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稲垣啓太がマットを片付けていた。
2月24日、所属する埼玉パナソニックワイルドナイツの全体練習後のことだ。
複数の後輩選手と居残りでタックルセッションを済ませると、ランナー役が倒れ込むための緩衝材を皆で保管場所に持ち運んだ。
2013年入部、ラグビー日本代表53キャップを誇る35歳の日常だ。
「当たり前のことじゃないですか。逆に、その当たり前のことが大事です」
室内練習場でも然り。
「ジムを使った。自分で片付ける。逆に片付いていなかったら、誰が使っていても片付ける。自分ひとりでやっているわけじゃないんだから。ただ、誰かに強要するわけではないです。習慣です」
グラウンドを引き上げ、クラブハウスの入り口付近で椅子に腰を掛けて話した。
ワールドカップで共闘した盟友、今後の国際舞台への思いと、トピックスは多岐にわたった。
最初に応じたのは、直近のゲームについての問いだ。
2月21日、神戸総合運動公園ユニバー記念競技場でコベルコ神戸スティーラーズに24-40で敗れた。戦前まで唯一全勝を保っていた今季のリーグワン、ディビジョン1にあって初黒星を喫した。
左プロップとして途中出場した身長186センチ、体重116キロの理論派はどう振り返るか。

「もう、完敗ですよ。完敗です。神戸は敵陣22メートルエリアに7回ほど入ってそれをほぼスコアに結び付けているんです(6トライ)。我々は同じくらい入って4回。データを見てチクチク言いたくはないですが、レベルが上がったなかでこういう試合展開では、勝つことは無理ですよね。
意外と、ペナルティの数は少ないんです(相手よりも2つ少ない6)。ただ、どれだけボールを失ったか。20回以上です。約半分はブレイクダウンで、それ以外はハンドリングエラーです」
——前半29分、中盤でノックオンをした次の局面でスコアされました。後半2分の失トライは、ハイボールの獲得合戦に競り勝ちながらもこぼれ球を与え、そのまま走られた形です。
「例えば、ハイボールコンテスト。(ワイルドナイツでは)後ろにタップするという選択肢はそもそもない。ちゃんとキャッチしに行く。そして必ず(別な選手が)間隔をあけて、コントロールされたラインを作っているはずです。ただ、そこ(ルーズボール)を完全に取られている。
また、コミュニケーションミスで繋がなくていいものを無理に繋ごうとして(攻撃を終えることもあった)。全部、自分たちのミスです。神戸はしっかりとゲームプランを遂行し、うちは遂行できなかった。結果、負けた」
——4季ぶりの優勝へ基礎を見直し、初戦では2連覇中の東芝ブレイブルーパス東京に46-0で勝っています。一度できたことでも、時間が経てばできなくなってしまうことがある。
「そんなに甘くないです。開幕戦も結果だけはよかったですが、ギリギリのプレーはありました。『なんとかなるだろう』というプレーを継続させていくと、綻びが出た時にこうやって自分たち(の原点)に戻って来られなくなる。それがいまのこのチームの問題です。
負けて気づくことがある、というのが大嫌い。負けて学ぶことなんてない。
結局、自分たちで招いた敗北なのでね、ここから自分たちが現状を受け入れ、理解して、その上で必要なことをやらないといけない。
皆、(普段から)そうやっているのですけどね。ただ、練習がよくても試合でよくなかったから、それって結局よくないことだと僕は思うんです。試合のための練習なので…と、いう話を、このあいだの神戸戦が終わったあとに義父と話をしていて…」

妻・貴子さんの父でプロ野球名球会会員の新井宏昌さんが、スティーラーズのゲームを観戦していたようだ。
「練習の結果がいいと、試合で少し欲をかいてそれ以上のことをやろうとする…という話を聞いて、まさに(スティーラーズ戦に)すげぇ当てはまっていてグサーっと刺さりました。なぜあんなに必要のないプレーをチョイスしたのだろう、なぜあんなに何とかしてやろうと思って無理にパスに繋ごうとしたのだろうと、思い当たるシーンが多々ありました。自分が関与してないと言えばそうですが、そういう問題じゃないんです。それをやらせてしまった全員に責任がある。
このレベルになったら、皆、ボールを持ったらある程度はいろんなことができるし、様々なスキルを持っているんですよ。でも、自分の仕事をして初めて次の仕事に移る権利が生まれる。
堀江さんを例にしたらわかりやすい。自分の役割を果たしているからこそ、自由なオプションを選べる」
——一昨季まで現役選手だった元日本代表の堀江翔太フォワードコーチは、頑丈な身体と深い戦術眼によって、然るべきポジショニングにつくことと身体を張ることを徹底。その流れで多彩なラン、パス、キックを披露していました。
「自分のプレーが完全にできたうえで、自由を行使していた。それに責任が伴うのも本人がわかっていたし、周りも納得している。
いまから紙を渡すので、何か自由に書いてください。
そう言うと、書けない人が多かったりする。
でも、ひとつ何か制約を設ける(色やテーマなどを定める)と書けるようになる。それがルール。ラグビーであれば自分たちのチームのルールやディシプリン。それがあるから、プレーできる」
チームは2月28日に熊谷ラグビー場で、三重ホンダヒートとの第10節を66-19で制した。全18節のレギュラーシーズンが折り返し地点を過ぎたなか、稲垣が「寂しいです」と語るのは盟友の引退だ。
東京サントリーサンゴリアスにいるスクラムハーフの流大、インサイドセンターの中村亮土が、今年度いっぱいでスパイクを脱ぐ。
2人とは2019年、2023年のワールドカップなどでジャパンのチームメイトだった稲垣が、談話を残す。
「辞めるも、続けるも、本人の選択だし、そこに特段、僕が何かを言うのはお門違いです。ただ、あの2人だけはやはり特別です。常に代表チームにおいて(必要だった)。特に19年なんて、亮土で勝ったようなものですから。あいつが日本で一番、身体を張った。あいつと、ジミー(ロックのジェームス・ムーア、昨年引退)と」

——中村選手とムーア選手は、いわゆる「痛いところ」でタックルを重ねていました。
「ああいうところに、性格、出ますよね。ああいうこと(果敢なタックルなど)ができると人からの信頼も集まるし、尊敬される」
この言葉は中村本人も伝え聞いた。発言者が誰なのかは伏せられていたため「誰だろう」と推測しながら、日本大会における感慨をこう言葉にした。
「ラグビーの底力を知ったというか、ラグビーってこんなに魅力のあるスポーツなんだと肌で感じた大会でした。だからこそ、(現在も)もっといろんな人に知ってほしいし、ラグビーのカルチャーが大事にしていることが世の中に浸透していけばと思っています」
かたや流へは、「いつもチームをまとめてくれた」と稲垣。選手がジェイミー・ジョセフ前ヘッドコーチらと対話するにあたり、流の貢献度が高かったと訴える。
「プレーはもちろん、コーチと選手との間に入るのがすごくうまいんです。彼がいたことで、チーム内のコミュニケーションがすごくスムーズになった。円滑に物事を進められるいいパイプ役だった。
彼のサンゴリアスの記事を読むと『自分の影響力が強い』(と話していた)。間違いないです。影響力は強いんです。
戦えるんですよ、スタッフと。それには戦い方というものがある。ただ『これをやってくれよ!』と言うだけではなく、自分たちの筋を通す。『お互いにいい方向に持っていきたい。あなたたちの言っていることもわかる。だけど僕たちは、これをしたらもっとよくなるんじゃないかと思っている。もっと案はないか』と。
自分より下の人間が先に辞めていくのには、年齢を感じますね。アサ(チームメイトで36歳のヴァル アサエリ愛)と話していました。『皆、辞めていくなぁ』って」
年下の実力者がリタイアを決断するなか、自身はいつまでもトップランナーであろうとする。
2月2日、今年の日本代表候補に加わったと発表された。
約9年ぶりにエディー・ジョーンズヘッドコーチが復帰した2024年以降は初のリスト入り。近年、コンディション調整を繰り返し、代表戦から離れていたためだ。
「(候補に)選んでいただきましたしね。2月の発表の意味は『見ているぞ』ということなのでしょうけど、選ばれれば、行くべき。代表の自然な流れ。
自分の身体というものは、思った以上に傷ついている。これまで(公の場で)怪我したことねぇ、疲れたことねぇとか言ってきましたけど、ここ数年、いかに身体を酷使してきたかを実感しています。そのうえで、この身体が持つのであれば、もう1回、あの(日本代表の)ジャージーを着てぇなぁと思います。
自分のパフォーマンスが及ばずに(ジャージーを)着られないのであれば、それは仕方ないことです。その時は、他の誰かが代表選手として結果を出してくれれば。日本代表を大事に思っている人間としては、代表が結果を出すことが一番です。
ただ、自分も携わりたい気持ちは本当に強くありますので、身体のケアには時間と、お金を使っています。お金はそういう風に使わないと」

——チーム活動がない時のセルフケアに多大なコストがかかっていると知れば、プレーを見るのにも身が引き締まります。
「ラグビーなんて、ぶつかって、倒れて起きているだけです。皆、複雑に考えすぎなんですよ。他に何か条件を付けるとしたら、100パーセントでできる身体の状態であること。そのために気をつかうことは増えますが、あとは自分のトレーニング次第。…この間、ヤンブーさんともこの話をしましたよ」
——日本代表としてともに2015年のワールドカップイングランド大会を戦った、スティーラーズ所属の山下裕史選手ですね。ポジションは右プロップ。
「金言ですよ。レジェンドの。
『どう、身体?』
『いろいろあるけど、毎日やるだけですね。休みもあるし、80分、出るわけじゃないし』
『フォワードは、ごまかしきかないからやるしかないよ』
身体も仕上がっています。バイク、漕ぎすぎていて」
——40歳の社員選手で、早朝にクラブハウスでエアロバイクをまたぐと知られています。
「あまり関係ないのかもしれないですね、社員とか、プロとか。何をもってプロとするか。退路を断つのがプロ。1試合で評価が変わるのがプロ」
ワイルドナイツは3月14日、東京・秩父宮ラグビー場で第11節に臨む。1敗同士のクボタスピアーズ船橋・東京ベイとぶつかる。