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2026-27シーズンからホストエリアとなる北関東の餃子の街で、今季2連勝中。勝ち続けるほど、次シーズンを待つ地元ファンのわくわく感は大きく膨らむだろう。
3月14日、来季から宇都宮を活動拠点とする三重ホンダヒートが同地で横浜キヤノンイーグルスと戦う。ホンダヒート・グリーンスタジアムで3連勝といきたい。それは、チームにとって今季4勝目となる。
その試合で北原璃久(りく)が10番のジャージーを着る。先発SOという重要なポジションを任されるのは、これで3試合連続。今季からチームに加わった26歳は、170センチ、78キロと小柄も、キック力と積極的な仕掛けでチームにモメンタムを与える。
前節の埼玉パナソニックワイルドナイツ戦は19-66と大敗した。前半からトライを重ねられ、主導権を握られた。リーグトップレベルの相手に先制パンチで対抗したかったが逆にやられた。学びが多かっただろう。
しかしその試合の後半36分、中盤で抜け出したFBレメキ ロマノ ラヴァを反応良くサポートし、自らトライを挙げた動きには持ち味が出ていた。
強みを出す機会も増えたことで、プレータイムを増やせている。

チームを勝利に導くパフォーマンスを見せたのは、2月22日の静岡ブルーレヴズ戦だった。
鈴鹿のホストスタジアムでの一戦で北原は、先制トライを挙げ、3つのコンバージョンキックも決めた。勝利に大きく貢献。プレーヤー・オブ・ザ・マッチに選ばれる好パフォーマンスを見せた。
自ら挙げたトライは、キックオフから2分強が経った時だった。自陣深いエリアに攻め込まれ、21フェーズを重ねられるもチーム全員で守り、ボールを奪い返して攻撃に転じた。
外につなぎ、WTBテビタ・リーがビッグゲインした内側をサポート。ラストパスを受けて走り切った。
80分プレーした後、「勝てて良かった。でも、内容に関しては自分たちのミスで苦しんだところもあった」と振り返った北原は、「ミスが起こるのは仕方ない。そこから修正し、最後に勝ち切れたことがきょうの収穫だったと思います」と続けた。
ヒートでのデビュー戦となった、第5節の東京サントリーサンゴリアス戦(1月17日)で出た課題を意識してプレーした結果だった。
15-30と敗れたその試合は自分らしさが出せなかった。「自分のプレースタイルとはちょっと違い、抑え気味になってしまった」と、積極的に動けなかったことを悔やむ。
だから今回は、「自分に自信を持てる準備をして試合に臨んだ」。
レヴズ戦では、モメンタムを生むために相手の弱点を攻めようと話した。前半を5-21とリードされるも、「ハーフタイム、どう戦うのかをあらためて話し、攻めるべきところを確認し、攻め切りました」
ゲームをコントロールする側の立場として、いい状況を作ることができて良かった。そう言って表情を崩した。

前シーズンまでは、トップイーストリーグ(Aグループ)のAZ-COM丸和MOMOTARO’Sでプレーしていた。リーグワンのディビジョン1チームでのプレー希望を長く持っていたから、ヒートで夢が叶い、気持ちに張りがある。
しかしそれも、歩んできた道を無駄にしなかったからだ。
リーグワン2022と、2022-23シーズンの2季は、日野レッドドルフィンズに所属。その後、ニュージーランドのクラブでプレーした後に日本に戻った。AZ-COM丸和MOMOTARO’Sで受けた指導も自分を成長させたと感謝する。
近鉄ライナーズでプレーしていた重光泰昌コーチ、レッドドルフィンズで共に動いていた先輩でもある染山茂範コーチは、トップイーストの少ない試合数の中で、どうやったら成長できるか親身になって考えてくれた。
その教えと、積み上げ中の経験により、自分のスタイルを確立しつつある。
1999年生まれ。4歳の時にさやまラグビースクールで楕円球を追い始めた。國學院久我山高校では3年時に主将を務めた。
高校卒業後は、幼い頃からの夢を叶えるためにニュージーランドへ向かう。スーパーラグビーでプレーしたかった。
語学や基礎学力を得る期間を経てオタゴ大学に入学。ダニーデンのサザンクラブで試合経験を積んだ。英語でのコミュニケーションが足りずになかなか10番のジャージーを着ることはできなかったが、やがて信頼を得られるようになり、希望のポジションに就けるようになった。
しかし、オタゴ州代表には届かず、セブンズ代表止まり。ハイランダーズには、距離があった。
現地での4シーズンを終えたところで日本からのオファーが届いたから帰国を決めた。そしていま、同い年の仲間たちから見たら遠回りと思うかもしれないが、各国代表選手たちと同じピッチに立って戦う。
コミュニケーションを密にとれる。充実の日々を送っている。

もともと右利き。左足のキックは、小学生の頃から憧れていたダン・カーター(元オールブラックス/112キャップ)のフォームを真似ていたら、自然と左足で蹴ることができるようになったと笑う。
飄々としているように見えて熱がある。そうでないと、小さな体で大男たちとは戦えない。
高校3年時(2016年度)は花園出場がならなかった。東京都の予選(第2地区)決勝で明大中野と19-19の引き分け。抽選の結果、大舞台への切符を手にすることができなかった。
あの日、抽選で当たりクジを引けなかったことに責任を感じて涙した北原主将は、「チームメートや試合に出られなかったメンバー、監督やスタッフの方々、応援してくれた人たちに本当に申し訳ない」と涙をこぼしていた。
あの姿を見ていた人、あの時の少年かと思った人は、いま躍動する姿に合点がいくのかもしれない。
強く思えば届く。