![【Just TALK】「オフも、ずっと頭を使っています」。伊藤鐘史[日本代表/アシスタントコーチ]](https://www.justrugby.jp/cms/wp-content/uploads/2025/08/KM3_9954_2.jpg)
今季ラグビー日本代表のアシスタントコーチとなった伊藤鐘史が、7月までにオンライン取材に応じた。
「オフと言いながら、ずっとプラン(の構築)で頭を使っています」
束の間の休息の折も、8月中旬からと見られる宮崎合宿、さらに同月下旬からのパシフィックネーションズカップをにらんでいた。
自身が現役の日本代表選手だった頃に指導を受けたエディー・ジョーンズ ヘッドコーチは、約9年ぶりに復帰して2シーズン目を迎えている。
もともとリーグワン1部の三重ホンダヒートのアシスタントコーチだった伊藤はまず、就任の経緯、着任後について語った。
——オファーを受けた時期は、昨季のリーグワンのシーズン中だったでしょうか。
「今年に入ってからだったか、永友さん(洋司ナショナルチームディレクター)を経由して、『エディーからのオファーで、ジャパンのコーチに』と。それから永友さんと面談を数回。ちょうどホンダからの業務委託の期間としては、(2024-25シーズン終了時が)節目のタイミングだったんです。先方からは(契約)更新の話もいただいていました。来季は、鈴鹿(を本拠地とする)ラストイヤーで、コーチ同士のコンビネーションも高まってきていました。そのため(新たな誘いを受けるか)悩んだのですが、最終的には、日本で一番名誉のある日本代表からオファーをいただける機会を大事にしたいと思い、決断しました」

——6月上旬の長野・菅平での候補合宿から合流しました。
「ホンダで(リーグワンの)入替戦を終えて、オフを1日挟んで、その翌日には菅平に行っていました。とにかく突っ走った。テストマッチに関わっているなとリアルに体感したのは、ウェールズ代表の分析をしている時です。エキサイティングな気持ちと、大きな責任を担っている感覚が混ざり合っていました」
指導者として初のテストマッチに臨んだのは7月5、12日。北九州、神戸での対ウェールズ代表2連戦だ。1勝1敗だった。
世界中のゲームの情報を網羅するウェブサイト『RUGBYPASS』によると、伊藤が担当するラインアウトでの自軍ボール獲得率は1試合平均で93.5パーセント(最終戦は100パーセント)。向こうのそれが80.2パーセント(最終戦は82パーセント)だったのを上回っており、その中身に見応えがあった。
——特に勝った初戦。要所で相手ボールを奪いました。その際は、向こうのリフターやジャンパーと日本代表のそれが合わせ鏡のように動いていました。ウェールズ代表の強みであるモールも、ほとんど組ませなかった。
「プランもさることながら、選手の遂行力が素晴らしかったです。絵にかいたような形でした。(策が)はまった感触でした。ワーナーとジャック、素晴らしかったです」
——ワーナー・ディアンズとジャック・コーネルセン。空中戦のマスター2人は大活躍でした。
「ある程度はプレッシャーをかけてくれるだろうと思っていましたが、それを超えた素晴らしい動きでした。(初戦の)前半はミドル、バック(ラインアウトの真ん中よりも後ろ)をカバーして、前は捕らせていいというプランでした。そして、最初のラインアウトでは(前半1分頃)前で捕らせて、サック(捕球役を合法的に引き倒した。この場面ではエピネリ・ウルイヴァイティが仕事をした)。その後も(サイン構成などで)修正してくる相手と駆け引きをしながら、いい形でジャンプしていましたね」
——試合終盤(74分過ぎ)には、自陣での相手ボールで2人のジャンパーが一気に跳び上がるシーンもありました。ピンチを防ぎました。
「あれもプランのひとつ。いい判断でした。あの日は、(用意した)オプションを相手が嫌がる形で使ってもらいました。オプションを使う判断は、選手に楽しんでほしいと思っているんです。ラグビーは、判断を楽しむスポーツなので」

——第2戦はやや圧力を受けました。例えば28分頃、自陣ゴール前で固いパックを作られてしまいます。日本代表側が身体を差し込むスペースがないまま、反則を犯したようにも映りました。
「向こうは中盤でも、ゴール前でも、『5プラス1(5名がラインアウトに並び、そのうしろ=レシーバーの位置)に1名の援護役のフォワードがいる形)』にこだわり、(モールを)プッシュしてきました。あの週は、僕らは相手の『5プラス1』に対して準備してきました。ただ、モールだけではなく、そのサイドをアタックしてくるであろうという点もケアしていたのです。それによって、モールにフォーカスしきれなかったのかもしれません。読み合い、予測のし合いになってくるなか、ウェールズ代表はシンプルにモールをプッシュしてきた」
——モールを多用するチームには『6プラス1(6名がラインアウトに並び、その後ろに1名の援護役のフォワードがいる形)』が有効だと考えられています。
「ウェールズ代表のコーチ陣にいたダニー・ウィルソンは、ホンダが提携しているハリクインズ(イングランド)のヘッドコーチです。去年、ホンダのフォワード合宿で現地に行かせてもらった時、彼は『5プラス1が好きだ』と話していました。だから、(7月は)『やっぱり、それで来たか』と思ったんです。
1戦目は、お互いに手の内がわからない状況でプランをしていくなか、『自分たちの強みをいかに発揮するか』という考えのシステムで行きました。2戦目はプレッシャーを受けたところがありましたが、これを経て、また3戦目が楽しみです。ウェールズ代表もヘッドコーチが代わるというニュースがあるので、どうなるかはわかりませんが」
※7月21日、ウェールズ協会は9月1日からスティーブ・タンディが新HCに就くと発表した。
日本代表は11月15日、カーディフでウェールズ代表と再戦する。2025年の「3戦目」だ。
それを前後して欧州各地でテストマッチが組まれており、かつ、同月1日には南アフリカ代表に挑戦するのではと報じられている。
いまから約10年前の2015年9月19日(現地時間)。ワールドカップイングランド大会のプールステージでの初戦で、当時大会通算1勝だった日本代表が、その時点で優勝2度の南アフリカ代表を34-32で下した。当時はジョーンズが指揮官で、伊藤はスコッドの一員だった。
続く2019年の日本大会では、体制を変えていた日本代表が初の8強入り。そのジャパンを南アフリカ代表は準々決勝(10月20日/東京)で26-3と下し、以後、2023年のフランス大会まで2連覇を成し遂げている。
今度の両国再戦は、まだ正式にはアナウンスされていない。
もっとも、当初は因縁の一戦があったイングランド・ブライトンでの実現が検討されていたようだ。それが叶わなかったとしても、別会場で実施の方向だ。日本ラグビーフットボール協会の土田雅人会長も、その旨で語った。

もしもこのゲームがおこなわれるとしたら、10月25日に東京でオーストラリア代表へ挑む日本代表にとってはタフなチャレンジとなる。
「肉体的な疲労はあるだろうし、(すでに組まれているテストマッチも含めて)スコッドの層の厚さを測るツアーになるかもしれないですね。そこへ向かっていく意味でも、パシフィックネーションズカップは大事です」
伊藤は前向きに展望しつつ、あの歴史的瞬間についても語る。
——あらためて、この秋に南アフリカ代表とぶつかるとしたら。
「もしそうなるのであれば、フランコ・モスタートと対戦できるのが楽しみです」
——モスタート選手はヒートに在籍しています。
「(昨季まで)4年間、ラインアウトリーダーをやってもらっていました。プランニングを繰り返した仲です。いい人間です。一生懸命で」
——伊藤さんは、10年前にブライトンで勝った当事者のひとりです。
「僕にとっては、そこに至るまでの4年間が糧になっています。2012年からの積み上げがあったから勝てた。
(当時のメンバーが方針を)信じていました。それが、大きかったです。当時もいまと同じように(週末のゲームに向けて)月、火、水と3日連続で練習するスタイルでした(多くのチームは水曜日を休暇に充てる)。
さらに『3~4部練』でハードにやっていました。2013年6月にウェールズに勝ったことで『このトレーニングを続けていけば世界と戦える』と進んでいけた部分もある。
その意味では、今回のウェールズ代表戦勝利もそれと似たような意味合いがあると感じました。
いまの選手たちもハードワークしている。積み重ねを信じて、続けてほしい。それをコーチとして、支えたいです」