
今年の夏、classが歌う『夏の日の1993』は、もう聴いただろうか?
ふと耳にした平成ソングを口ずさみながら、わたしは夏の日の2024を振り返っていた。
1年前の7月31日、私はパリの選手村を自転車で走り回っていた。
選手村にまことしやかに存在する、とある「モノ」を探して。
五輪選手村での都市伝説と言われるもの……。
極力比喩で表現できる単語を探していたら、原稿を書き始めて2週間が経ってしまったので、もう言葉を選ばないことにした。
そう、コンドームである。
私を含む五輪アスリートの名誉のために情報を付け足すが、たぶん全員がお土産としてそれらを持ち帰っている。
というか、もはや選手の間では、ぶっちぎり人気ナンバーワン五輪グッズなのである。

【写真右】村外のスーパーで売っていた大会記念グッズ。
というのも、個包装の表面にはキュートな五輪マスコットがひとことコメント付きでプリントされており、カラーも5色展開と、コレクター欲をくすぐるものとなっている。
五輪マスコットの公式土産というのは基本的にお値段が高い。が、こちらは無料配布である。大人気が故に、非常に希少品なのだ。みんな公には話題にしないため(そりゃそうだ)、選手村内ではまさに河童かツチノコのような存在である。
選手村ではカフェを含む飲食がフリーで提供されるため、本場のめちゃくちゃ美味しいクロワッサンをパリパリとかじりながら歩いている人がたくさんいた。彼女らに話しかけるように、フランクな感じで「ハーイ!! それ素敵だね、どこで手に入るの?」と聞き出せたら良かったのだけど。
さて、ドラクエのように村人に話しかけて、情報を聞き出すところからスタートだ。
村内の医療センターでもらえると噂を流す者もいれば、洗濯所の角に置いてあるという者もいる。本当にゲームの中の隠しアイテムである。
場所を特定するだけで5日間くらいかかるし、そもそも大事な試合をしにオリンピックまで来ているわけだから、そういったことにあまり時間を割くことはできないのだ。欲しいけれども、ひとりで探すのが気恥ずかしい私たちは、これまたドラクエのように隊列を組んで、そのレアアイテムをゾロゾロと探しにいった。
非常に滑稽な姿である。

ちなみにリオ五輪の時は、食堂のガチャガチャの中に設置されていた。入手難易度レベルでいえばLv.5程度、ポケモンで言えばコイキングくらいだろうか。ただ問題は別にあって、ひとたびガチャガチャを回せば、選手村の天井の高い広い食堂に、ガチャガチャたる所以のあの激しめの乾いた音が、それはそれはよく響くのだった。
あの頃はまだ若かったから、極力音を立てないようにガチャガチャのハンドルを両手で握ってみたり、咳払いをしたりしながら回していた。今は10連でも堂々と回せる気がする。歳をとるというのは恐ろしい。
話はパリに戻る。
パリでの入手難易度は非常に高かった。我々は大会開幕のかなり序盤で選手村入りをしたのに、もうまったく手に入らない状態だった。ポケモンでいえば、ポリゴンくらいのレア度。ひとたび誰かが入手したとなれば、もうヒーローである。カブトムシを捕まえた小学生みたいに、部屋で虫カゴに入れてみんなで眺める……とまではしないが、どこに出没していたかとか、補充されていたかとか、ひとしきり盛り上がるのであった。
さて、記憶は定かではないのだが、まぁいろいろと苦労をした結果、翌日選手村を発つという日に無事にレアアイテムを手に入れた。噂どおりに、四角い紙のパッケージ表面には大会マスコットと共に洒落た英語のコピーで啓蒙メッセージが書いてあった。
私がゲットしたものは水色のもので、大会公式マスコットがウィンクをしながら、
「No need to be a GOLD medalist to wear it!」
(使うのに金メダリストである必要はないよ=全員使いましょう)
と言っているバージョンだった。

【写真右】別の選手に啓蒙メッセージの意味を尋ねてみたところ、こんな返信が届いた。
メダル獲得を目指していた大会で目標に届かなかった私は、ソファに寝転びながらそのポップなメッセージを虚無の目で見つめ、その辺にいた仲間たちに、なんとはなしに、見せてみた。
一人の選手が、ムクッと起き上がって言った。
「……え!! ちはるさん !! 金メダリストは使わなくていいってことですか? やばくない?」
確かに英文的には多少ひねりがあるが、多分中学校で習う英語構文であるはずだ。
どこぞのコピーライターさんが何回も会議を重ねて決定したであろう渾身の洒落を効かせた英語コピーを真逆の意味で捉えかけた隣のJAPANESEに、きちんと正しい訳の講釈を垂れて一瞬良いことをした気分になったが、またなんだか虚しくなって、再び虚無の目でそれを拾い上げそっとトランクにしまった。
2024 Ah 訳違い Oh そうじゃないよ🎵
虚しくなってしまったよ 夏の日のパリで🎵
あれから一年、クロワッサンを食べるたびに、そんなどうでもいいことを思い出す。
【プロフィール】
中村知春/なかむら・ちはる
1988年4月25日生まれ。162センチ、64キロ。東京フェニックス→アルカス熊谷→ナナイロプリズム福岡。法大時代まではバスケットボール選手。2025年春まで電通東日本勤務。ナナイロプリズム福岡では選手兼GMを務める。リオ五輪(2016年)出場時は主将。2024年のパリ五輪にも出場した。女子セブンズ日本代表68キャップ。女子15人制日本代表キャップ4