logo
【女子日本代表 RWC2025へ】野獣になる。細川恭子[FL/NO8]
1999年7月8日生まれ、26歳。兵庫県神戸市出身。164センチ、71キロ。神戸甲北高校→日体大女子→PEARLS。住友電装所属。日本代表キャップ17。(撮影/松本かおり)
2025.08.08
CHECK IT OUT

【女子日本代表 RWC2025へ】野獣になる。細川恭子[FL/NO8]

田村一博

 試合になれば野獣。
 外からはそう見えます、と伝えると、「はい」と否定はしない。
 サクラフィフティーンの細川恭子のポジションはフランカー。相手を追い、倒し、ボールを奪い取る。

「試合中は何も考えていない、といってもいいかな、と思います」
 そのかわり、練習中は一つひとつのプレー、動きについて、ちゃんとフォーカスポイントを理解して念入りに繰り返す。

 日々の練習でやるべきことを徹底的に体に染み込ませる。試合の時、目の前の状況に無意識のうちに反応できるようになるまで。
「自分の武器はタックルと、低い(姿勢からの)ジャッカル。大きい相手をバンバン倒していきたい」と話す。

 2025年のワールドカップ(以下、W杯)スコッドに入った。コロナ禍の影響により、1年遅れで開催された2022年のニュージーランド大会に続いて2回目の大舞台となる。

 3年間を振り返り、「自分の強みであるディフェンスを強化し、チームとしては、(繰り返しおこなってきた)合宿でセットピースにこだわってやってきました」。
 サクラフィフティーンは「体の大きい相手からもトライを取り切る。私たちの低さを強みに、勝負できるようになってきた」と感じている。

7月19日のスペインとの第1戦には7番で先発し、フル出場した。今回のW杯で対戦したい相手のひとりが、ニュージーランド代表のWTB、ポーシャ・ウッドマン=ウィクリフ。「ポジションは違いますが、PEARLSに在籍した時に、その人柄、プレーへの姿勢に触れて、尊敬できる人と思いました」。(撮影/松本かおり)


 3年前の経験があるだけに、「ワールドカップの厳しさは分かっています」と言う。前回大会は3戦全敗。健闘はしても勝ち切れない試合が続いた。
 体感したのは、参加するすべてのチーム、選手が、そこをターゲットに最高の状態で臨んでくることだ。「普段の国際試合とは違い一段と気合が入っていて気迫を感じました」と記憶する。

「ワールドカップの舞台で、サクラフィフティーンのラグビーを体現できるかが重要」と言葉に力が入る。
「結果を出さないといけない。惜しかったねでは、負けは負け。前回大会では後半に疲れが出て力を出せなかった。その足りなかったところを強化してきました」

 世界との差を感じたニュージーランドでの大舞台。まもなく始まるイングランドでの戦いでは、プールステージでアイルランド、ニュージーランド、スペインと戦う。
 チームが目指すのは、まずノックアウトステージへの進出(8強)。それを果たしたら、また次のステージへ進む。

 20歳になってすぐ、2019年7月13日におこなわれたオーストラリア戦で初キャップを得た細川も26歳になった。
 その間に積み上げた日本代表キャップは17。前回ワールドカップの時は23歳だった。

 その経歴を翻れば、2022年の前回大会最終戦(10月23日)、8-21のスコアで敗れたイタリア戦から、2024年8月17日のアメリカ戦(8-11/静岡)までの約2年、テストマッチから遠ざかっている。
 その間は怪我との闘いだった。

 前回W杯のイタリア戦に6番のジャージーで先発し、後半27分までピッチに立った。その試合で左の太腿に肉離れを起こした。
 その怪我からの回復の途中、復帰を目前にしたタイミングで、今度は前十字靭帯を断裂。辛い時間が長く続いた。

 雌伏の時を経てピッチに戻った昨年のアメリカ戦(第2テスト)は、後半20分からの出場だった。
 よくボールに絡んだ20分を終えて細川は、「やることは明確だったので、いま自分がやるべきことをやる、やれることを出し切ることに集中した」と試合後に話した。

 その日は、所属するPEARLSのチームメートたちがスタンドに駆けつけていた。
「怪我をしている間、大勢の人たちにお世話になりました。その人たちに恩返しをする試合でした」と感慨深く話したバックローは、約2年の沈黙の期間を思い出し、「精神面は本当に強くなったと思います」と語った。

 連続して受傷した際は「メンタルが折れそうになりました」。ラグビーを続けていくかどうか揺れた。
 しかし、チームメートやトレーナー、メディカルスタッフのサポートを得て、復帰へ向かう勇気が湧いたという。

【写真左の上・下】対スペイン第1戦。【写真左の中】菅平合宿。【写真右上】W杯メンバーに決まった7月27日。【写真右下】約2年ぶりの実戦復帰となった2024年8月17日、アメリカ戦。(撮影/松本かおり)


 ベンチから試合に入る時、PEARLSの先輩でもある齊藤聖奈との交代でピッチへ出た。バトンを受けてすれ違う時、「おめでとう」と言われ、ぐっときた。
 そんな瞬間があった日から1年。ふたたびW杯スコッドに名を連ねている。幸せだ。ラグビーをやめずによかった。

 神戸甲北高校に入学後、ラグビーを始めた。3歳からテニスに取り組んでいたが、「高校では違うことをやってみたい」と思っているところに勧誘され、楕円球と出会う。
 今回W杯へ一緒に向かう北野和子(PR)は、高校ラグビー部の同期で、PEARLSでもチームメート。付き合いは長い。

 テニスでも攻撃的だったというから、もともとラグビーと出会う人生だったのだろう。「最初からコンタクトプレーに怖さを感じなかったんですよ」とケラケラ笑う。
「本能のまま」
 だから相手に関係なく、チームに勢いを与えるプレーができる。

 W杯メンバー発表の日、「前回大会を知っているので、結果を出したい気持ちが強くて、逆に緊張しています」と素直な気持ちを口にした。
 大会までの日々について、「いまからどうこうするわけではなく、これまでやってきたことをワールドカップで発揮できるように準備するだけ」。
「タックル、ジャッカルをやってきます」と覚悟を口にした。

 怪我前より体重は5キロ増。苦手だったウェートトレにも週5回取り組んだ成果を出す時だ。
 S&Cコーチのルーク・ヴァス(PEARLS→豊田自動織機シャトルズ愛知)に「俺を信じてやっていたら大丈夫」と言われ、ウェートトレ+食事、そして走って作った肉体は「重く感じません」と弾丸。
 そして野獣になる。

「今回のワールドカップでは絶対に勝ちたい」。(撮影/松本かおり)


ALL ARTICLES
記事一覧はこちら