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【with サクラフィフティーン/RWC2025 ④】アイルランドに14-42。「あの時に戻りたい」。「自信は消えない」。感情あふれる
ゲインライン突破にタックルと、チームを前に出したCTB弘津悠。写真は前半29分のトライ。(撮影/松本かおり)
2025.08.25
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【with サクラフィフティーン/RWC2025 ④】アイルランドに14-42。「あの時に戻りたい」。「自信は消えない」。感情あふれる

田村一博

 指折り数えて待った、2025年8月24日に笑うことはできなかった。
 80分ピッチに立ち続けたLO佐藤優奈は感情を抑え切れずにいた。動き続けて身体中の水分はすっからかんのはずなのに、悔し涙は止まらなかった。

 開催中の女子ラグビーの世界最高峰大会、RWC2025のプールC、日本×アイルランドは12時にキックオフとなった。
 薄曇りだった朝の空は午後になって晴れ渡り、試合会場のノーサンプトン、フランクリンズ ガーデンズの芝は日差しを受けてきらきらしていた。

ボールタッチも多く、ラインアウト、タックルと、よく働いたFL川村雅未。(撮影/松本かおり)


 プール内の2位以上、ノックアウトステージ進出を目指すサクラフィフティーンにとっては、負けられない試合。大会初戦の結果が、目指す場所へと続く道の険しさを決めると分かっているから、全員がこの日に向けてハードワークを重ねてきた。

 しかし赤×白のジャージーは、グリーンの相手に6トライを奪われて14-42と敗れる。
 先に連続して3トライを奪われて0-21とされた。7-28で終えた前半のパフォーマンスの差が、勝敗に直結した。

 立ち上がりに見せたアイルランドの集中力は高かった。
 ナショナルアンセムを歌った後のキックオフまでのわずかな時間を使い、ハンドダミーに体を当てて戦いに臨んだ。
 キックオフ直後はいっきに日本陣深くに攻め込む。その時は得点に至らずも、やがてスコアボードを動かした。

 日本が序盤にアイルランドに許したトライは3つ、前半5分はラインアウトからパワーランナーに前に出られた後、アウトサイドを攻め切られた。
 CTB弘津悠は、前半にたびたび見られたそういったシーンを、「相手は想像していた通りのプレーをしてきたが、(歓声で声が通り辛かったこともあって)コミュニケーションがうまく取れず、思っていた以上にフォワードの選手が強く、そこに吸い込まれて(防御が寄せられて)しまった」と振り返った。

攻守に体を張ったCTB古田真菜。(撮影/松本かおり)


 10分にはPKからゴール前ラインアウトに持ち込まれ、モールを押し切られた。いずれもペナルティがきっかけとなった。

 24分にはスクラムからのムーヴに惑わされて外のディフェンダーが前に出たところで裏を取られる。
 エイミー・リーコスティガンが突破し、ベイヴィン・パーソンズが決めた。セブンズ出身の両WTBに崩された。

 36分にもラインアウトからムーヴを仕掛けられて防御に隙を作ってしまう。
 そこをこちらもセブンズ代表経験者、CTBイーヴ・ヒギンズに走られ、パスを受けたFLフィオナ・トゥートにトライラインを越えられた。

 試合開始直後から全開で攻め立てないといけなかったのは日本だった。
 しかしペナルティを重ねてしまった。セットプレーが落ち着かない。PKがタッチに出ないミスもあった。
 アイルランドのラインアウトが不安定で、何度も自分たちにボールが来たのに、それも生かせなかった。

 ハンドリングエラーも少なくなかったから、攻撃を継続させることがあまりできなかった。
 時間をかけて積み上げてきたラインアウトやモールの強さをベースに、相手を動かし続けるスタイルを貫き続けたかったけれど、それを遂行できなかった。LO吉村乙華は、「自分たちで自分たちのペースを崩してしまった」と振り返った。

 ただなすすべもなく敗れたわけではない。
 0-21から返したトライは相手のトライラインから約20メートル、右寄りのスクラムからのボールをCTB弘津が前へ持って出たのをきっかけに、8フェーズを重ねて奪った。SH津久井萌が左右に捌くパスを個々のランナーが受け、ディフェンダーを動かし、押し込んでスペースを作る。
 最後は左端まで攻めたところからの折り返しのボールを、CTB弘津が仕上げた。

 ハーフタイムにロッカールームで「自分たちがやってきたことをやっていないよね」と声を掛け合い、相手でなく、自分たちフォーカスで入った後半の立ち上がりも、いいペースに持ち込めた。
 PK後のラインアウトからモールに持ち込んで押し、ラックになるも、最後は川村雅未がトライラインの向こうにボールをねじ込んだ。SO大塚朱紗のコンバージョンキックも決まり、14-28とした。

レスリー・マッケンジーHCは途中出場選手の貢献度を高く評価した。写真はLO櫻井綾乃。(撮影/松本かおり)


 一度は視界から消えかけた勝利の尻尾が、再度、遠くに見えた時間帯。ここで日本が続けて得点できていたら、と思うシーンが後半12分にあった。
 相手キックを、自陣に入ったあたりで受けたサクラフィフティーンは、ボールを大きく左サイドに動かす。FL川村、WTB今釘小町で前進し、右への振り戻しのアタックで、NO8齊藤聖奈→WTB松村美咲で敵ゴール前に迫った。

 SH津久井が、右に走り込んできたPR加藤幸子に渡そうとパスを浮かすと、それを相手のCTBヒギンズがかっさらい、90メートル近くを走り切られた。
 ゴールポスト前のチャンスだった。うまくいけば21-28と迫ることができたシーンに、14-35とされた。

 試合後、SH津久井は「すいません」と言いながら報道陣の前に立ち、「皆さんもわかっている通り、インターセプトされたパスで流れを持っていかれたと思います」と切り出した。
 あのタイミングで放らないと、効果的なアタックにはならなかった。走り込んでくる加藤の声も聞こえていた。だから背番号9はパスをしたのだが、「自分がキャリーして、相手がどう動いているか見てから投げればよかったなとか、『たられば』になりますが、あの時に戻りたいという気持ちがめちゃくちゃ強いです」とベクトルを内側に向けた。

 2017年大会にデビューし、今回が3度目のW杯。「いちばん緊張している」のは、高校生で「何も考えずに自分に集中していればよかった」1回目、後半からの出場が多く、相手を観察してから試合に入っていけた2回目と違い、背負うものが大きくなっているからだ。
 その分、前述のプレーについても気分が重い。

 幼い頃からラグビーの虫。ポジション的にも全体のことが分かるから試合を通して得た感覚は的確だ。
 ハーフタイムのロッカーでは、仲間に「もっとテンポを上げていくよ」と呼びかけた。
「普段やっているテンポより、もっとはやくしないといけないと感じたので」

 前半は相手に飲まれた。自分たちから仕掛けたくても、「相手の方がはやくセットして揃っていました」。
 球出しの際に圧力も受け続けた。だから、「ギアを上げる必要がありました」。

試合後にスタンドに挨拶するサクラフィフティーン。中央はLO佐藤優奈。(撮影/松本かおり)


 ハイパントだけでなく、スペースを突くクロスキックなど、アイルランドのSO、ダナ・オブライエンのスキルは思っていた以上に高かった。
 自分たちより大きな相手が、スピードに乗って当たってくる。そのスキルは、男子のアイルランド代表に似ていると感じた。
 しかし、そんな相手にも後半は自分たちのスタイルを出せる時間が増えた。「すべてがうまくいった時」の条件付きではあるが、やれる。

「いいキャリー、いいサポート、そして、いいセット。前に出ながら、テンポよく攻めると通用する。全員がそれぞれの仕事を果たした時、例えば前半のトライのシーンや、インターセプト直前のプレーなど、です」

 次戦のニュージーランド(8月31日/エクセター)は、アイルランドより、大きく、スピードもある。
 そんな相手に勝つには、この初戦で通用したプレーを、もっと試合の中で増やすしかない。

 レスリー・マッケンジー ヘッドコーチは、試合直後の13分間の3つの反則を悔やみ、「私たちがターゲットとしていた結果ではなかった」としながらも、後半のパフォーマンスに関して「選手を誇りに感じる」と話した。

「後半は、このチームのカラー、性格、キャラクターを見せられたと思います。アティテュード、ディテール、フィジカリティー、勇気、やる気、闘志と、自分たちがしたいプレーをするための修正ができました」
 長田いろは主将のキャプテンシー、ベンチスタートの選手たちが示した貢献度も高く評価した。

サクラフィフティーンへの声援は日本のファン以外からも届いていた。(撮影/松本かおり)

 望んでいた結果は残せなかったものの、自分たちのラグビーを通して感じてほしいことは表現できたと、スタジアムの空気から感じられたとした。
 そして、続くブラックファーンズ戦に向けて、「前に進むしかない。この試合で得られたポジティブな面を、より強調していくことがすべて」と強い意志を示した。

 長田主将は「(アイルランドは)分析していた通りでしたが、一人ひとりのキャリーで食い込まれてうまくいかなかった」ことと、前半に相手バックスがスピード豊かに攻めてきたことにうまく対応できなかったことを敗因に挙げた。

 同主将も、18歳で経験した2017年大会から数えて3回目の大舞台。今回は初めての周囲を引っ張る立場だ。長い時間をかけて目指してきた日に勝てなかった辛さは、これまで以上に重く感じているだろう。
 しかし気丈に、「これまで自分たちがやってきたことへの自信は消えない」と言って、ハードワークを続けていくと前を向いた。

 涙は乾く。霞んでいた視界も、やがて晴れる。その先にあるのは漆黒のジャージー。
 ふたたび闘志が湧いてくる。

日本×アイルランドに続いておこなわれた南アフリカ×ブラジルは、前者が66-6と大勝した。(撮影/松本かおり)




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