logo
【サクラフィフティーンのテストマッチを深掘りする ④/RWC2025 女子日本代表×女子アイルランド代表】思い知った、W杯の勝負の厳しさ。
アウトサイドで前進を図るWTB今釘小町。左足からのキックでも貢献。(撮影/松本かおり)

【サクラフィフティーンのテストマッチを深掘りする ④/RWC2025 女子日本代表×女子アイルランド代表】思い知った、W杯の勝負の厳しさ。

宮尾正彦/小島碧優

 史上最高の盛り上がりと言われる女子W杯イングランド大会。女子日本代表(以下Sakura15)の初戦は8月24日、イングランド中東部ノーサンプトンのアイルランド戦だった。

 試合開始から自陣に釘付けにされたSakura15は早々に2トライを喫して苦しいスタートとなるも、その後は粘り強いディフェンスとキックを上手く使い、徐々にペースを取り戻していった。
 しかしアイルランドの攻撃に防御の的を絞れず失点を重ねてしまい、14-42と悔しい完敗に終わった。

 今回も現役選手であり現在アイルランドで留学中のYOKOHAMA TKM、小島碧優(みゆう)選手と協働でSakura15の戦いを振り返ってみたい。
 今回は主にスタッツから読み取る全体的な総括を宮尾、そして攻撃の質的分析を小島氏が担当し、最後に試合の流れの観点からの分析を宮尾がした。
 まだ初戦が終わったばかり。Sakura15の戦いを振り返る。

【1】「勝利の条件」とアイルランド戦


 表1は、これまでのSakura15のテストマッチ(5月のアメリカ戦を除く)から、勝った試合と負けた試合の平均値を出し、今回のアイルランド戦から特筆すべきものを取りあげた。




 攻撃面ではポゼッション、つまり攻撃回数で大きく下回ったのが痛かった。相手より多くの攻撃回数でプレッシャーを積み重ねたかったが、できなかった。その大きな原因はやはりラインアウトの不調だろう。長身選手が揃うアイルランドとW杯のプレッシャーを受け、地道なトレーニングで培ったスキルが少し乱れた。
 序盤でリードを奪われた焦りもあったのか、攻撃に転じた局面でも、冷静に見ると、十分相手防御を崩した局面で、そちらにボールを運べなかった。短いフェイズでのミスもあり、アイルランドを楽にしてしまった。アタックについては後段の小島氏の分析に詳しく述べていく。

 防御面では相手に多くの攻撃(ボールキャリー)を許し、その結果、ボールキャリーメートルを稼がれてしまった。日本の得意とするダブルタックルでも相手の大きなキャリアーを止めることが精いっぱいだった。タックル数でもこれまであまり経験したことがないほど多くのタックルをせざるをえなくなり、当然ながらミスタックルも増加した。
 防御についてもう少し深く考えてみる。

◆前半3分/ラインアウトからアイルランドのトライ

 やや敵陣に入ったアイルランドの5プラス1のラインアウト。Sakura15のFWはまずラインアウトボールにコンテストを試みた。地域的にも妥当だろう。結果的にアイルランドにクリーンキャッチされたがこのコンテストにあまり問題はない。
 強いて挙げればバックリフターがやや遅れたことと、Sakura15ジャンパーの飛ぶ位置がうしろになったことか。問題はそのあとで、モールを警戒しすぎたためか、③北野がモールに近づき過ぎてしまい、防御要員としてスペースを保てず、⑦長田も近づかざるをえなかった。
 その結果ラインアウトのFWとBKの間をアイルランドに上手く突かれて1次攻撃でゲインを許してしまう。その次のフェイズでは②公家と⑧齊藤がダブルタックルするのだが、前で止めることができなかったことに加え、非常に素速く(1秒73)ボールを出されてしまう。
 これではSakura15の防御も再整備することができず、相手選手8人に対してSakura15は6人と数的不利。アイルランドのハンドリングスキルも素晴らしく、大外でのラインブレークでトライを許した。

◆後半22分/ラインアウトからアイルランドのトライ

 アイルランドのトライがTMOキャンセルとなった後。Sakura15は自陣22m内の相手ラインアウトのピンチを再び招いていた。相手は7人でSakura15はモール警戒で6人。モールだけを警戒することで他の選手は防御に専念できるはずだったが、アイルランドが工夫を凝らしたプレーで攪乱する。これによって本来はBK展開に備えるSakura15、⑳細川もモールに近づかざるを得なくなった。結果、見事に策が成功し、アイルランド⑬ダルトンの強烈な走りにゲインを許してしまう。
 一気に自陣に釘付けにされたSakura15は数フェイズを守るのがやっとで、アイルランド㉒ブリーンに追撃のトライを許した。

 上記の2プレーとも、アイルランドはモールを活かした展開を活用してSakura15の防御を攪乱、攻略に成功した。

 次はSakura15の攻撃に関して、小島氏による分析を紹介したい。

高めてきたラインアウトの精度が、この試合では目指すものに届かなかった。(撮影/松本かおり)


【2】Sakura15の攻撃


 表2は今回の試合におけるアイルランドと日本の主要スタッツを示したものである。




 宮尾氏が指摘するように、この試合でSakura15はボールポゼッションでアイルランドに劣り、攻撃をスコアへと結びつける場面が限られた。その背景には、セットプレーの獲得率、そして獲得後の攻撃継続に課題があったと考えられる。そこで、今回はスクラムとラインアウトを起点とした攻撃に着目して分析する。

 以下はスクラムとラインアウトを起点とした攻撃プレーの結末とフェイズ数の分布を示した表である。




 スクラム起点の攻撃では、アイルランドからスクラム自体にプレッシャーを受ける場面も見られたものの、すべてマイボールを保持することができた。そこからの攻撃では、早い段階でキックを使い、エリアを前進させる傾向が見られ、フェイズを重ねるよりも効率的にエリアを狙う傾向があった。

 一方ラインアウト起点の攻撃では、ほんの僅かなズレからボール獲得そのものに苦戦した。マイボールを獲得した攻撃9回のうち、4回は3フェイズ以内にハンドリングエラー(HE)で攻撃権を失った。

 具体的にどのように攻撃の継続性を欠いていたのか、試合内容を振り返りながら課題を紐解いていく。

◆前半17分/敵陣22メートル右マイボールスクラム

 右エッジスクラムから、きっちりとボールを出し、まずはクロスへ切り込んだ⑬古田がゲインする。
 続いて2フェイズ目にはFWがさらに前進し、3フェイズ目にはブラインドサイドに数的優位ができる。アイルランドのディフェンスを崩せていた場面だった。
 オープンサイドにポジショニングしていた⑩大塚もブラインドサイドを指差して指示を送っていたものの、意思伝達とプレーが噛み合わず、順目に攻撃が続いて好機を逃す。その後12フェイズを重ね連続攻撃したものの、アイルランド防御に押し戻されて前進できず、キックでボールを手放す結末となった。
 スペースにボールを運ぶためのコミュニケーションエラーからスコアチャンスを逃した場面だった。

 そもそものマイボール獲得に苦戦したラインアウト起点の攻撃では、獲得できた9回のラインアウトアタックの内、4回は3フェイズ以内にハンドリングエラーで攻撃権を手放していた。

◆前半22分/中盤エリアからのマイボールラインアウト

 ラインアウトでしっかりとボールを獲得すると、⑩大塚の内に走り込みパスを受けた⑭松村がゲインする。その後、素早くブラインドサイドを攻撃するも、スローフォワードとなって攻撃権を失った。
 確かに狭いスペースで4対3の数的優位を作れていたものの、攻め急ぐのではなく、一人ずつ細かくゲインを重ねて攻撃を継続させたい場面だった。
 この場面の直後、アイルランドボールのスクラムから一発トライ(一次攻撃でのトライ)で失点につながった点は大きな痛手となった。

 上に挙げたように、細かく試合を振り返ると、決してチャンスを作れなかったわけではない。まずは、マイボールのセットプレーでのボール獲得率を上げることで、攻撃機会の増加につながるだろう。さらに、セットプレーを起点とした攻撃では自分たちで攻撃の形を組み立てることができる。Sakura15はしっかりと意思統一し、ディフェンスを崩していきたいところだった。
 そのためには、何をどのように遂行するべきか、グラウンドの中で明確にコミュニケーションをとりながら、ボールを繋ぐことが求められる。

【3】試合の流れ

 最後に主導権の奪い合い、モメンタムの観点からこの試合のポイントを振り返りたい。
 図3はこの試合での両チームの攻撃(ポゼッション)の成果を5段階に評価し点数をつけ、Sakura15からみた試合時間ごとの累計を曲線化したものである。
 ご覧のとおり曲線は点数ほどにはこの試合が一方的ではなかったことを示している。ただ勝負を決めたポイントがいくつかある。そのうちの2点について考えてみたい。




① 前半28分/Sakura15の初トライ
 0-21と苦しい状況となった後、キックオフから懸命のディフェンスを見せて相手のミスキックを誘う。ラインアウトからの攻撃は奏功しなかったが、⑨津久井の好判断からのキックでチャンスを保った。敵陣22メートル内の攻撃を継続させ、最終的には⑫弘津のトライを引き出した。ボールを動かせばスコアできる自信を得た大きなトライだった。

② 後半13分/インターセプトからのアイルランドのトライ
 相手キックを捕球した⑭松村から始まるSakura15のカウンターは素晴らしかった。大外でゲインできた⑥川村の献身的な戻り、ハンドオフから見事なパスを⑪今釘に通し、一気に相手22メートルに入った。
 サポートした②公家と⑱永田のスピードチェンジも日頃のトレーニングと高い意志の賜物。パスをつないでフィールド中央で防御を切り裂いた⑭松村のランも痛快だった。あとはフィニッシュするだけ、だった。画面に映るだけでも、広い広いスペースに5対3。しかし⑨津久井のパスは⑫ヒギンズにインターセプトされ、そのまま約90メートルを走り切られた。
 負け惜しみを言うつもりはないが、ヒギンズはオフサイドポジションにいたと思う。少なくともTMOでチェックしてもよかった。大きな意味でほぼアウェイの戦いの厳しさを感じざるを得なかった。

 最終的にスコアは開いたものの、ひとつひとつのプレーではSakura15は十分に戦えていた。開幕戦の重圧のなか2つともコンバージョンを決めたのも非常に素晴らしい。それだけに、前半立ち上がりの防戦一方の展開と、2つの失トライが重くのしかかっていたのではないか。
 少し気になるのがコイントスで勝ったSakura15は、キックでなくエリアを選んだようだった。日差しの向きを戦略的に利用しようとしたのだろうか。実際の試合の展開は首脳陣が意図していたものだったのだろうか。

 以上、今回はSakura15のW杯初戦を取りあげた。まだ始まったばかり、重要な試合が残っている。
 次のブラックファーンズ戦は、さらにタフな試合になるのは間違いない。この試合の成果と課題をクリアにして一段成長したSakura15の戦いが楽しみだ。

【PROFILE】
小島碧優/こじま・みゆう
2000年神奈川県生まれ。日体大から2022年に横浜TKM入団。ポジションは7人制ではFW、15人制ではFL。昨年度は主将と並行してチームの分析担当も務める。4月からアイルランドにラグビー留学、Railways Unionに所属。ラグビーは勿論、語学、アナリストスキルも学んでいる。

【PROFILE】
宮尾正彦/みやお・まさひこ
1971年10月12日、新潟県生まれ。2003年4月からトヨタ自動車ヴェルブリッツで、2013年4月からNEC グリーンロケッツでコーチ・分析スタッフを務め、日野レッドドルフィンズを経て、現在、東芝ブレイブルーパス東京でハイパフォーマンスアナリストとして活躍する。

ALL ARTICLES
記事一覧はこちら