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あっ。不安がよぎる。
イングランドで進行中のワールドカップに臨む日本代表、サクラフィフティーンのきわめて大切な初戦、対アイルランドのJ SPORTSの中継をテレビの正面に直立するような気持ちでにらんだ。
到着のバスからジャパンの選手たちが降りてくる。ありがたいファンの声援に笑顔で応じる。自然な態度。ちっともおかしくない。スポーツの「公人」の務めを果たしている。
ただ。アイルランドのひとりひとりは、もしかしたら、もっと険しい雰囲気をたたえているのではないか。こちらの映像は見ていないので、つい想像してしまった。そこが、ふとよぎる心配の正体だ。
そもそも現場にいたわけではないので勝手な印象に過ぎない。ジャパンのコーチ、バンジーことベリック・バーンズは、会場入りの同じ列にあって厳しい顔だった。やはり、さすが。と、感じたけれど、これとて一瞬のシーンだ。
14-42の敗北。開始25分で0-21。もっと述べれば同11分の0-14の時点で白黒はおおかた定まった。いわゆる「ゲームの入り」がうまく運ばなかった。そのことは「会場への入り」や「ロッカー室からの出」と無関係ではない。
Just RUGBYの田村一博編集長の現地発の記事にこうあった。
「立ち上がりに見せたアイルランドの集中力は高かった。ナショナルアンセムを歌った後のキックオフまでのわずかな時間を使い、ハンドダミーに体を当てて戦いに臨んだ」
キックオフ直前にコンタクト練習。やられた。ジャパンのすべきことを。

繰り返す。バスを降りて笑みを浮かべて悪いはずはない。何年も努力を重ねて、体を張る覚悟は自明で、そのうえで柔らかな表情を選んだ。そもそも勝負は試合の寸前に決するわけではあるまい。長い時間をかけた心技体の準備がぶつかるのだ。
ただし決闘のスタジアムにいよいよ向かうところで、個人とチームのこれまでの蓄積が、万が一にもこぼれ落ちぬように引き締めるのは「長く生きてきた者」の仕事である。
ヘッドコーチはおおげさでなく、みずからの人生の喜怒哀楽の導く「解=いまこのときに最適な態度」を授けるのだ。
本コラムの責任で言い切るが、ぎりぎりまでハードに体をぶつけるウォームアップにふさわしいのはアイルランドでなくジャパンである。
以下、一般論で。サクラフィフティーンは、男子ジャパンの積み上げた「失敗と成功の歴史」をもっと共有したほうがよい。
これは「マンスプレイニング(男性がおもに女性に対して、なかば無自覚のまま万事において説明してみせたり、意見を述べること)」とは異なる。
多くの国際マッチ、ことに海外出身者の限られた時代にどういう心構えならよく戦えて、どうなると力を発揮できなかったのか。そうした事実の確認および傾向と対策の徹底である。
個人的に「挑む側、小の側ならキックオフ直前まで激しいウォームアップを」派に属している。コーチのころの実感だ。
1989年から1996年春まで、中学でのラグビー体験はもちろん皆無、運動部に所属したことのない者も少なくない東京都立国立高校を指導した。
某年某月、他のいくつかの都立校のエース級が集まってくれて合同練習に励んだ。すぐに気づいた。運動能力の高い人間は、グラウンドに出て、ちょっと体を動かすと、さっそくスピードに乗ったり、鋭いステップを踏める。しかし、そうでもない国立高校の多くの部員は、しっかり汗をかいてからでないと速く走れないしキックも飛ばない。
ヒントを得て、公式戦でも、ゲームの始まるちょっと前まで、実戦に等しい闘争心と活力をこめて人対人のタックルを繰り返すようにした。効果は明らか。こうしたほうが序盤のリズムをつかめた。
ある年、インゴールでタックルまたタックルに燃えていると、あとで登場の全国大会常連校のだれかが見て、あきれたみたいにつぶやくのを聞いた。
「試合前なのにこんなに。おかしいんじゃないの」
血気盛んであったコーチは胸中で反論した。
「君たちがこれをやったら花園で関西の強豪校を倒せるのに」
感情はいまも変わらない。だから、その視点でサクラフィフティーンをとらえてしまう。
2012年。ジャパンを初めて率いるエディー・ジョーンズHCをインタビューした。こんな「日本論」を鋭く語った。
「日本のチームは、リーグ昇格や降格がかかると、それまでになかった闘争心や結束力をいきなり見せる。日本人は、このチームのためにと心の底から思うと素晴らしい力を発揮します」
1967年3月12日。男子の日本代表は、クリス・レイドローやアール・カートンといったオールブラックスの精鋭を複数含み、当時は強豪であったニュージーランド大学選抜(NZU)と対戦した。寄せ集めでない強化に踏み出して初の本格的な国際試合である。

大西鐵之祐監督の決戦前の走り書きの作戦メモが残されている。そこにこうある。
「紳士になるな闘士になれ」
「身をすててかかる、その覚悟」
「先ず相手陣に攻め込む。きたないと言はれても責任は俺が持つ。機先を制し、ぜったいにマイペースで」
「前半を全試合と考へよ。後半は後半で考へる」
精神論と読める。だが、これらの言葉のすぐ下にはスクラムにおける各人の技術や仕掛けの方法もびっしりと記されている。3トライを許す3-19の黒星。ただし攻防は引き締まり、以後の浮上の礎となった。
ジョーンズHCは、日本に生まれ育った選手の所属集団への忠誠の深さ、迷いをなくしたときの強さを見抜いた。大西監督は、理論を打ち立て、科学を導入、鍛練を積み上げて、そのうえで捨て身こそが「小」の活路とわかっていた。
ジャパンが列島のすべてのラグビー人の心身のあり方のまさに代表なのだとすれば、2025年のサクラフィフティーンの反攻のヒントとなりうる。
培った体力がある。スキルも身につけた。連帯は簡単にほころびない。みんな善き人だ。であるなら、あとはひとつ。闘士となれ。