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【南アフリカコラム/価値を高めるアンドレ・ザ・ジャイアント】FWとBK、二刀流の時代。
2025年11月25日のウェールズとのテストマッチ(73-0)でトライを挙げるアンドレ・エスターハイゼン。この試合には12番で先発した。(Getty Images)

【南アフリカコラム/価値を高めるアンドレ・ザ・ジャイアント】FWとBK、二刀流の時代。

杉谷健一郎

◆好調シャークスを支える男。


 ユナイテッド・ラグビー・チャンピオンシップ(以下、URC)を主戦場としている南アフリカの4つのフランチャイズの中では、シャークスが調子を上げてきた。

 URC開幕すぐのヨーロッパ遠征ではシヤ・コリシやオックス・ンチェなどのスプリングボックス級主力選手が帯同できずに、なかなか勝ち星を挙げることができなかった。しかし、メンバーが揃いだした直近6試合ではライオンズに22-23で惜敗した以外は5勝しており、URCの総合順位では9位に浮上した。

URC総合順位(2月2日付)。URCのWebサイトより


 そして、南アフリカ・カンファレンスにおいては、ついに首位に立つ。特に第10節、そして11節の『コースタル・ダービー』と呼ばれる難敵ストーマーズに2連勝したのが大きい。ちなみにストーマーズは今シーズンのURCでは第10節でシャークスに黒星がつくまで8連勝していた。

南アフリカ・カンファレンスの順位(2月2日付)。URCのWebサイトより


 この好調、シャークスの原動力の一つになっているのが、『アンドレ・ザ・ジャイアント』、こと、CTBアンドレ・エスターハイゼンの活躍だ。前述のストーマーズ2連戦もそれぞれの試合でトライを決め、第11節ではプレイヤー・オブ・ザ・マッチに選ばれた。

 エスターハイゼンはヨハネスブルグの南西約120キロに位置するポチェフストルームの出身。ノース・ウェスタン州の主要都市である同地は、日本での知名度は低いものの、南アフリカ屈指のスポーツ施設を有し、ラグビーのみならずクリケットやサッカーのキャンプ地としても人気が高い。その充実した環境から、ポチェフストルームは南アフリカ国内で「スポーツの聖地」とも称される。

 ラグビーに関しては、これも日本ではあまり知られていないが、世界最古のラグビー国内大会であるカリーカップのファースト・ディビジョン(※リーグワンに例えるとディビジョン2に相当)を主戦場とするレパーズがポチェフストルームを本拠地としている。

 レパーズは、2007年に南アフリカで黒人が初めてオーナーとなったフランチャイズとして知られている。アパルトヘイト体制下において、ラグビーが長らく白人支配層の象徴として機能してきた歴史を踏まえれば、この出来事は画期的だった。

 2009年にはカリーカップのプレミアディビジョン(※同ディビジョン1に相当)への昇格を果たしている。地方の小規模クラブが、一度は頂点の舞台に立った瞬間だった。
 しかし、その挑戦は長くは続かなかった。2011年に再びファースト・ディビジョンへと降格して以降、レパーズは厳しい現実の中でその座に甘んじることになる。エスターハイゼンもまた、そうした浮き沈みの只中にあるレパーズのユースチームからキャリアをスタートさせた。

 2013年、エスターハイゼンは高校卒業後、すぐにシャークスに移籍し、19歳でスーパーラグビーにデビューしている。やはりエスターハイゼンのような将来が嘱望される選手になると、ビッククラブに引き抜かれることになる。そして、2017~2019年まで、シャークスに籍は置きつつ、宗像サニックスブルースでプレーした。

第11節ストーマーズ戦ではマン・オブ・ザ・マッチに選ばれたエスターハイゼン。Hollywoodbets SharksのWebサイトより


 宗像サニックスブルースの休部からすでに一定の時間が経過していることもあり、エスターハイゼンに対して『かなりのベテラン』という印象を抱いてしまうかもしれない。実際には、エスターハイゼンがサニックスブルースへ移籍してきたのは23歳の時であり、現在でもまだ31歳だ。

 その後、2020年から2024年まではイングランドのハーレクインズに移籍し、プレミアシップラグビーに戦いの場を移した。移籍初年度の2020-2021年シーズンにはハーレクインズを9年ぶり2度目の優勝へ導く。

 プレーオフ決勝の相手は当時SOスチュアート・ホッグやLOジョニー・グレイのスコットランド代表コンビが率いたエクスター・チーフス。ハーレクインズはレギュラーシーズンではエクスター・チーフスに2連敗している。
 シーソーゲームになったこの試合で、エスターハイゼンは、相手のトライチャンスをフランカー並み のジャッカルで救い、トライも一つ決め、40-38という薄氷の勝利に貢献した。

 翌年のシーズンもハーレクインズはレギュラーリーグを3位で終了し、プレーオフ進出を決めた。このシーズンでもエスターハイゼンは通算8トライを記録し、3試合連続でマン・オブ・ザ・マッチを獲得するなど大活躍をした。
 そして、エスターハイゼンはシーズン終了後、プレミアシップラグビーの選手全員の投票で決まるラグビー選手協会(以下、RPA)の年間最優秀選手賞を受賞した。加えて、ハーレクインズの選手が選ぶ年間最優秀選手とファンが選ぶシーズン最優秀選手にも選ばれた。ちなみに翌2021-2022年シーズンのRPA年間最優秀選手賞には当時はレスター・タイガース、そして、現在は浦安D-Rocks でプレーするNO8ジャスパー・ヴィーゼが選出され、2年連続で南アフリカ人選手が続いた。

 2024年には家庭の事情により、ハーレクインズとの契約を1年残し、古巣シャークスに復帰し、今日に至る。

◆スプリングボックスでは苦闘。ダミアン・デアレンデの壁は厚かった。


 クラブレベルでは順調にキャリアを積み上げてきたアンドレ・エスターハイゼンだが、スプリングボックスにおいてはやや遠回りを強いられた印象が否めない。同い年で、U20ではチームメートだったSOハンドレ・ポラードやCTBジェシー・クリエルが、U20からそのままシニア代表へと引き上げられ、2015年ラグビーワールドカップ(以下、RWC)のスコッド入りを果たし、以降も現在に至るまでスプリングボックスの中核を担ってきたのとは対照的である。

 ちなみにこの2014年のU20は豊作の年だった。
 他にも、BKではFBウォーリック・ヘラント、そして、FWにはHOマルコム・マークス、PRトーマス・デュトイ、PRウィルコ・ロウ、FLジャンリュック・デュプレアなど、今でもスプリングボックスで主力として活躍している人材が揃った。同年、ニュージーランドで開催されたIRBジュニア・ワールドチャンピオンシップにおいて、決勝では惜しくもイングランドに20-21で敗れ、準優勝に終わる。しかし、ホスト国であった最大のライバル、ニュージーランドをプールステージ、そしてプレーオフ準決勝で2度撃破した。

 エスターハイゼンが初めてスプリングボックスのジャージに袖を通したのは、同世代の仲間たちより4年遅れた2018年。初キャップは米国ワシントンで行われたウェールズ戦(※20-22で惜敗)で得た。現在第2次政権に入っているラッシー・エラスムスHCが、代表指揮官として第1次政権の最初の一歩を踏み出したのが、この試合だった。つまり、エスターハイゼンはもともとエラスムスHCが引き抜いた人材だったのだ。

 しかしその後、スプリングボックスへの招集は断続的にとどまる。キャップ数が大きく伸びることはなかった。
 最大の理由は、エスターハイゼンの本職であるインサイド・センター(12番)には、ダミアン・デアレンデが長く不動の存在として君臨していることだろう。とりわけスプリングボックスでは、いわゆるボムスコッドと呼ばれるリザーブは、FW重視の編成が基本で、BKの控え枠は通常、ハーフ団の2人に限られる。そのため先発に名を連ねない限り、エスターハイゼンはメンバー外となってしまう。

2025年11月1日の日本代表戦には20番のジャージーを着てプレー(左から2人目)。後半途中からピッチに立ち、トライも挙げた。(撮影/松本かおり)


 その構図はワールドカップの舞台でも変わらなかった。2019年のラグビーワールドカップ(以下、RWC)日本大会ではメンバー選考から漏れ、2023 年のRWCフランス大会ではスコッド入りこそ果たしたものの、位置づけはあくまで『Bチーム』の一員だった。実際に出場したのは、主力温存を目的としたトンガ戦とルーマニア戦という格下相手の試合のみで、その他の試合では起用されることはなかった。

 華々しいキャリアを築いていく同世代の選手たちと比べると、エスターハイゼンの代表キャリアは決して順風満帆とは言えない。それでも彼は、所属クラブの中で常に宛がわれた役割を果たし続け、代表の周縁で粘り強く存在感を保ってきた。

◆スプリングボックスでの二刀流開花。ラグビーの戦術を変えるか?


 エスターハイゼンのキャリアに追い風が吹き始めたのは2024年、ラッシー・エラスムスHCの第2次政権発足以降である。依然としてダミアン・デアレンデという高い壁は立ちはだかっているものの、スプリングボックスの先発12番として起用される機会は徐々に増えていった。

 だが、エスターハイゼンが一気に脚光を浴びる存在へと押し上げられた決定的な転機は2025年シーズン初戦のウォームアップマッチ、バーバリアンズ戦(※スプリングボックスが54-7で大勝)にある。この試合でエスターハイゼンは後半からフランカーとして投入され、BKとFWをまたぐ異例の起用に応えた。この瞬間から、エスターハイゼンは戦術の幅を広げる『ハイブリッド・プレーヤー』としての重責を担う存在となった。

 南アフリカラグビー協会の公式ウェブサイトによれば、エスターハイゼンの体格は193センチ、116キロ。巨漢揃いのスプリングボックスFW陣の中にあっても、フィジカル面で見劣りすることはなく、十分に通用するサイズを備えている。また、過去のインタビューでは、高校時代にバックローを経験していたことも明かしており、FWとしての素地はゼロではなかった。

 このハイブリッド化計画は、シーズン開幕のおよそ5か月前からエラスムスHCとの間で話し合いが始まっていたという。エスターハイゼン自身も「(ハイブリッドという役割は)選手として自分にとっても有益であるし、チームに対しても大きく貢献できる」と判断し、この提案を快諾した。
 ただし、本人の胸中には「もっと以前から挑戦したかった」という思いもあったようだ。エスターハイゼンも自分の強みであるサイズの大きさや当たりの強さを考えると、ハイブリッド化が自分を最大限に活かせる道だという答にたどり着いていたのかもしれない。

 そして、実際にこのハイブリッド・プレーヤーが実際にチームに貢献できる局面が訪れた。2025年11月、欧州ツアーの大一番であるフランス戦と翌週のイタリア戦である。

 フランス戦では前半終了間際、ロックのルード・デヤハーのフランス代表FBトマ・ラモスに対するタックルがヘッドコンタクトと判定されてレッドカードが提示された。

 さらにイタリア戦においても、ほぼ同様の事態が起こる。今度もロック、フランコ・モスタートが、イタリア代表スタンドオフ、パオロ・ガルビシへのタックルが首に入ったということで、レッドカードを受けた(※その後、ワールドラグビーの独立規律委員会により、この判定は「レッドではなくイエローカード相当」と訂正されている)。

 しかし、こうした不測の事態は、エラスムス HCの想定内だった。同HCは、あらゆるポジションで退場者が出た場合の対応策を事前にシミュレーションしていた。

 今回、偶然にも2試合続けてロックの選手が退場となった。エラスムスHCはまず、先発フランカーを下げて控えのロックを投入。ラインアウトの高さを確保し、セットプレーの安定を最優先した。そのうえで、BKの選手を下げ、ハイブリッド・プレーヤーのエスターハイゼンを投入する。この交代パターンこそが、エスターハイゼンの存在価値を最大限に引き出すために用意されていた戦術だった。

 この2試合では、スプリングボックスが14人(※イタリア戦ではイエローカードが出たため一時的に13人)で戦わざるを得ない極めて厳しい状況に置かれた。しかし、エスターハイゼンが FW(フランカー)とBK(センター)を行き来する『二刀流』として機能したことで、数的不利によって生じた穴は見事に埋められた。その結果、形勢不利を跳ね返し、フランス代表には32-17、イタリア代表には32-14と、いずれも内容を伴った勝利を収めている。

 その後の欧州ツアーでエスターハイゼンは、第2の関門だったアイルランド戦で控えのフランカーとして後半から投入され、タフな局面を支える役割を担った。そして最終戦の対ウェールズで、ようやく本来の定位置であるCTBとして先発出場を果たす。結果としてエスターハイゼンは、日本代表戦を含む欧州ツアー5連戦すべてに出場。役割もポジションも異なる中で安定したパフォーマンスを見せ、スプリングボックスの5連勝に大きく貢献した。
 このツアーは、彼が単なるユーティリティではなく、勝利を引き寄せるための戦術的ピースであることを明確に証明するものとなった。

 考えてみればシンプルな対応策である。FWかBKの選手が一人足りない状況ではあるが、アタックにしろ、ディフェンスにしろ、どこに穴が生じるかを予測し、ハイブリッド・プレーヤーがポジションを入れ替えて、その穴を埋めればよい、という発想だ。

エスターハイゼンの力を引き出す南アフリカ代表、エラスムスHC。(撮影/松本かおり)


 エスターハイゼンの場合、その動きは明確である。スクラムではフランカーとして組み、まずはFW8対8の均衡を維持する。スクラムからBKへボールが展開されると、ゴール前でFW全員が参加するモールの局面を除き、速やかにセンターの位置へ戻る。そして、ラインアタック、あるいはラインディフェンスの一員として機能する。

 特にアタックでは、その穴をどこに作るのかは、スプリングボックス側に選択権がある。数的不利でありながら、あらかじめ穴を固定してしまうのではなく、状況に応じてハイブリッド・プレーヤーを動かすことで、攻撃の起点を自在に変えることができる。

 一方で相手ディフェンスは、エスターハイゼンがその時にFWとして機能しているのか、それともBKとして立っているのかを常に確認し続けなければならない。マークの受け渡し、人数配分、タックルエリアの判断など、そのすべてに一瞬の迷いが生じる。この確認を強いられる時間こそが、相手にとっては大きな心理的プレッシャーとなる。

 もちろん、選手一人分の穴を100パーセント埋めることはできない。しかし、その穴から派生するリスクを最小限に抑えることは可能だ。もっとも、誰もがハイブリッド・プレーヤーになれるわけではない。エスターハイゼンのように、FWとしても国際レベルで通用するサイズとパワーを備えつつ、BKとして走り、守り、判断できる、いわば『スーパーマン』の存在が前提となる。

 スプリングボックスでこれだけの成果を挙げた以上、他のチームもこの二刀流、ハイブリッド・プレーヤーの活用に追随してくる可能性は高い。とりわけテストマッチなどのハイレベルでの試合では、レッドカードによる退場が試合の均衡を一気に崩し、そのまま敗戦や致命的な窮地へと直結する場面が少なくない。

 そうした状況下において、FWとBKの役割を柔軟に行き来できる選手の存在は、試合を壊さないための保険として極めて大きな意味を持つ。数的不利に陥った際でも陣形を大きく崩さず、ゲームプランを修正しながら戦い続けられるかどうか。その成否を分ける鍵が、今後はプレーヤーのハイブリッド化に求められていくのかもしれない。

 ハイブリッド・プレーヤーは一過性のトレンドではなく、現代ラグビーが必然的にたどり着いた戦術の一形態として、今後定着していくような予感がする。

◆ハイブリッド化がラグビーの未来を変える?


 エスターハイゼンは、所属するシャークス においては、 二刀流の起用に必ずしも前向きではなかった。理由としては、シャークスには、レジェンド、シヤ・コリシを筆頭に、国籍問題を解消して昨年代表初キャップを獲得したコンゴ民主共和国出身のヴィンセント・トゥシツカ、ケガと契約問題でキャリアが一時中断しながらも代表キャップ7を持つベン・ジェイソン・ディクソン、さらに昨年初キャップを得たフェプシ・ブテレジなど、スプリングボックス級のフランカーが豊富に揃っているからだ。
 確かに純粋な戦力バランスを考えれば、シャークスがエスターハイゼンを無理に二刀流で起用する必要性は低いと言える。

 しかし、その前提が崩れたのが前述の第10節ストーマーズ 戦である。この試合では、先発フランカー2人に加え、途中出場したコリシまでが相次いで負傷する非常事態に陥った。そこでエスターハイゼンは、シャークスでこれまで封印してきたハイブリッドを解禁し、センターからフランカーへとポジションを移すことになる。そして後半72分、フランカーとしてゴール前のモールに加わり、試合を決定づけるダメ押しのトライを奪取した。

 スプリングボックスではハイブリッド・プレーヤーの起用が、事前に練り上げられた戦術プランに基づくものだったのに対し、シャークスでのそれは、偶発的なアクシデントへの即応だった。しかし、結果としてその起用はチームの危機を救い、難しい試合を勝利へと導いたのである。ハイブリッド・プレーヤーがURCという実戦の舞台で確かに機能する手段であると証明されたと言ってよいだろう。

 さてここから先は、本筋とは直接関係のない筆者の個人的な戯言として、読み飛ばしていただいて構わない。エスターハイゼンのプレーを見ていて、ふと、高校時代の奇天烈な空想がよみがえった。

 数十年、あるいは百年という長いスパンで考えたとき、ラグビーがさらに進化していくのであれば、FWとBKというポジションの垣根そのものが、次第になくなっていく可能性もあるのではないだろうか。

 極論だが、15人全員がFWとしてもBKとしても機能できる存在になったとき、ラグビーはこれまで想像されてこなかった新たな戦術領域へ踏み出すことになるのではと想像する。

 ポジションによる役割分担ではなく、局面ごとに役割が流動的に再編成されるチーム。そこでは背番号は関係なく、「その瞬間、何が求められているか」に応じて選手が機能する。もしそんな未来が訪れるのだとすれば、ハイブリッド・プレーヤーは例外的存在ではなく、ラグビーそのものの標準形になっているのかもしれない。
 エスターハイゼンの姿はそんな遠い未来を、ほんの一瞬だけ垣間見せてくれたようにも思える。

 例えば現在のラグビーでは、FWとBKという明確な役割分担があるため、スクラムからボールが出ると、まずBKがポイントを作り、そこへFWが集まるという構図が基本になる。結果として「FWの集散が遅れる」、「BKが孤立する」といった問題が生じる。

宗像サニックスブルースでブレーしている時のエスターハイゼン。2018年10月20日のNTTコミュニケーションズシャイニングアークス戦より。(撮影/松本かおり)


 仮に、このポジションの垣根を取り払ったらどうだろうか。スクラムからボールが出た瞬間、BKはSHまでを含めてFWへとハイブリッド化し、即座にポイントへ向かう。それが最もはやく、かつ合理的な選択だ。
 一方で、スクラムを終えたFWは逆にBKへとハイブリッド化し、それぞれが次の配置につき、次の展開に備えるなど、そんな発想も成り立つ。

 もちろん、現行のラグビーのルールやプレー様式を前提とすれば、これはあまりに非現実なのは十分承知している。ただしラグビーという競技そのものが、ルールや手法、そして常識そのものさえも、時代とともに変化し続けてきたスポーツであることも事実だ。いまからほんの30年前に、WTBがモールに入ったり、プロップがBKのラインに参加したりするようなプレーは、かなりのレアケースだった。数十年後、あるいは百年後、ラグビーがどのような姿になっているのか、誰も分からない。

 こんな突拍子もない発想の原点は、実は高校時代にある。
 FWの面々が汗と土にまみれ、鼻血を流しながらモールの反復練習に打ち込んでいるそのすぐ横で、BKの選手たちはというと、涼しい顔(?)で向かい合ってキック練習に勤しんでいる。FWだった筆者はあまりの練習のきつさに意識が遠のきかけながら、「……本当にこれ、同じスポーツなのか?」と半ば本気で疑問を抱いていた。
 同じラグビーをやっているはずなのに、なぜここまで練習強度に差があるのか。その理不尽とも思えた格差が、当時の筆者の頭の中を完全に支配していた。

 そして、その不公平感をどうにか是正できないものか。そんなBKに対する情けない妬みから生まれた空想が、いつの間にかハイブリッド・プレーヤーという発想へと姿を変えていった。この妬みの根底にはBKをやりたかったという羨望があるのだが…。

 少し大げさだが、ハイブリット・プレーヤー、エスターハイゼンという存在は、荒唐無稽な空想ではなく、未来のラグビーを考えるための思考の入口として、多くの示唆を与えてくれているように思える。
 また僭越ながら、筆者にとっては、少々偏った持論を正当化してくれる尊い存在でもある。


【プロフィール】
杉谷健一郎/すぎや・けんいちろう
1967年、大阪府生まれ。コンサルタントとして世界50か国以上でプロジェクト・マネジメントに従事する。高校より本格的にラグビーを始め、大学、社会人リーグまで続けた。オーストラリアとイングランドのクラブチームでの競技経験もあり、海外ラグビーには深い知見がある。英国インペリアルカレッジロンドン大学院経営学修士(MBA)修了。英国ロンドン大学院アジア・アフリカ研究所開発学修士課程修了



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