Keyword
枕。まくら。古い広辞苑を引くと⑥に「前置の言葉」とあり、そのまま「落語家などが初めにつけて話す短い話」と続く。
先日。出張の新幹線のぞみ13号車で古今亭志ん生のまくらを聴いた。存命なら135歳と、いま電卓で計算、間違っているかもしれないと心配になり、いつもは、もういっぺん確かめたり理科系の友人に委ねるのだが、今回はよしておく。
だって、志ん生なら、こう言うに違いない。「いくつだってかまやしないよ。どのみち年寄りなんだから」。ということで、携帯式オーディオ再生機の「雪とん」の冒頭をまた楽しむ。ほとんど旅のルーティンだ。好きなのは次のところ。
「雪というものもいいもんですな。どこでも一体に白くしてくれるんですからな。あそこんちの屋根はおら降らねぇなんてのはねぇんですから」
翌2月8日の日曜。リーグワンの3試合が降雪の影響で中止となった。雪というものはラグビー場だけをよけちゃくれなかった。
いつだったかオックスフォード大学とケンブリッジ大学の「雪のヴァーシティーマッチ」の古い写真を目にして、きれいだなあ、と感じた。今回、資料にあたったら、1981年12月8日のロンドンのトゥイッケナム競技場における100回目の対戦だった。双方ノートライ。9-6でライトブルーのケンブリッジがダークブルーのオックスフォードに競り勝っている。

その6年後、1987年の12月6日。東京の国立競技場はあちこちが白のままだった。
荘厳をかもす大舞台で早稲田大学と明治大学が激突。よく知られる「雪の早明戦」である。
2024年の好著、『伝説「雪の早明戦」』(双葉社)のページをあらためて繰ってみた。産経新聞の橋本謙太郎記者の丹念な取材が当日の模様を教えてくれる。
「あらかた食べ終わったかき氷のような、シャーベット状の水たまりがピッチ上に点在する」
前夜に降り始めた。「戦後初、12月都心の積雪」。キックオフを可能にしたのは無名のラグビー仲間の尽力だった。日本体育大学の部員や関東協会の役員たちが除雪や観客席階段の凍結対策を担った。
「グラウンド中央付近から雪だるまを作るようにして雪を端に運んだ」(同)
日体大2年のロック、敬称略で横田典之もそこにいた。2シーズン後には主将。卒業後は埼玉県教員となり、深谷高校などを率いて、高校日本代表の指導にもあたる。サッカーで鳴らす中学生の山沢拓也(現・ワイルドナイツ)に手紙をしたためて楕円球の世界へ招き、列島のラグビーをふくよかにさせた。
横田青年は、他校の決戦のために白い塊をせっせと転がしながら何を思ったか。前掲書にこうある。
「いずれは自分も国立で試合をしたい」
雪かきを終えると、協会のはからいで風呂に入れてもらえた。現在は熊谷高校監督。57歳で迎えた昨秋の花園県予選、進学では全国級の公立校をファイナルへ導いた。
あの朝、早稲田大学の木本建治監督は、自宅で起床後、背番号1の永田隆憲主将からの電話に即答している。
「明治のFWも足が滑るから押せない。この雪は神風や」(同)。
当時のデータではFW8人の平均体重がWは85.4㎏でMが92㎏。ゆるむ足元はウエイトの差を埋めてくれる。事実がどうか、本音であるか否かの問題ではない。ただただ優れたコーチの言葉だ。展開を身上とするチームの選手には気がかりな悪天候について、ただちに前向きな視点を示す。この「ただちに」が不安をとかすのだ。
10-7。赤黒が3点リードの最終盤に紫紺の猛攻はやまない。Pを得て同点をよしとせずトライを狙った。衝突。スクラムの湯気。悲鳴。タックル。また悲鳴。そのまま真下昇主審の笛は響いた。
スタジアムの一隅、明治大学1年の一般学生は純情と闘魂が肩を組む勝負を見てしまった。以来、前へ前への母校の攻守を人生の伴侶とする。企業経営で前に出てみたら成功を収めた。数年前、本コラム筆者に述べた。
「雪の国立でラグビーと恋に落ちました」
いま、地方の高校のクラブへの見返りを求めぬサポートを継続している。

以上の昔話はまさに昔話だ。すなわち「どんな天候でもラグビーは行われる」という文化はまだ色濃かった。あのころは選手もお客さんもスポーツ記者も「雨でも雪でも雷でも試合の決行もしくは中止はレフェリーだけが決める」と信じていた。
近年は、なによりプレーヤーの安全や健康が優先される。されなくてはならない。ただ思う。先日のリーグワン、たとえば秩父宮ラグビー場が純白に覆われ、仮に観客はまばらだろうと、東京サントリーサンゴリアスや三菱重工相模原ダイナボアーズの面々は、許されるのであれば、互いにぶつかりたかったのではあるまいか。
1981年のオックスフォードとケンブリッジ、1987年の早稲田と明治の若者が、たぶん、おそらく、きっと、十中八九、「我々は無人の荒野でも同じように戦った」とさりげなく言うみたいに。
最後は余談も余談。前述の落語家、古今亭志ん生が、いまの若いもんにいいたいことは? と、聞かれて。
「不平いうことをなしにすることですね。人がオレのことをこういうふうにしたんじゃないか、そういうこと考えないことですね」「一番必要なのは、たえまない努力で、そして欲を捨てること」(『志ん生芸談』)
不平いう。くだけた調子にかえって本心は透ける。自由奔放のように生きた伝説の名人(関東大震災のとき、東京中の酒が地面に吸い込まれちまう、と酒屋へ駆けつけて樽に飛びついた)が修業の態度について明かしている。
そのうえで「めんどくさかったら寄りつかない」という信条も語る。人間らしさを踏みつけられるなら逃げちゃえ。そこまでではないなら不満を安易に外へ向けるな。これ、2026年の高校や高専や大学のラグビー部員にも通じる心得ではないか。