29-21)を手にしたのが9月7日。目指していた準々決勝進出には届かなかったものの、チームがW杯で勝利したのは2017年大会の順位決定戦で香港に勝って以来。 プールステージでの勝利は、1994年大会でスウェーデンに勝って以来だった。
チームはスペイン戦の翌日にロンドンへ移動。9月9日発の便で帰国の途に就いた。
取材を終えこちらも日本へ。しかし、乗り継ぎ便利用のため、9月10日の午前におこなわれたサクラフィフティーンの帰国会見にはまったく間に合わなかった。
スペイン戦の翌日にロンドンに移動し、グリニッジのホテルに一泊する。午後にチェックイン。が、部屋に入ると真っ暗だった。
高級遮光カーテンを使っているのかと思ったら窓がない。せっかく、世界の標準時となる天文台がある街に泊まったのに、窓から日暮れや夜明けを感じられないとは……とほほ。

積み上げてきたものを出し切ってスペイン戦に勝利した前日、大会後に「少し休みます」と発信した齊藤聖奈と話す時間があった。
プールステージの初戦、第2戦に敗れて(アイルランドに14-42、ニュージーランドに19-62)迎える最終戦前だっただけに、「負けているので快適(な日々)とは言えませんが」と前置きして、多くのファンが訪れる大会の空気を楽しんでいると話した。
「いい環境でやれていると実感しています。イングランドはいいですね、観客数も多いし、盛り上がりが(過去に参加した大会と)全然違います」
33歳と今回のメンバーの中で最年長の齊藤は、2017年大会から数えてW杯出場は3大会連続。2017年大会ではキャプテンを務めた。
当時の大会を振り返り、「取り巻く環境がいまとはまったく違いました」と話す。プールステージの3試合がおこなわれたのは大学(UCD/University College Dublin)内のスタジアムとグラウンド。選手たちはキャンパス内の施設に泊まった。
8年が経って開催されたW杯は、大きく様相が変わった。前述のように観客数は大きく増え、プレミアシップなどで使っているスタジアムが会場となっている。選手たちはホテルに宿泊。「特別感がある」と齊藤は相好を崩す。
プレーヤーとしては、「私は1試合1試合、同じ気持ちで戦うタイプ」と、W杯といえども平常心でプレーしている。
しかし、チームスタッフも増え、オンラインを使った日本の報道陣からの取材が何度もあるなど、環境の変化はめざましい。女子のW杯も特別なものとなったし、現地スタジアムの盛り上がりやいい空気を、日本のファンにももっと知ってほしいと思う。
サクラフィフティーンの進化も感じている。
「キック戦略で戦えるようになったし、(試合の中で自信を持って)ラインアウトを選択できるようになった。特にそのあたりに、自分たちの成長を感じます」

しかし、「勝たないとメディアへの露出は少ないまま」という事実は、いまも昔も変わらないとも実感する。
「自分たちの責任です。それはみんなも分かっているから、話にも出ます。特に2017年のメンバーは、よーく知っています。オンライン取材なんかなかったし、帰国しても何もなし」
「これが現実だな」と実感したことを覚えている。
経験豊富なベテランは、とても自然な空気でチームに影響を与える人だ。
「2017年は年齢的に上と下の中間でした。なので、たくさんのお姉さんたちに散々助けてもらったんですよ。自分ができないことは頼っていました」と言い、鈴木彩香ら、当時の先輩たちの名を挙げた。
「前回大会(コロナ禍により、予定より1年遅い2022年開催)はキャプテンじゃなかったので、ワールドカップを楽しもうという気持ちでプレーしました。そしてその気持ちは、前回大会後は、さらに強くなりました」
その気持ちの変化の理由について、「若い子たちが育っているので、任せてもいいな、と思って」と言った。
「いまのチームは若いリーダー、頼りになる子がたくさんいます。ただ迷った時に手助けできたらいいな、と思い、(自分がリーダーや周囲と)話すことはあります」
2024年にニュージーランドへ向かい、スーパーラグビー・アウピキのチーフス・マナワでプレーした。
同チームにはブラックファーンズの選手たちが何人もいた。つまり、みんながリーダー。その中に身を置いて、「フォロワーシップがあってこそのリーダーシップ」と感じた。
「リーダーには、フォロワーがいないと。フォロワーたちと一緒にやるのが大事と分かりました」
そんな経験をしたこともあり、若手を尊重して支える。ノンメンバーが相手の分析をして、献身的に試合に出る選手たちを支えてくれていることに感謝する。
今大会のスコッドに名を連ねながらも、試合出場機会を得られなかった選手たちがいた。彼女たちに「どう? 元気?」と積極的に声を掛けることはあっても、その先は相手の反応を見て対応した。

「話してきたら聞くし、話したくない人もいます。人それぞれなので」
タピオカ、行こか? となることもあれば、言葉を交わすだけで終わることも。いい距離感で接した。
出場機会のなかった選手の中に、同じバックローの向來桜子がいた。スペイン戦前日の練習で齊藤は、向來と話し、練習をしていた。「向來は今大会で出られませんでしたが、文句ひとつ言わず、いつもチームを盛り上げてくれました。試合の日も、声出していこう、と最初に声を張り上げる。なので、すげえな、と褒めました」。
本人から、「周りのお姉さんたちも誰も文句言ってないし、同じようにしているだけです」と返ってきた。「拍手しましたよ」
ヨークのホテルでは自分同様、2017年から3大会連続W杯出場の津久井萌(SH)と同部屋だった。
「ラグビーの話ばっかりするんですよ、ふたりだと。前回のワールドカップはこうだったね、とか、今日の練習がどうだったとか、話に熱中してお風呂の時間に遅れることもある。なんでも話せる気楽な間柄なんです」
ラグビーへの思いが強い分、スペイン戦はベンチスタートになったのは複雑だった。
「レスリー(マッケンジー ヘッドコーチ)の考えは分かるし、23人に入れたことはありがたい」、「ジェニ(先発NO8のンドカ ジェニファ)も頑張っているし、今度も頑張れ! 若いし、次のワールドカップもある。そこにつながるいい経験をしてほしい」と言いながらも、「(先発でないのは)悔しいでしょう」と問えば「はい」。
50キャップを超えても、そんなスピリットを持ち続ける負けん気が長いキャリアを支えている(スペイン戦までで女子代表歴代最多の53キャップ)。
すでに準々決勝進出の可能性がない中で迎えるスペイン戦で勝つことの意味について、「自分たちが納得する意味でも勝ちたい」と話した。
「3年間積み上げてきたものを出し、それを見てもらうことで、サクラフィフティーンを応援しようという人が増え、中高生が目指したいと思ってもらえたら嬉しいですね。そういったことの積み重ねが次のワールドカップにつながるし、(憧れる人が増えると、やがて)戦力が厚くなっていくとも思うんです」
そして、「自分たちのラグビーを見せることは、次につなげる(現代表選手としての)責任」とした。
実際に29-21とスペインに勝った後、スタジアムのミックスゾーンで、勝利の瞬間の感情について、「うぉお、勝った」と言った。「勝つ、っていいことだな、と」。
自身W杯11試合目で、2017年大会の11位決定戦、香港戦以来の2勝目。「あの時とは立場も違うし、年齢も違います。ワールドカップを楽しめました」。

「準備してきたことは全部出せた。気持ちの中ではやり切ったな、と感じています。次のワールドカップまでは難しいと思いますが、自分の残せるものはしっかり残していきたい。膝と相談して(今後のことは)ゆっくり決めていきます」
今回のW杯への出場のため、春に痛めた膝の怪我(3月に左膝の半月板を損傷)からの復帰を急いだ。その影響もあり、伸ばしたり、低くなったり、そういった一瞬の動きに影響があるから、「大会後は四日市に戻り、リハビリをして、その先のことはゆっくり考えようと思います」と試合前日に話した。
ラグビーは「自分の人生を豊かにしてくれた。そして、人生を楽しくしてくれている」と言う。
「(ラグビーは)普通に生きていたら見られない景色を見せてくれる。世界中に友達を作ってくれました。全部ラグビーのお陰です」
次のワールドカップの時は37歳。「先のことを一度考えたことがあるんです。引退後のことを考えたら、難しかった。何をしたいか決まっていないし、何ができるんだろうって考えたら、やっぱりラグビーのことなんですよ」
未来については、「ラグビーに携わることになると思っています」とだけ言った。
少し休みます、の次のSNSでの発信が、「ゆっくりできました」や「また走り始めました」なら嬉しいぞ。「(所属する)PEARLSでの試合、いよいよです」でも。
齊藤聖奈の心から、ラグビーの灯が消えることだけはない。