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パシフィックネーションズカップの決勝、日本代表×フィジー代表が2024年9月21日、花園ラグビー場で行われた。日本代表は、昨年のワールドカップでプールステージを突破したフィジー相手に先制トライを奪うなど前半は健闘したが、後半突き放された。攻撃ではわずか2トライに終わり、そして5トライを奪われ17−41と完敗した。
今回もこの試合を、試合時間帯を4つ(クォーター)に分けて、①ラックスピード、②キックテニス(キックによる地域前進)、そして③テリトリーとボール保持時間(ポゼッション)の視点から、どの時間帯のどのプレーが「肝」だったのかに迫りたい。
1)ラックスピードの全体像(表1)
これまでの試合とは異なり日本代表はラック総数(日本80、フィジー102)でも平均スピード(日本3.13秒、フィジー3.05秒)、そして2秒未満ラック数(日本24回、フィジー30回)と劣った。
日本代表のパフォーマンスが悪かったというよりフィジーの攻撃の精度が上回った。先週の酷暑の昼間と違い、19時キックオフということも影響しているかもしれない(現地に行ってないので実のところは分からないが)。
2)キックテニスの全体像(表2)
キックによる地域前進などキックゲームを評価するためのキックテニス結果だが、試合中の印象ほど日本は悪くなかった(項目、定義の見直しが必要か)。
地域前進率で日本代表はフィジーを上回った(日本代表61%、フィジー50%)。地域前進およびマイボール再開数ではほぼ同数(日本代表5回、フィジー6回)で、地域後退および相手ボール再開数でややフィジーより悪い結果が多かった(日本代表6回、フィジー4回)。
後述するが、特に後半、フィジーにキックによるチャンスを与えてしまった点が大きく響いた。
3)テリトリーとポゼッションの全体像(表3)
試合後などのTV画面でも表示されることがあるのでご存じの方もいるだろうが、テリトリー(%)とは相手陣に滞在した時間の比率。ポゼッション(%)とは攻撃した時間の比率を指す。この2つは試合での主導権がどちらにあったかを示す基本的な分析項目の一つである。
全体で見た場合、テリトリーでは日本代表41%、フィジーが59%、ポゼッションでは日本代表45%、フィジー55%だった。両方ともにフィジーが極めて優勢な試合だったといえる。
4)4つの試合時間帯での代表的なプレー ※括弧内はその時間帯での両者の得点
次に、上記の各項目に関連する両チームの攻撃の代表的なプレーをクォーターごとに1つずつ紹介する。
◆第1クォーター:日本のスタートダッシュ不発(日本/3点、フィジー/3点)
地域で日本が優位(57%)、攻撃時間でも日本が長かった。ただ、先制パンチを叩きまくった先週と異なりトライに結びつけられなかったのが大きい。
【前半0分/フィジーのラインアウトからのアタック】
開始早々の中盤フィジーボールラインアウト。前戦までマイボール獲得率が低調(TV画面では76%)だったが、ここでは好捕。モールを形成し、(おそらく)意図的にフィールド中央付近まで前進・移動させたあとに7つのラックを連取した。最終的にはノックオンでボールを失ったが、40mほど前進した。
約70秒続いた攻撃のラック平均スピードは2.7秒、2秒未満ラックは1回で、速い展開というより正確なプレーで前進を図ろうとしていたようだ。特に6フェイズ目でバックスタンド側のタッチライン際をラインブレークされた局面では、序盤ながらスペースでも人数でも、日本代表の防御が綻んでいた。
大きなFWが、狭く、強く攻撃したあとに、速い選手が広いスペースを突いていく。最初からフィジーのアタックは脅威だった。
【前半10分/日本代表のラインアウトからのアタック】
日本代表のラインアウトからの7次攻撃。結果は10mほどの前進でノットリリースの反則に終わる。7回のラックでの平均ラックスピードは2.2秒、2秒未満は4回で前述のフィジーよりも速いリズムでボールを動かした。
攻撃が奏功しなかった要因は様々考えられるだろうが、走り込んでボールをもらうスタイルのボールキャリアーの多くがダブルタックルを受けてすぐに倒れるため、ブレイクダウンも不利になった。日本代表選手が多くブレイクダウンに入らないといけない点が印象的だった。
◆第2クォーター:素晴らしいトライも定番の「失速」。(日本/7点、フィジー/7点)
【前半26分/フィジーのラインアウト】
第1クォーターと同じような地域での、フィジーのラインアウト。④ディアンズによって⑨ロマニのキックがチャージされるも、上手くカバーし攻撃を継続した。
自陣でボールを展開し、メインスタンド側のタッチライン際を⑦サラワが好走。日本陣10mラインまで前進した後、今度は反対側の大外へ広くボールを動かした。フィジー⑥デレナランギは日本代表防御を切り裂き、鮮やかにラインブレイク。しかし⑪ドロアセセへのパスが通らず、ミスで終わった。このパスが通っていても⑬ライリーがタックルしているはずなのでトライには至らなかっただろうが、僅かなフェイズの攻撃で日本代表防御が破綻したことが深刻だ。
フィジー選手はフィールドを広く深く並び長いパスをつないだが、その攻撃はさほど鋭いわけでもなく、パスもやや乱れた。日本代表の防御の乱れは次戦(オールブラックス戦)への大きな課題だろう。
【前半33分/日本代表のカウンターアタック】
⑩立川からのカウンターアタック。4回のラック(平均2.6秒、2秒未満は1回)で結果的にノックオン。②原田がアングルを変えるランで前進を見せるも、次のフェイズで⑨藤原からのパスが通らずノックオン。この攻撃合計でおよそ20m前進するも、結果的に相手ボールのスクラムとなった。
第1クォーターと同様に、ボールキャリアが前に走り込む攻撃は相手の強力なダブルタックルを受けていた。ボールを受ける選手も分かりやすいようにも見えた。たとえ相手に分かりやすい攻撃であっても、速さに磨きをかけることで凌駕するという見立てなのだろうか。今後の日本代表の攻撃戦術の熟成が楽しみだ。
◆第3クォーター:我慢比べに負けスコア以上の差(日本/0点、フィジー/10点)
サモア戦で素晴らしかった第3クォーターだが、数的不利もあり苦しんだ。
点数こそ10失点で終わったが、日本代表は攻撃時間でフィジーの半分しか得られず、地域獲得にいたってはフィジーが圧倒(70%以上)。明らかに試合の主導権をフィジーに奪われた。
【後半13分/日本代表自陣のスクラムからの「キックテニス」】
数的不利が解消され得た自陣22m付近のスクラム。点差は10対10。日本代表は⑫マッカランがフィールド中央にラックを作り、⑮李がキック。前週でも見せた効率良く陣地を取っていくプレーを選択した。
フィジーの蹴り返しのハイパントを再び⑮李が捕球し、少し前進。そのあとの2つ目のラックだった。フィールド中央でボールを受けた⑲マプスアが相手の低いタックル一発で倒れ、待ち構えていたフィジー2人目の選手にジャッカルを決められ、PGの3点を簡単に与えてしまった。
このマプスアの周りにはBKの選手。しかもボールを受けようともしていたため位置が離れ、サポートが遅れた。キックの応酬の中でのサポートの位置どりや、ブレイクダウンのプレーの精度の差が明暗を分けた。
【後半17分/フィジーのスクラムからの攻撃】
最終的にフィジー㉓ロンガニマシにトライを取られ、大きくリードを広げられた。8回の平均ラックスピードは2.79秒、2秒未満は2回と速さが際立つわけではなかったが、前半冒頭に見せたように、フィジーFWの力強い前進で日本の防御が集められ、タッチライン際の大外のスペースを突かれた。
日本代表選手たちはいつの間にかラックサイド中央に密集してしまい、15mライン付近にはTV画面の左右ともに大きなスペースを与えていたのがよくわかる。フィジー㉓のランニングが目立つが、FWを含む全選手のハンドリングの秀逸さが光る見事なトライだった。
◆第4クォーター:連続失点で勝負あり(日本/7点、フィジー/12点)
終了間際にトライを返すも、2トライを奪われて勝敗の行方は決まってしまった。攻撃時間ではほぼ同じ(日本代表3分42秒、フィジー4分5秒)だが、なにより地域獲得で第3クォーターと同様にフィジーが圧倒した(日本代表31%、フィジー69%)。
【後半27分/日本代表のカウンターアタック】
キックオフ後、フィジーの蹴り返しからのカウンターアタック。⑪ツイタマがタッチライン際をブレイクし、⑬ライリーへオフロードパス。日本代表の攻撃リズムになりかける局面だが、ブレイクダウンを反則スレスレのプレーでフィジーに奪われた。ライリーへのサポートがすべてBK陣というのは、チーム戦術のプランどおりだったのだろうか。それともFWが遅れてしまったためか。
TV画面には赤黒のジャージ選手ばかりが徐々に増えていった。最終的に⑭長田のキャッチミスで終わったが、仮に彼が捕球できたとしても周りにはフィジー選手が多く迫っており、その後のブレイクダウンでさらなるプレッシャ−を受けていただろう。数か月にわたる合宿でのハードワークからくる疲労の蓄積だろうか。
【後半28分/フィジーのスクラム】
上述したプレー後のフィジーのスクラム。フィジーにとっては再び攻め込み、加点するチャンス。5回のラック(平均ラックスピード2.89、2秒未満は1回)で日本代表防御を崩し、素晴らしいオフロードパスなどでトライを挙げた。
日本代表の防御はなんとか前に出ようと試みたり、ブレイクダウンでもプレッシャーをかけようとするプレーも見られたが、フィジーのランナーの自在な動きでターンオーバーのきっかけを作ることができず、またもやラックに人数が固まるようになった。
最後のフェイズはオフロードパスも見事だが、攻撃ラインの選手たちの前への仕掛けとタメがとても素晴らしく、日本代表の防御が届かないところで外にボールを展開する高い集団スキルを見せ、最終的にはバックスタンド側のタッチライン際を大きくブレークされた。日本代表にとっては手痛い5トライ目を献上してしまった。
以上、今回は試合時間帯を4つに分けて、ラックスピードとキックテニス成果、そしてポゼッションとテリトリーを見てみた。日本代表は、これまでの多くの試合で実現してきたようには第1クォーターで大量得点を挙げられず、第2クォーターで失速し、そして第3クォーターでゲームの主導権を奪われた。大会を通じて大きく成長を見せた日本代表だが、トップチームとは大きな差があることを見せつけられる厳しい結果に終わった。
次戦はオールブラックス。ラグビーファンだけでなく多くのスポーツファンも注目するだろう。今回の悔しさを晴らしラグビー王国を追い詰める姿を期待したい。
【PROFILE】
宮尾正彦/みやお・まさひこ
1971年10月12日、新潟県生まれ。新潟高校→筑波大。筑波大学ラグビー部FWコーチを経て、1997年から日本ラグビー協会強化推進本部テクニカル部門委員に。1999年のワールドカップに日本代表のテクニカルスタッフとして参加した。2003年4月からトヨタ自動車ヴェルブリッツで、2013年4月からNEC グリーンロケッツでコーチ・分析スタッフを務め、日野レッドドルフィンズを経て、現在、東芝ブレイブルーパス東京でハイパフォーマンスアナリストとして活躍する。2023年はU20日本代表のアナリストとして南アフリカでのU20チャンピオンシップに参加。日本ラグビーフットボール協会S級コーチ。ワールドラグビーレベル3コーチ。オーストラリアラグビー協会レベル4コーチ。