
残り1分。ほんの一瞬の出来事だった。
17-17の同点で、秒針は進んでいく。イングランドFLベン・カリーは、あわやタッチラインに押し出されるギリギリのところで、同じくFLのガイ・ペッパーに繋ぐ。そこには僅かなスペースがあった。
ペッパーは走り抜ける。アルゼンチンの選手たちはなんとか追いつくが、内側のサポートに走っていたSHジャック・ヴァン・ポートヴリートにボールは繋がり、そのまま左隅に飛び込んだ。
直後、ラストワンプレーのキックオフでアルゼンチンは再獲得ならず。16年越しの対イングランド戦ホーム勝利とはならなかった。
7月12日、サンファンでおこなわれた両国のテストマッチは、初戦に続いて来征者が笑った(22-17)。

連勝となったイングランド。実は当日の朝、緊急事態が起きていた。共同キャプテンを務めていたジェイミー・ジョージにブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズ(以下、B&Iライオンズ)への追加招集がかかったのだ。
オーストラリア代表ワラビーズとのテストマッチへ備えるチームへと合流するため、キックオフの4時間前に試合メンバーから外れることが発表された。B&Iライオンズには、2017年、2021年に続き3度目の参加となる。
B&Iライオンズ×オーストラリア・ニュージーランドXVのキックオフは、アルゼンチン時間で7月12日(土)の午前7時だった。つまり、本当にその日の朝、寝耳に水の出来事だったのだ。イングランドのソーシャルメディアでは、その日の午前中に撮影されたと見られるジョージのショートインタビューが公開されている。

「まったく想像していませんでした。試合当日の出来事で、この試合が最優先だったから少し混乱しています…。このツアーのメンバーとして先週の試合も勝利できて、若くて貪欲なメンバーと一緒に戦えたことは嬉しかったです。これからオーストラリアに行けることも、とても光栄に思っています」
イングランドのスティーブ・ボーズウィックHCも、記者会見で当日の朝を振り返った。
「本当に予想外でした。今朝、アンディ(・ファレル、B&IライオンズHC)とも話をしました。私自身、ライオンズの試合を見ながら『なにかが起こるかもしれない』という予感がありました。無論、ライオンズでプレーする選手が1人でも多く出ることを私たちは望んでいます。1月ごろからそう話していました。コーチとしては、選手の成長、そして彼らが夢を実現させる手助けをしたい。ジェイミーにはライオンズでプレーしたいという希望があり、であれば悩む余地はありません。チームは隣にいるジョージ(・フォード)が本当にうまくまとめてくれました」
ゲームキャプテンは共にキャプテンを務めていたジョージ・フォードが担い、2番にはリザーブからセオ・ダンが繰り上がった。

試合は、前半の立ち上がり3分にフォードのキックパスを起点にFBフレディ・スチュワードがトライを決める。第1戦の後半と同じような一方的な流れになるかと思われたが、ここからが違った。アルゼンチンは、ボールキャリー時のハンドリングエラーやブレイクダウンバトルの精度など、第1戦での課題を修正していた。
27分には初先発のSHサイモン・ベニテス・クルーズが抜け出し、サポートについていたSOサンティアゴ・カレーラスがトライを取り切る。前半ラストプレーではカレーラスがラインアウトからの1次攻撃で小さなパントキックを上げる。ボールはゴールポストにあたって軌道が変わり、チェイスに走っていたCTBフスト・ピカルドが競り勝って押さえて17-14と逆転。良い流れで前半を折り返す。
第1戦のアルゼンチンは、自陣10メートル以内のエリアで手数を重ねた結果、ミスでボールを失うパターンが多く見られた。今回は、早い段階でのキックであえてボールを手放していた。B&Iライオンズと戦ったときのように、できるだけ自陣でフェーズを重ねない戦い方に戻しており、スタッツにもその意図が表れている。
(7/5 イングランド第1戦 / 7/12 イングランド第2戦 / 6/20 B&Iライオンズ戦)
パス :196 / 131 / 105
キャリー:150 / 112 / 94
ラック :111 / 82 / 61
※イングランド、アルゼンチン両代表のホームページより

だが後半、アルゼンチンは敵陣へボールを運ぶことがまったくできない。イングランド側22メートル陣内でのポゼッションは、15.8%(第1戦)→0.5%(第2戦)と、その苦しさが表れている。
逆に自陣22メートル以内では5.4%→10.7%。オフサイドやノットロールアウェイなど防げるペナルティを何度も犯してしまい、自陣から脱出できない。58分にはアルゼンチン代表として歴代最多となる111キャップ目の出場となったパブロ・マテーラをシンビンで失う。ペナルティの数は試合を通して12にまでのぼったが、懸命なディフェンスでなんとか凌いだ。
また、後半の明暗を分けたもう一つは、ハーフからのハイパントだった。イングランドは交代したSHポートヴリートが、ラックから正確かつ高いハイパントを徹底して蹴り続ける。落下点にはスチュアードやWTBトム・ローバックなど長身でハイボールキャッチに優れた選手がなだれこんだ。
対するプーマスも、この日デビューとなった21番アグスティン・モヤノがコンテストキックを立て続けに蹴る。しかし、ほんの僅か深い。その1、2メートルが、相手にボールを与えてしまうことになる。この小さな差が大きな傷となるのが、まさにテストマッチなのだろうか。

試合後の記者会見、アルゼンチンのフリアン・モントーヤ主将が触れたのは、やはり規律の部分だった。
「特にディシプリンをもっと改善しなければならないと思います。後半は多くのペナルティを犯してしまいました。自分たちで避けられる反則(ノットロールアウェイやオフサイドなど)によって、流れを止めてしまった。それが本当に痛い。でも、それも我々の成長の一部。これからの試合に向けてもっと改善していきたいです」
フェリペ・コンテポーミHCは、敗れた中でもポジテイブな部分について話した。
「イングランドにかなり攻め込まれた後半、我々のディフェンスがしっかり機能していた場面があったことはポジティブに捉えています。前半はショートサイドだけでなく、ピッチ中央からもスペースを見つけて攻め込めた。そこも評価できる点です。前半の最後にトライを取れたのは、事前にプランしていたプレーが成功した例でもある。若い選手たちが多く、まだキャリアの浅い選手も多い。この試合が良い経験になると信じています」
イングランドは7月19日のアメリカ代表イーグルスとのテストマッチに向けて、ワシントンD.C.へと発った。同日、アルゼンチンはホームのサルタにウルグアイ代表を迎える。8月に開幕するザ・ラグビー・チャンピオンシップを前に、最後のテストマッチとなる。