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ニュージーランド(以下、NZ)の南島クライストチャーチにある、175年の歴史を誇る学校で活躍する日本人高校生がいる。
松濤誠矩(まつなみ・よしのり)。NZに渡り3年目を迎える。
ラグビーの強豪校であるクライスト・カレッジの1st XV(1軍)スコッドに、Year11(高校1年生)で選出された。ポジションはWTB、178センチ、71キロ。トレードマークは白のヘッドキャップだ。
ラグビー経験者である父の影響で、3歳から楕円球に親しんできた。平日は『東京セブンズラグビースクール』、週末は『みなとラグビースクール』に通っていた。小学校高学年からは『みなとラグビースクール(アカデミー)』に所属し、週末は引き続き『みなとラグビースクール』でプレーを続けた。
「本格的な試合経験(フルコンタクトを経験し始めたの)は、NZに来てからです」と本人が語るように、真の実戦経験はNZの地で積まれていった。
◆名門クライスト・カレッジへの留学、その背景。
松濤の通うクライスト・カレッジは、これまでに24人のオールブラックスを輩出してきた名門校だ。OBには、現オールブラックスのSO/FBダミアン・マッケンジーも名を連ねる。また、2025年NPC(NZ国内選手権)でカンタベリー代表と正式契約を交わし、先日はクラブチーム「マリスト・アルビオン」をクライストチャーチ地区王者へと導いた三宅駿も同校の出身である。
そんな名門に留学した松濤の背景には、クラブ大会で全国大会優勝、日本選手権出場経験を持つ父の存在がある。大学時代に何度かNZを訪れた父は、ラグビーの環境や地域に根差したクラブ文化に感銘を受け、以来スーパーラグビーやオールブラックスはもちろん、NZラグビーそのものの大ファンに。
その影響もあり、松濤も幼い頃から「ラグビー選手になりたい」と夢を語っていたという。父は「せっかくなら天然芝の環境で、思いきりラグビーをしてほしい」と願い、NZ留学を密かに思い描いていた。

◆『縁』が結んだNZ留学。
NZ留学への思いが動き出すきっかけとなったのは、2017年のクライスト・カレッジによる日本訪問だった。そこで同校と縁が生まれ、2019年には松濤一家がクライストチャーチを訪問。街の中心部に位置する歴史ある学校を見学。「素敵な校舎と立地で、とても魅力的だった」と当時を振り返る。
また、当時同校に在学していた三宅から学校生活の様子などを聞いたところ、「寮生活も楽しく、ケアも手厚い」と聞き、「留学するならクライスト・カレッジがいい」と本人の気持ちが固まったという。
コロナウイルスの影響で留学が1年遅れたものの、2022年の中学1年の3学期(NZではYear9、14歳)から念願のクライスト・カレッジ留学が実現した。
◆初先発のチャンスで輝き放つ。
2年間、クライスト・カレッジでNZラグビーに触れた松濤は、今年1stXVのスコッドに選出された。強豪校においてYear11(高校1年)での1軍入りは決して容易ではない。
シーズン序盤は、ベンチスタートが多かったが、やがて先発出場のチャンスが巡ってきた。
その試合は、クルセイダーズ地区の高校大会「Miles Toyota Premiership」の公式戦とは別に毎年開催されるQuadrangular Tournament(クワドラングラー・トーナメント)だった。
今年が99回目という歴史あるこの大会には、北島からはファンガヌイ・カレッジエイト、ウェリントン・カレッジ、南島からはネルソン・カレッジとクライスト・カレッジの計4校が出場する。
今回の開催校であるクライスト・カレッジで迎えた大会の初日(6月24日)、松濤は背番号14を付け、ウェリントン・カレッジ戦で記念すべき初の先発出場を果たした。
この試合はSKY Sportで生中継され、13-33で敗れたものの、松濤は前半だけで2トライを挙げる活躍。実況・解説陣も、そのパフォーマンスを称賛した。

◆着実に存在感を高め、先発メンバー定着へ
その後、スクールホリデー(基本的にこの期間は試合がおこなわれない)を挟み、7月12日「Miles Toyota Premiership」の第8節、昨年の覇者ネルソン・カレッジ戦に再び先発で出場した。チームには、松濤にボールを託そうとする雰囲気があった。その期待に応えるように11番を付けた松濤は、スピードを活かして2トライを挙げる活躍で勝利(43-20)に貢献した。
試合後には多くの人から称賛の声をかけられた松濤は、満足そうな表情で「フィジカルがまだまだです」と、NZラグビーのレベルの高さを体感したようだった。
課題は「ディフェンスやタックルなどのフィジカル面」と自身の改善点をしっかり見つめ、「たくさん食べて、身体を大きくしたい」と真剣に語る。さらなる成長への意欲は強い。
自身の強みについては、「カットインです」と即答する。実際、試合でも鋭いステップで相手をかわす場面を何度も見せていた。
松濤のプレーを見て印象に残るのはワークレートの高さ。まだ細身ながらもラック周辺で積極的に動く。「相手の球出しを遅らせ、常にプレッシャーをかけろと言われている」と、コーチの指示を忠実に実践する。
キックチェイスも手を抜かず、ピッチを駆け回る姿は、どこかクルセイダーズのWTBセブ・リースを連想させる。その働きぶりと決定力の高さを武器に、シーズン終盤には先発メンバーに定着した。

◆プレーオフで負傷離脱と仲間の支え。
チームは、シーズン途中までは大差での敗戦もあるなど不安定な戦いが続いていた。しかし松濤が先発に定着し始めると連勝を重ね、最終的に6位に食い込む。プレーオフ進出を果たした。
7月26日の準々決勝では、レギュラシーズン3位のセント・トーマス・オブ・カレッジを46-24と撃破。その試合に松濤は、11番で先発出場した。高いワークレートとスピードを活かしたランでチームに勢いをもたらした。
後半に危険なタックルを受け、負傷退場となったのは不運だった。診断結果は頬骨の骨折。シーズン終盤にレギュラーの座を掴んだ矢先のアクシデントに、本人は、強い悔しさをにじませた。ただ、チームメイトや、寮の仲間たちが温かく支えてくれた。親元を離れた異国の地での負傷は辛いが、良き仲間たちに恵まれている。
手術を終えた現在は流動食で生活中。それが「なによりも辛い」けれど、完全回復は確実に近づいている。
シーズン終盤に勢いを増したチームは松濤が離脱した後も奮闘し、準決勝ではレギュラーシーズン2位のマルボロー・カレッジに36-34と逆転勝ちを収め、見事決勝進出を果たした。
8月9日におこなわれた決勝は、嵐の影響による悪条件に加え、慣れない敵地での試合という厳しい条件もあった。クライストチャーチ・ボーイズ・ハイスクールに0-52の大差で敗れたものの、チームの快進撃は十分に称賛に値するものだった。
松濤はU16カンタベリー代表に選出されている。怪我の回復次第では、そのチームに合流する可能性もある。まずはしっかりと怪我を治し、一日も早い回復を目指す。
復活した松濤が再びピッチを駆け回る姿が、今から想像できる。