
Keyword
「今年のザ・ラグビー・チャンピオンシップは、面白くなりそうだ」。
ニュージーランド(以下、NZ)国内のラグビーファンからは、そんな声が聞かれる。
その背景には、タズマン海峡を挟んだライバルであるワラビーズ(オーストラリア代表)がブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズ(B&Iライオンズ)に対して予想以上に奮闘したことがある。
そんな中、南半球4か国対抗戦 、ザ・ラグビーチャンピオンシップ(TRC)の開幕が8月17日(NZ時間)に迫り、NZ国内は盛り上がりを見せている。
しかし、オールブラックスには怪我人が続出し、危機的状況に陥っている。
◆相次ぐ負傷者に大ピンチ。ロイガード、ホッザムのSHの2人が離脱
今年7月におこなわれたフランスとの3試合のテストマッチシリーズの前に、PRタマイティ・ウィリアムズとFL/NO8ウォレス・シティティの2人が負傷により離脱した。それでも(主力を多く欠いた)フランス代表相手に苦戦しながらも3連勝を飾った。
しかし、このシリーズ中にキャプテンのLOスコット・バレットをはじめ、SOボーデン・バレット、WTBケイレブ・クラーク、WTBリーコ・イオアネ、FL/NO8ルーク・ジェイコブソンらが負傷。さらに最終戦ではPRタイレル・ロマックス、SHノア・ホッザムも負傷し、2人は手術が必要となり長期離脱を余儀なくされた。
追い討ちをかけるようにチームの大黒柱的存在になっているSHキャム・ロイガードに疲労骨折が判明(8月3日)。これでSHの3人のうち2人が怪我人リストに名を連ねる事態となり、NZのメディアは、「怪我人の危機」と表現した。

◆怪我人のバックアップ6人。ノンキャップ4人を含む42人スコッドでTRCに挑む
8月4日にTRC(ニュージーランド、オーストラリア、南アフリカ、アルゼンチンが参加する南半球対抗戦)のスコッドの発表があった。7月のテストシリーズの32人のメンバーを軸に、遠征も加わることから正スコッドを36人に拡大。そこに怪我人のバックアップ選手6人が追加され、総勢42人の大所帯となった。
新たな正スコッドには、怪我から回復したFL/NO8ピーター・ラカイが代表に復帰。今回初選出となったFL/NO8サイモン・パーカーと共に熾烈なバックローのポジション争いに加わる。その結果、7月にバックアップメンバーとして呼ばれ、フランス戦にも2試合出場したFL/NO8クリスチャン・リオウィリーとFLダルトン・パパリィイは落選となった。
今回のスコッドには、バックアップを含め新人選手も多数追加された。また代表での経験が豊富なPRジョージ・バウアー、LOジョシュ・ロード、SHフィンレイ・クリスティも怪我人のバックアップとして選出されている。
ここからは、NZメディアやラグビーファンを賑わせた代表経験のない4選手を紹介したい。
● FL/NO8:サイモン・パーカー(チーフス)
パーカーの選出は、メディアを最も賑わせた。今季チーフスのバックローとしてレギュラシーズン首位通過に大いに貢献した。身長197センチ、体重119キロのロック並みのサイズを活かしたダイナミックなプレーは、フィジカルバトルで相手にダメージを与える。ラインアウトのオプションとしても機能し、走力もある。
スーパーラグビーのプレーオフは足首の怪我で欠場したが、もしパーカーが出場していれば、決勝の結果は違っていたかもしれない。それくらい今季のパーカーのパフォーマンスは評価できる。
指揮官スコット・ロバートソンHCは、「彼は大きな男だ。一年を通して(スーパーラグビーシーズン)信じられないほど安定していた。足首を負傷した後も、すぐに素晴らしい状態で戻ってきた。(8月2日の試合で)タニファ(NPCノースランド)で本当に良いプレーをした」と興奮気味に語り、「彼の正確さが気に入っている。フィジカルが強い大きな男だが、本当に(プレーが)正確で威圧感がある。それが、彼の持ち味だ。だから、彼がちょうど良いタイミングで来てくれたことを本当に嬉しく思う」と大きな期待を寄せた。
2020年にスーパーラグビーデビューを果たしたパーカーは、怪我に泣かされる期間が続いた。しかし、昨季からコンスタントに出場できるようになり、オールブラックスXVにも選出された(2024年)。そして、今季はさらに飛躍して初の代表入り。怪我が癒えたいま、かつて6番のポジションでオールブラックスの黄金期を支えたジェーローム・カイノのような存在になる事が期待される。
フィジカルに強みを持つ南アフリカとの試合でどんなプレーを見せてくれるか注目だ。

● SHカイル・プレストン(クルセイダーズ)※怪我人のバックアップ
SHで2人の怪我人が出てチャンスが巡ってきたのが、今年のスーパーラグビーの開幕前にチームの戦力分析でクルセイダーズの注目選手として紹介したプレストンだ。今年スーパーラグビーに初参戦したプレストンは、開幕戦でSHホッザムが負傷退場後に途中出場しハットトリックを挙げて一瞬にして名を広めた。
プレストン自身も強みと語る、左右から繰り出される正確なキックを武器に、新人とは思えないほど落ち着いた正確なプレーをする。スピードに加え、サポートプレーの巧さもあり、トライの取れるSHとして知名度を上げた。クルセイダーズの「ブロンコテスト」で4分13秒の記録をたたき出し、フィットネスもトップクラス。安定感もあることからテストマッチ向きの選手と言えるだろう。
昨年まで屋根職人をしながらクラブラグビーでプレーしていたNPC(2023年デビュー)の選手が、今季はプロのスーパーラグビー、そしてテストマッチの舞台へ挑む事になる。
●ユーティリティBK:リロイ・カーター(チーフス)※怪我人のバックアップ
WTBケイレブ・クラークの怪我によりチャンスが巡ってきたのがカーターだ。今季がスーパーラグビー初参戦ながらも、スピードと強さを活かしたランで9トライを挙げ、決定力の高さを披露した。
主にWTBでプレーするが、SHの経験もある。週末(8月3日)のNPC(NZ国内選手権)では13番で出場し、ラインブレイクからそのまま走り切ってトライを挙げるなど、高い能力を存分に発揮した。
これまでは、NZセブンズ代表でのプレーがメインで、同代表でのキャップは100を超える。その経験を15人制でも活かし、ボールを持っていない時のブレイクダウンの仕事ぶりを含め、高いワークレートを見せている。ハイボールにも強い。
日本に移籍が決まっているWTBマーク・テレアが代表から去り、定まっていないWTBのポジションにカーターが食い込む可能性は十分にありそうだ。
「(セブンズでは)130キロのプロップが向かってくる事はないから」と、15人制にスイッチした後の最初の数試合の少しの戸惑いを、笑い話にしていたのが印象的だ。
●PR:テヴィタ・マフィレオ(ハリケーンズ)※怪我人のバックアップ
タイレル・ロマックスの怪我によりバックアップメンバーに入った。2023年にもバックアップメンバーとして招集されたことがあり、スクラムの最前列の右も左も組むことができる貴重な存在だ。
U19、U20などNZ代表の様々なレベルで活躍し、2022年にはオールブラックスXVにも選ばれるなど実力はある。
「現在負傷療養中の選手たちには大変残念だが、この状況は、まだ代表経験のないテヴィタ・マフィレオ、カイル・プレストン、リロイ・カーターなどの優れた選手たちにチャンスが生まれた」とロバートソンHCは付け加えた。
◆定まらぬメンバー、アルゼンチンとの2戦が重要に。
怪我人の事情で42人のスコッドとなったが、正スコッドのうち、PRロマックス、FL/NO8ジェイコブソン、SHロイガード、SHホッザム、WTBクラークは回復まで時間がかかる見込みのため、アルゼンチンには渡航しないことになった。ロイガードに関しては、2週間後に再診で今後の見通しがわかるとのことだ。
一方で、怪我人リストに入っていた、ボーデン、スコットのバレット兄弟、PRウィリアムズ、FL/NO8シティティなどの選手たちは、アルゼンチン遠征に参加する。しかし、アシスタントコーチのジェイソン・ホランドは、「アルゼンチンの2戦目には参加できる(回復が見込める)選手が何人かいるが、初戦には参加できない」と明言した。
第2戦目から出場可能と言われているものの、あくまでも「おそらく」にとどまっている。具体的な名前はあえて出さなかった。アルゼンチンとの2試合は、メンバー構成に苦労する事になるかもしれない。

アルゼンチン遠征後はホームに世界チャンピオンの南アフリカを迎える(9月6、13日)。怪我によりしばらくプレーしていない選手、特に今季まだ1試合も代表で出場していないウィリアムズとシティティは、アルゼンチンで試合をこなし、今季のビッグゲーム(南アフリカ戦)に備える必要がある。
首脳陣は、将来が期待されるバックアップ選手たちがスコッド入りしたことをポジティヴに捉え、興奮しているようだ。チームの層を厚くする上で若手の経験は非常に重要であり、ここから新たなスターが誕生するかもしれない。
ただ、結果を求められるラグビー王国のメディアやファンは怪我人の事情があるにせよ、負けは許してくれない。
怪我人の危機を乗り越え、ステップアップするオールブラックスを見ることができるのか。
オールブラックスのTRCの初戦は8月17日(NZ時間)アルゼンチン戦で幕を開ける。