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惹き込まれる本との出会い。幸せなことだ。
自分の人生と重なることがたくさん書いてあった。著者に惚れ込む人はいる。
でも、その感情を行動に移し、書籍の出版にまで漕ぎ着ける人はそうそういない。
ライター、ブロガーとして活躍するCocoさんの名前を知っている方も多いだろう。
ラグビーや台湾グルメなどの情報を発信する人気者は台北に暮らしている。本名を阿辻香子(あつじ・きょうこ)さんという。
年の瀬は忙しかった。
12月28日、29日に台北で開催された『2024年 台北元坤盃國際大專七人制橄欖球邀請賽』(元坤杯7人制国際大学ラグビー招待大会)の運営に携わった。参加チームの選手たちへのインタビュアーなども務めた。
2月14日、2025年のバレンタインデーには、阿辻さんが翻訳した『ストレート・アップ 世界一の女子ラグビーセブンズ選手ルビー・トゥイ』(サウザンブックス)が発売される。
トゥイ(Ruby Tui)は、ニュージーランド女子代表選手として、セブンズ(リオ五輪で銀、東京五輪で金メダル)、15人制(2022年開催のW杯で優勝)の両カテゴリーで活躍する選手。
同書は2022年にニュージーランドで発行された『Straight Up』を翻訳したものだ。
阿辻さんは2022年、ニュージーランドで『Straight Up』と出会った。同書を購入し、読んで引き込まれた。
トゥイの言葉や人生を日本語にして、多くの人に届けたい思いが湧き上がった。クラウドファンディングで賛同者を募り、翻訳本の出版を実現した。
320ページとなった大ボリュームの書籍の翻訳は大仕事だった。
ハードワークに挑んでまで阿辻さんが多くの人に伝えたかったのは、人生にとって大切なことが散りばめられている一冊と感じたからだ。
「好きなことをやり続けることの大切さと楽しさ。それは、大きなメッセージのひとつです。また、自分の人生を逆境とか辛いことのせいにしないことが大事と、ルビーは言っています。こんなんだから私の人生ダメ、と思ってはいけない。彼女の父はサモア人で、母はニュージーランドの白人。幼い頃から2つの文化に触れて育ったからでしょう。ものごとの見方はひとつではない、とも伝えています」
トゥイは、家庭内暴力やアルコールと薬物に囲まれた環境の中で幼少期を過ごした。10代にはメンタルを壊した。
そこから、どう前を向いたのか。大学でラグビーを始めた頃のことも書いてある。
いまでこそニュージーランドの女子ラグビー、代表チームの注目度は高い。しかし、それは最近の話だ。アマチュア時代から現在のようなステイタスに引き上げられるまでの足取りは興味深い。
彼女の言葉で伝えられる事実は、日本の女子ラグビーの勇気にもなる。
大阪生まれの38歳。16歳でニュージーランドへ留学して以来、海外生活を続けている阿辻さんも、「子ども時代に辛い思いをしました。留学したきっかけもそれ」と話す。
トゥイの人生と自分を重ね合わせる。
7歳になった頃、西宮の北部、有馬温泉の近くに引っ越した。
小6の時に160センチを超えた。周囲から体型をいじられたこともある。中学は宝塚の女子校に進学も、周囲に馴染むことができず、不登校の時期もあった。
中学卒業後は、エスカレーター式に進学できる高校には進まず、大阪の高校へ通った。
髪がオレンジ、耳にピアスでも何も言われない学校ではあったけれど、それ以前に、自分は日本には合わないと感じ始めていたから道を探し続けていた。
やがて、通っている学校は海外の高校での単位取得でも卒業資格を取得できると知った。以前、家族旅行で訪れ、気に入ったニュージーランドへ留学することに決めた。
ノースカンタベリーにあるカイアポイハイスクールで2年間学んだ。
「空は大きい。空気がおいしい。いろんなものがのびのびしていて羊もたくさん。学校の雰囲気も違うし、自分の価値観がすべてひっくり返りました」
探していた居場所が、そこにあった。
ホストファミリーにも恵まれ、3か月もすると言葉の壁も低くなって、自由度はさらに高まった。
「学校の授業では、みんな自由に発言します。質問があれば、先生の話の途中でも遠慮しない。私は(日本で)自分の意見を言って嫌われていました」
ニュージーランドでは素の自分でいられた。個性を当たり前に出せるようになった。
人生が楽しくなった。
高校卒業後はクライストチャーチのポリテクニック(高等教育機関)のホスピタリティ学科で飲食店などの管理について学ぶ。卒業後はカフェのスーパーバイザーやシープスキングッズ店のマネージャーに就いた。
2011年の大地震後、北島のパーマストンノースへ。2年間暮らすうちに永住権の取得もできた。
台湾に移住したのは育った環境に理由がある。父・哲次さんは漢字博士で、小さい頃から中国語を身近に感じていたから勉強したかった。
大人になってアジアに住んだことがなかったのも、日本の南にある島国へ向かう理由になった。
新天地でも自由に生きた。
日本の出版社の台湾支社で働く。実績を積み、ビジネスビザを取得。2017年に始めた食べ歩きのブログは人気を博した。そこを入り口に、台湾移住女子としてテレビ出演の機会も得た。
ニュージーランド在住時に観戦の経験はあったものの、本格的なラグビーとの関わりは台湾からだ。
現在のパートナー、ラグビーマンの山本紅樹さんと出会い、現地クラブチームの人たちとの交流が広まった。みんな、なんだか接しやすかった。
楕円球の沼に足を突っ込むと、世界はいっきに広がった。
2019年、パートナーに日本開催ワールドカップのチームリエゾンに就く話が届く。自分も応募してみたら、サモアチームと日々を過ごすことになった。
女子ラグビーとの出会いは、2019年W杯の研修も兼ねて、2019年4月に福岡で開催された、HSBCワールドセブンズシリーズ北九州大会でイングランドチームの帯同スタッフを務めたときだ。
ピッチ上では激しくプレーする選手たちが、フィールドを出ると女の子になる。スイッチの入れ方、切り方に惹かれた。
コロナ禍の影響で、2021年開催のはずだった(女子)W杯が2022年にニュージーランドでおこなわれた。
同大会ではワールドラグビーのSNSコンテンツ作成を担当。数チームを担当し、主にサクラフィフティーンの魅力や日常を発信した。
その期間も選手たちの魅力を知ることになった。ラグビーへの情熱。素顔の可愛らしさ。ユーモア。そして芯の強さ。
「多くの人たちにその魅力を伝えたくなりました。イングランド代表やニュージーランド代表の方が強いのかもしれませんが、日本の選手たちは(強豪国とは)全然違う魅力をもっているんです」
同大会では、偶然、トゥイと言葉を交わす機会もあった。女子ラグビーへの興味と愛が、さらに深くなった。
『ストレート・アップ』の翻訳出版へつながるエナジーをもらう日々だったと言っていい。
「今回の出版が、この先につながればいいな、と思っています。台湾、日本の女子ラグビーの発展に関わっていけたら」
キャットラインと呼ばれるアイメイクが特徴的な阿辻さんは、その理由を「アジアの女性は海外で舐められるので(強そうに見えるように)」と言う。
本当は、人懐っこい素の自分を曝け出さないようにしているのではないだろうか。
そうでないと、いろんな人とつながりすぎて、なんでも手伝いたくなり、人の輪がとんでもなく広がってしまいそうだから。