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ミック・バーン[フィジー代表HC]が随分前に話した、古くならないコーチの視点
スキル指導エキスパート。鋭い観察力で知見を積み重ね、一流のコーチとなった。(撮影/松本かおり)

ミック・バーン[フィジー代表HC]が随分前に話した、古くならないコーチの視点

田村一博

 ミック・バーンの名前を覚えている方もいるだろう。
 身長200センチ超のフィジー代表ヘッドコーチ(以下、HC)は、かつて日本代表も指導していた。
 2011年のワールドカップを戦ったジョン・カーワンHC時代、FW&スキルコーチを務めた。

 RWC2023で8強となったフィジー代表。バーンHCはその大会後、前任のサイモン・ライワルイHCから現職を引き継いだ。
 2022年から今季まで、フィジアン・ドゥルアをHCとして率いていた。

 同HCはフィジーの指揮官を引き受けた理由を、世界のどの国とも違うスタイルを持っているからだと言う。
「非常にユニークなチーム。だから引き受けました。ただ、フィジーの中(の知見)だけでやっていると混沌としてしまいます」

 もっと上へ行く力があるチームだ。
「ここからフィジーがさらに成長していくためには、まず忍耐。そしてシステムを理解し、戦術を実行する。そういう点を改善していかなくてはいけない」

 スーパーラグビーで揉まれている選手たちも増えてきた。ただ、それだけでは足りない。

「自分の感情をゲームの中でコントロールできるようにならないと。ただボールを追って、自分のしたいようにプレーをするだけではなく、秩序ある中でプレーする。後半も走れるフィットネス、フィジカル面も高める。そうすれば選手の持っている才能が、もっと、正しく伸びる。チームも成長していけるはずです」

奔放な動き、判断が持ち味のフィジーの選手たちが持つ才能を、さらに伸ばすチャレンジをしている。(撮影/松本かおり)

 バーンHCは世界のあちこちでコーチングスキルを高めてきた。
 オールブラックスで2005年から2015年までスキルコーチを務めた後、オーストラリア代表でもアシスタントコーチとして同じ分野を追求。それ以前は、ブランビーズ、南アフリカ代表、スコットランド代表、サラセンズなどでも、特にスキル部門に心血を注いだ。

 1958年12月2日、オーストラリア生まれの64歳。16歳までラグビー・ユニオンとラグビー・リーグをプレーした後、オーストラリアン・ルールズ(オージーボール)に転向し、プロとして活躍した。
 ホーソン、シドニー・スワンズに所属し、NSW代表にも選ばれたことがある(ポジションはラックマン、フルフォワード)。空中戦に強かった。

 現役引退後はラグビー・リーグのコーチとして、シドニー・スワンズ、マンリー・シーイーグルスで指導にあたった。
 1997年からラグビー・ユニオンに活躍の場を移し、各チームでコンサルタントやスキルコーチを務めた。

 以前『ラグビークリニック』誌の取材で、同HCにインタビューしたことがある。

 ラグビー・ユニオンでのプレーは少年時代だけも、あらゆるテクニックについて指導できる理由をこう話した。
「キッキング、キャッチング、パス。すべてについてコーチングできます。私は幼い頃から、そのプレーがどうやっておこなわれているかにとても興味があった。いつも人のプレーを見つめ、考え、研究を重ねてきました」

◆スキルのキーポイントを理解し、自分のスタイルで体を動かす。


 トップ国の選手たちほど基本プレーを繰り返し練習する。コーチもそれを求める。その理由を、「ラグビープレーヤーの多くは、トップレベルの選手でも、一つひとつのプレーについてほとんど正しく教わったことがないから」と話した。

「みんな、自分なりのスタイルで始め、ラグビーをやりながら自分のテクニックを探します。うまくいっているときは、それで問題ない。ただプレッシャーがかかったり、疲れると、プレーが乱れる。悪いクセが出る。だから、全体的なスキルを分解し、キーポイントを教える。そうすると、乱れても修正が効く。悪いところを重点的にトレーニングして矯正もできます」

 スキルを分解し、体の使い方を理解することが大事だ。
「キックであれば、いくつかの動きに分解できます。まず集中する。足のスピード、インパクト、フォロースルーが、チェックポイントのセットです。8-12歳の選手なら、重心を体のまん中に置いて、安定したフォームから、バランスを崩さずにノーステップで思い切り蹴る。それから始めるといいでしょう」

 コーチは、いくつかのキーポイントをチェックしながら選手たちの動きを見る。選手はキーポイントを使いながら、自分の動きを理想に近づけていく。それが大事だ。
「キックをするとき、すべてのチェックポイントについてできていない、という選手はいません。あるポイントがうまくいかないのなら、そこを直すドリル、アクティビティをやるといい」

アメリカ戦でフィジーを応援する集団の中にはリッチー・モウンガの姿も。FBアイザヤ・アームストロング=ラヴラの叔父にある縁で、アメリカ戦前にはジャージープレゼンテーションもおこなった。(撮影/松本かおり)

 画一的な動きを求めるわけではない。
「野球のピッチャーを見てください。変則的に投げる、他のピッチャーとは違う投げ方がいると思います。しかし、フォームは異色だけど、ピッチングのキーポイントから外れていないから結果を出せる。ロボットになるのではなく、それぞれの選手に自分の形を作ってほしい。そのスキルのキーポイントを理解し、自分のスタイルで体を動かすのが大事です」

 コーチングで大切なことは、「まず『見る』こと」だ。
「指導するとき、先にキーポイントを話したり、手本を見せると、選手はそれを意識してしまう。普段やっているプレーが見えない状況になります。そうなると、本当は直さなければならない点を指摘できない。だから、まず何も言わず、いつものようにプレーしてもらい、見つめる」

 自分自身がスキルを教わったことがないコーチは、個人スキルに無頓着なことが多いという。
「それはチームを強くする指導能力とは別で、ただプレーの構造を分かっていないということ。いい選手がいても、悪いテクニックのまま放置されているケースは多々あります」

◆小さい動きでどれだけ大きな力を生めるか。


 バーンHC本人は、「幼いときから、キチンとプレーしたいという気持ちがあった」そうだ。
「たとえばゴルフで大柄な人が飛ばすのは当たり前だけど、小さい人にも飛ばせる人がいる。どうしてだろう。と考えたりしていました」

「技術を教わるのが好きでした」と続けた。
 16歳までラグビー・リーグやラグビー・ユニオンをやっていた。その後、オージーボールを始めた。
「1年後にはプロ契約を結んだのですが、あまりスキルをよく分かっていなかったから、まず、テクニックを知る必要があった。だから他の選手のプレーをつぶさに見つめ、外してはならないキーポイントを探し出し、自分のやり方を高めていきました」

『見て盗む』を実践した。
「プロとアマチュアが組んでプレーするゴルフ大会に招待されたことがありました。そこで私はプロと組んでコースを回ったのですが、パートナーがスイングのキーポイントを伝えてくれると、すぐに効果が出た。そのとき、あらためて気づきました。形をどう真似るかでなく、キーポイントを知ることがとても大切、と」

 競技、プレーの種類を問わず、知っておくべき動作の原則がある。
「カップリング。この言葉はスキルを習得する中でとても大切です。人間の動きは、必ず対(つい)になっています。作用、反作用と言ってもいいでしょう。たとえば、引く動きのあとには、押す動きがある。その逆も。それをはやくやれたら、大きなパワーが生まれます」

主将のHOテヴィタ・イカニヴェレは日本戦の前日、暑さについて「フィジーは風が吹けば涼しいが、日本はビル風とかも暑く、湿気がある」と話した。写真はLOイソア・ナシラシラ。(撮影/松本かおり)

「大きく、強く動く必要はない」と言う。
「求められるのはストロング(強さ)じゃなく、フォース(force)、集約された力。小さい動きの方が、力が伝わる。小さい動きでどれだけ大きな力を生むか。そのために、はやく動く。小さいモーションでパワフルなパスをできるようにする」

 時代を問わず、「相手が反応できない、読めないような、小さく、鋭いモーションで放る長短のパス。これを、まっすぐ走りながらできること」が最強だ。
「それができるなら、パスの動きに対して、力を入れるか否かで、実際に放るか、放らないかの判断ができるようになる。パスダミーで、そのまままっすぐ走って抜ける動きが理想。前に走る力を、どうやってパス、ラグビーのプレーに変換するかが大事」

 それまでの自分の中の当たり前が変わるとスランプに陥ることがある。
「ですから私はサイコロジー(心理学)も学びました。クセを直すというのは、頭の中、考え方を変えるということ。そこが切り替わるまで、一時的にパフォーマンスは落ちるものです。その後、頭の中で理解できたらパフォーマンスがぐっと上昇する」

「オールブラックスのダン・カーター(SO)でさえ、走りながらのパス、ゴールキックに、何回か自信をなくしたことがありました。でも毎日全体練習のあと、個人で欠点を直すドリルをやったから短い時間で自信を取り戻せた。押さえるべきポイントを知り、毎日20分繰り返すだけで、以前以上のパフォーマンスを得られる」

 10年以上前に聞いた話だ。しかし、コーチとして見るべき視点や指導の原則は少しも古くない。
 才能あふれるフィジーの選手たちがこの人の指導でさらに新しい武器を持つのか。奔放さが失われるかもしれない。
 チームの変化を見ていきたい。

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