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高校時代の同期で、いまも第一線でプレーしているのは自分も含めて3人だけだ。
31歳になった。
18歳の頃の加藤一希は、自分が30歳を過ぎてもラグビーを続けているなんて思っていなかった。
リーグワン2024-25のファイナリスト、クボタスピアーズ船橋・東京ベイに加入して4シーズン目。加藤は今季の開幕戦で1番のジャージーを着た(コベルコ神戸スティーラーズに33-28で勝利)。そして2戦目(対リコーブラックラムズ東京/12月20日)も左のプロップで先発する。
愛知・春日丘高校(現・中部大春日丘)から中部大、宗像サニックスブルースを経てスピアーズに加わり4シーズン目。高校ラグビー部の同期に姫野和樹(トヨタヴェルブリッツ)がいた。
冒頭に書いたように、いまも同い年のチームメートの中でトップレベルでプレーしているのは、誰もが知るその元日本代表主将と、日野レッドドルフィンズの園木邦弥(FL・CTB/帝京大卒)と自分だけ。
「まさか(自分が)、ですよ」と加藤は笑う。
「姫野も園木も県の選抜チームに入っていたし、帝京だし」
加藤は高校時代、3軍だった。
そんな自分がいま、オレンジ軍団の一員としてスターターの座を任されている。

宗像サニックスブルースからスピアーズに移ることが決まるまでの間に、引退はすぐ近くにあるように感じたこともある。知人に連絡し、うまくことが進まなかった時の相談もした。
あれから3年と数か月。人生は分からない。
今季好スタートを切った加藤は、「プロップとして開幕から先発で出られたのは(キャリアの中で)初めてなので、すごく嬉しかった」と相好を崩す。好調の原因の一つに、プレシーズンの充実を挙げる。
前年はニュージーランドのウェリントン・ライオンズへの期限付き移籍もあり、日本で十分な準備期間を過ごせなかった。
しかし今季の前は自分を見つめ直し、鍛える時間がたくさんあった。
「その中で、特にスクラムに力を入れました。(新任の)山村(亮)コーチにいろいろ教えてもらった。細かいところまで突き詰めようと口酸っぱく言われ、成長できたと思います」
姿勢のチェック。首のトレーニング。「自分では気づけていなかったところをプラスアルファで学べました」と話す。
「神様が与えてくれる24時間は全員平等なので、その24時間をどう使うか。その点について(以前もいまも)すごく試行錯誤しています」と言う。
プレシーズンに何をするのか。シーズンインしたいまは。その時々にやるべきことを考え、行動に移す。
「例えばシーズンが始まったいまなら、オフの日にはしっかり休み、コンディションを万全にすることが大事です」
プレシーズンは、「もっと体を大きくするため、効率のいいトレーニングを常に考え続けていました」。
その成果が、開幕から2戦続けての先発起用に反映された。
練習を終えてクラブハウスに引き上げる時間はいつも遅い。
ブラックラムズ戦を2日後に控えた日も、全体練習を終えた後、ユニットで過ごす時間を経て、今野達朗コーチ相手に、低く刺さるタックルを繰り返してからトレーニングを終えた。
安定してきたスクラムとともに、元ロックとしては、コリジョンの強さも自分の武器にしたい。タックルも。ディフェンスコーチのスコット・マクラウドからの期待も感じている。
「僕のところ(周囲)では絶対にゲインを越えさせない、というプライドを持って戦っていきたいです」
この先もプレータイムを得続けるために追求を続ける。
スピアーズに移籍してからの過去3季(2022-23シーズンから)、出場試合数は6、1、3にとどまった。そのうち先発は1試合だけだった。

5季に渡って所属していた宗像サニックスブルースが休部となったのはリーグワン2022終了時。移籍先は簡単には見つからなかった。
不安な日々を過ごす中、やがて縁ができたのがスピアーズだった。ラグビーを続けられる環境と出会えて胸をなでおろした。
ただ、トップチームの一員となれて満足したわけでも、安心したわけでもなかった。いつだってピッチに飛び出したくて悶々としていた。
努力を忘れたことはない。
「僕は学生時代から慣れっこなんですよ。期待されない、使われないのが当たり前の学生生活でした」
諦めの境地を言葉にしているのではない。現在の自分がある、その出発点を忘れない。
高校時代は「なんでだよ」、「なんで使ってくれないんだ」、「もういいや」と、1軍の試合を眺めるばかりの境遇に不平不満を感じる自分がいた。
でも、「プロである以上、二度とそうならない」と言う。
当時の自分を回想して話す。
「出られないことに不満を感じていても、自分を見つめれば、『そんなこと言ったって、俺、いい選手じゃないしな』と分かっていたんですよ。姫野みたいにセンスがあるわけじゃないし、サイズもない。自分が足りていないだけなんです。だから、ちゃんとやんなきゃな、と」
心の根っこがそうだから、これまで何度も壁にぶつかりながらも、それを乗り越えられた。
「いまはスタートで使っていただいていますけど」と言って、激しいポジション争いがあることを伝える。
競争は続く。それに勝てばピッチで戦う。そうでない時はチームを支える。
「選手一人ひとりに役割があると思っています。ノンメンバーだったらどうスタメンにプレッシャーをかけるか。試合に出られなくても、ほかにも役割はいろいろある」
試合に出られなくても前進し続けていれば、きっとチャンスは来る。その時、それを掴み取る。
ブラックラムズ戦ではスクラムの師匠の一人、パディー・ライアンと組み合う。
宗像サニックスブルース時代、ロックからプロップへの転向を薦められた時、最初に相談したのが杉浦敬宏コーチとパディー。プロップ転向を決意して以来、元オーストラリア代表の6歳上の先輩には、いろいろとアドバイスをもらってきた。
「ずっと一緒に練習してくれたんですよ。休みの日もそうですし、オフシーズンも一緒にマンツーマンでやってくれた。スピアーズに来てからも連絡を取って、ご飯にも行ったりしています」
そんな人と1番と3番で組み合う時が来た。
「私情は忘れます。余計なことを考えると、大事なことを忘れそうで。自分の強みをしっかり出す。一つひとつの動作をきっちりやって、与えられた仕事を一つひとつやり切るだけです」

人とのつながりを大切にする。
シーズンが始まればお互い気を遣い、連絡の頻度は減るも、姫野とはオフには食事に行き、お酒も飲む。シーズン前にはいつも、「今年は出られそうか、って連絡をくれるんですよ」。
以前、その親友との間柄が深く分かる話をした。高校時代の友人たちと集まった時の話だ。代表グッズを求める仲間たちに余剰品を渡している途中、加藤には、「お前にはあげられない。(活躍して)つかみ取れ」と言ってくれた。そんなエピソードだ。
さりげなく、もっと頑張れと伝わるエールを送ってくれるその人は、友だちで、同い年だけど、背中を追っている人。スピアーズと契約できた時、つながるきっかけを作った姫野にお礼のメッセージを送ると、「お前自身がつかんだもの。他人に感謝するより、自分を褒めてあげないとダメだよ」と返ってきたのだと話す表情を忘れない。
仲間のことを誇りに思う人はフロントローに向いている。