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敬意の文化が最高。ジェシー・クリエル[横浜キヤノンイーグルス]、日本愛の理由
人柄が滲み出る一枚。引退する嶋田直人と。(撮影/松本かおり)
2025.05.14
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敬意の文化が最高。ジェシー・クリエル[横浜キヤノンイーグルス]、日本愛の理由

Simon Borchardt

 2シーズン続けてトップ4に入った横浜キヤノンイーグルスが2024-25シーズンは8位に終わり、リーグワンのクライマックスを前に、戦いを終えた。
 CTB梶村祐介主将、SHファフ・デクラークをはじめ怪我人が相次いだこともシーズン終盤の失速の理由か。来季の巻き返しへ、一人ひとりが悔しさを胸に溜め込んでいるだろう。

 消化不良の空気に包まれたチームの中で、CTBジェシー・クリエルは全18試合中16戦に出場してフル回転。南アフリカ代表でもある13番の一貫性あるパフォーマンスには、いつも感心させられる。
 そのクリエルを南アフリカのラグビー誌『SA RUGBY』が取材し、記事を掲載する。インタビューをおこなったサイモン・ボーチャード記者からストーリーが届いた。

◆「ラク」なんてとんでもない。

 日本で過ごしたこの6シーズンは、ジェシー・クリエルの銀行口座を潤しただけでなく、現在の彼を形作る上で欠かせない経験となっている。

 スプリングボックスのCTBであるクリエルは、2015〜16年にNTTドコモレッドハリケーンズ(現レッドハリケーンズ大阪)で初めて日本のトップリーグを経験した。当時はブルズからのレンタル移籍だった。

 その後、2019年のワールドカップを経て、キヤノンイーグルス(当時)と正式契約を結ぶ。それは、南アフリカのどのフランチャイズも太刀打ちできない条件だったといわれる。それ以来クリエルは、一度もうしろを振り返ることなく前進してきた。

「海外に出る南アフリカ人にとって、金銭面は確かに大きな要因の一つです。でも、僕が日本でプレーする一番の理由は、誘惑がとても少ないこと。食べて、寝て、ラグビーをする。それに集中する時間がたくさんあるから、スキルを磨いて本当にいい選手になれる。僕が6シーズンもここにいる理由はそこにあると思います」と、31歳になったクリエルはSAラグビーマガジンに語る。

2024-25シーズンは全18試合中16戦に出場(すべて先発)。ピッチに立てばいつも最後までプレーした。(撮影/松本かおり)


 また、マルコム・マークス(スピアーズ)、クワッガ・スミス(ブルーレヴズ)、ダミアン・デアレンデ(ワイルドナイツ)、チェスリン・コルビ(サンゴリアス)、カート=リー・アレンゼ(ダイナボアーズ)といった名だたるスプリングボクスたちと同様クリエルは、日本のリーグワン(JRLO)が、フランスのトップ14やイングランドのプレミアシップ、ユナイテッド・ラグビーチャンピオンシップ(URC)ほどスケジュールや試合数が過酷ではない点も魅力に感じているかもしれない。
 欧州のリーグは長丁場のシーズンに加え、カップ戦も加わる。選手の負担は大きい。

 2024〜25年のリーグワンのシーズンは12月に開幕し、5月中旬時点でクリエルはキヤノンで16試合に出場。そのすべてでフル出場し、総出場時間は1280分に達した。
 しかし本人は、「日本のラグビーは楽だ」という先入観にはすぐさま異を唱える。

「決して楽なラグビーではない。ここには才能豊かな外国人選手たちがたくさんいるし、ラグビー・リーグ出身の選手もいる。本当にレベルが高い。僕のポジションのアウトサイドセンターを見ても、毎週のように(オーストラリア代表の)サム・ケレビや(オールブラックスでフィジー出身の)セタ・タマニバルといった選手たちと対戦し、刺激を受け続けています」

 さらに続ける。
「ここでは、さまざまな国のコーチに教わる機会もある。オーストラリア人、ニュージーランド人、日本人。それぞれが、ラグビーをまったく違う視点で見ている。そのすべてを吸収した上で、自分に合った部分を採り入れていける。それも本当に刺激的です」

◆人として成長できる場所。

 日本というまったく異なる文化に身を置く生活も、クリエルにとってはかけがえのない経験となっている。
「日本の『敬意の文化』からは多くを学びました。日本人は信じられないほど勤勉で親切、常に人のために尽くそうとする。その価値観に囲まれることで、人としても成長できたと実感しています」

 クリエルは、日本で築いた人間関係や友情は、なによりも大きな財産と話す。ファフ・デクラーク、ジャンドレ・ラブスカフニ、ブレンダン・オーウェンら南アフリカ出身のチームメートだけでなく、さまざまな国の仲間たちとつながる。

「日本語がまったく話せない状態で来日したけど、現地の選手たちは最初の晩に歓迎の食事に連れていってくれた。そしていまでも、皆で一緒に何かをしようとする姿勢がある。オーストラリア人、ニュージーランド人、トンガ人、フィジー人がいて、それぞれの壁が取り払われる。母国では関わらなかったかもしれない人たちと、自然と付き合えるようになる」

鋼の体躯とまっすぐな心。ワールドクラス。(撮影/松本かおり)


「もちろん、南アフリカの友人たちと会うのは嬉しいし、今もよく連絡を取っている。チェスリンはすぐ近くに住んでいるので、よく時間を過ごします。他チームの南アフリカの選手とは試合で対戦したときに情報交換もするし、南アフリカの選手たち専用のWhatsAppグループがあって、ほとんどの選手がそこに入っています」

 現在のリーグワンには3部まで合わせて48人の南アフリカ選手がプレーしている事実を知らなかったというクリエルだが、その人気ぶりに驚かない。

「南アフリカの選手はとにかく真面目で、フィジカルなプレーが得意。そこに日本人選手のスピードとスキルが加わると、とても強力な組み合わせになる。しかも、南アフリカ人は基本的に人懐っこくて、他国の文化にもすぐ溶け込める。それに母国でも多様な文化の中で育っているので、異文化にも柔軟に対応できるように感じます」

 とはいえ、すべての選手がうまく適応できるわけではない。これから、来日する、したい選手たちへのアドバイスも忘れない。

「なんでも受け入れる心構えが必要。日本文化を理解する機会には、積極的に飛び込んでいくべき。日本人選手とできるだけ時間を過ごすようにしてほしい。きっと人生で一番楽しい時間になるから」と言うクリエルは、「心を閉じたままだと、すごく辛いものになる」と付け加えた。

「あと、日本語を習うことは本当におすすめ。少しでも話せるようになれば、自然と関係性も築きやすくなる」
 ピッチの中でも外でも充実している人の話は、後進たちにとって金言となる。


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