Keyword
待ちわびた瞬間も、感慨に浸ったのは一瞬だった。
埼玉パナソニックワイルドナイツのSH本堂杏虎(あとら/27歳)は昨年12月28日、リーグワンの三菱重工相模原ダイナボアーズ戦で初キャップを獲得した。
試合前の控室、ユニフォームに袖を通した。2021年に加入してから、試合出場の機会に恵まれなかった。「やっとこのステージに立てたんだ」。チームを代表してプレーする誇りが込み上げてきた。
いざプレーする時、どんな気持ちになるのだろう。試合前には、昔のことを思い出すのかと考えていた。
だが、出番が近づくと頭の中が研ぎ澄まされていった。チームにいかに貢献できるか。自分は何をすべきなのか。過去を振り返る時間はなかった。
試合は後半22分から出場した。37分には自陣22メートル内のラックに頭から突っ込み、スティールに成功。ピンチ脱出に貢献した。

埼玉県所沢市出身。ラグビー一家に生まれ、自らも2歳の時から楕円球に触れた。
プロップでプレーしていた父は、体重が100キロを優に超えていた。「俺よりでかいやつはそうそういないから、俺にタックルしておけば大丈夫」。雨でラグビースクールの練習がなくなった時は公園に行き、泥まみれになりながらタックル練習をした。
「ちっちゃいやつがでかいやつを倒すと沸くじゃないですか。それに魅力を感じて」
タックルが好きになったのは必然だった。
國學院栃木高、日本体育大を経て、ワイルドナイツに加入した。
しかし、強豪の壁は高かった。
何より悩んだのは覚えることの多さだった。エリアや状況ごとに複数のオプションが決まっている。「頭より体が動く」タイプのSHだっただけに、組織化された攻守の中でプレーすることの難しさを感じた。
「サインの多さに惑わされてミスが続いて。それで頭がパンクしてしまった」
1、2年目は特に苦しかった。幼いときからラグビーは好きだったが、この頃は初めて練習グラウンドに行くのが憂鬱に感じた。夜、なかなか寝付けない時もあった。
そんな時に支えになったのが、姉の杏実さん(あんみ/29歳)だった。

生まれつき左手の先がない中でラグビーを続け、日体大在学中に誘いを受けて競技スキーを始めた。
2018年には平昌パラリンピック、22年には北京冬季パラリンピックに出場。今年3月に開幕するミラノ・コルティナ冬季パラリンピックにも出場予定だ。
競技は違っても、同じアスリート。互いのミスをカバーし合えるラグビーと異なり、スキーは自分のミスが結果に直結してしまう。そんな厳しい環境にいる杏実さんに、寝られない時があるんだとこぼしたことがあった。
「普通に私もある」
「そういう時はなるようになるんだよ」
姉から、そんな言葉がかえってきた。
姉も悩みと向き合っているんだ。知ると、自分もがんばろうと刺激になった。
ワイルドナイツに加入して3年が過ぎると、徐々にサインが身についてきた実感をつかんだ。隙間時間や寝る前といったちょっとした合間を見つけると、「こういった場面はどういうオプションがあるんだっけ」と頭の中で考え続けたことが実り始めていた。
足場が固まると、その先を見据えられる。他のSHと比べた時、自分の特色は何か。考えて至ったのは、ディフェンスでの貢献だった。
「小さいときから低くタックルする、絶対に膝下にいくと教えられてきた。そのことは今も軸になっている」
いま、ワイルドナイツでSHとして出場するハードルは高い。
日本代表7キャップの小山大輝に加え、今季出場時間を伸ばしつつある萩原周、李錦寿もいる。

それでも、本堂にはタックル、ディフェンスという特色がある。
「自分の強みは他のSHに絶対負けていない。俺にはこれがあるから大丈夫、というのがメンタルを保てることにつながっている」
だからこそ、プレー時間が限られたとしても意識を高く保てている。
リーグワンの名鑑を見れば、前季出場時間の項目に「出場なし」と書かれている選手が各チームに複数いる。それぞれの選手はそれぞれの歩みで、「いつか」に備えている。
【プロフィール】
藤野隆晃/ふじの・たかあき
朝日新聞スポーツ部記者。1994年4月2日生まれ、埼玉県出身。中学ではサッカー部に所属し、進学した県立川越高校でラグビーを始める。ポジションはウィング。一橋大学卒業後、朝日新聞社に入社し、山口、和歌山、東京で勤務。ラグビー以外にはサッカーやパラスポーツも担当している。今も時々、タッチフットで汗を流す。