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こんなにうまく運んでよいのか。頂点をきわめた難敵を向こうに。でも最後の最後に負ける。ラグビーのみならず、人生においてもままある。
そして。こんなにもうまく運び、あー、途中で失速、いろいろよくないことに襲われて、やっぱりダメか、と、なりかけて、どっこい、そうはならず、ついに競り勝った。まじめに生きていれば、こっちもいつか起こる。
2月15日。秩父宮ラグビー場。コベルコ神戸スティーラーズは、昨年度覇者の東芝ブレイブルーパス東京を34-33と破った。2022-23年シーズンが9位、23-24年は5位、昨シーズンは3位、歴史の観点では力を盛り返しつつあるクラブは、今季も歩を進める。

価値ある白星だった。殻を破った。そう書きたいほどだ。
開始からブレイブルーパスを圧倒、27分までに20-0と攻め立てた。20-7で後半を迎え、さっそく6分、14番の松永貫汰が5点を加え、大差をつける流れに乗った。
同7分。神戸の根っこにして塔、背番号4のブロディ・レタリック主将がフィールドを去った。ベンチに戻る際に、観客の大いなる拍手に両手で応える明朗な様子を見て、ケガをしたとは思わなかった。
記者席で「ちょっと早いぞ」と声に出した。もうひとつトライを重ねてから退くべきだ。前列に座る同業者にいま目にしたのに信じがたいので「退場はレタリック?」と念のために確かめた。
のちの会見で「メディカルのチェックが必要」と負傷退場を明かされて、納得するわけだが、あの時点では「勝負あったと見ての出場時間コントロール」なんて決めつけて「神戸、引っくり返される」と、ほとんど確信した。
公式記録の1分後に東芝の9番、高橋昴平がトライラインを越えた。本拠の大応援を背に反撃は始まる。前半の形勢はさかさまになった。スティーラーズはさらにブレイブルーパスに2トライを与え、後半28分に27-28と逆転を許す。
白ジャージィの神戸は同30分に松永貫汰がクロスフィールドのキックを再びつかんで右コーナーへ躍り込んだ。東芝の15番、兄の拓朗が足の治療で芝に伏せており、途中出場のSO、ブリン・ガットランドは、よきスペースがある、と、わかっていた。その人のGも成って34-28。振り返って、ここが勝敗を隔てた。
26分、34分とイエローの札が神戸に向けられ、一時は13人に。終盤36分にひとつ返されて、残り4分弱で1点のみのリード。寄り切られるか。いや、しのいだ。
「13人になり、プレッシャーをかけられつつも、戦い抜くことができた。チームの努力のたまものです」
このところ次期オールブラックス監督にしきりに名の挙がる熟達の指導者、神戸のデイブ・レニーHC(ヘッドコーチ)は言った。

隣りの席、このところ次期オールブラックス主将にしきりに名の挙がる衰えぬファイター、フランカーのアーディ・サベアも「(レニーHCのコメントの)エコーのようですが」と断り、述べた。
「仲間を思いやる気持ち、戦う姿勢を見せることができた」
両者とも「後半、もっとスコアを広げることができた」という反省が前提にある。
「(前半)20-0のところで27-0にするチャンスがあった。そこで反則をして、トライを奪われました」(レニーHC)
34分10秒、神戸のアタックのさなかの「ネックロール」のところだろう。細部こそが全体を動かす。62歳の元スーパーラグビー優勝監督はバトルの厳しさを熟知している。
最高のスタート→決定的追加点を奪えず→しだいに劣勢→カードの連続で危機到来→勝利。前年度のチャンピオンとぶつかり、満点の流れではないのに、なお負けない。もしかしたら終始優勢よりも値打ちがある。だから殻を破った。

かたやブレイブルーパスは、最初の46分は押しまくられ、よいところなく、そこでカムバックを果たし、眼前の星を落とした。
悔いはここか。後半37分16秒。あらためて33-34。敵陣10m線あたりの左中間でまんまとPを得た。
タッチキックを選んでモールを組むだろう。あるいはドライブと読ませての裏の手か。なんであれインゴールへ迫って、世界の10番、リッチー・モウンガが、自分にだけはイメージできている逆転への道筋に従い、消えては現れたり、ふんわりふくらんだり、いきなり空間を引き裂いたりする。逃げる側にしたらおそろしい。
しかし。なのに。21番のハーフ、杉山優平はタップの速攻を仕掛けた。白状するなら筆者は「なんてこった」と海外映画の吹き替えのセリフみたいに驚いた。崩しかけるも、タッチラインの外へ球が出て、爪の先端では触れた歓喜は遠のいた。
試合後の記者会見。東芝のリーチ マイケル主将は「試合が終わってみれば、(あそこは)冷静になって」と座ったままの上体を後方へそらした。
実はP速攻ではなく、その前の左コーナーへのトライの話だ。グラウンドの真ん中を攻略すれば、Gを決めて35-34にできたのではないか。そうした内容を質問された。
ただ、おそらく、たぶん、PからGO(かつて東芝府中のお家芸だった)の判断についての是非もキャプテンの頭をよぎった。

取材用の通路。神戸の13番、アントン・レイナートブラウンに聞いてみた。あそこの場面、あなたはシンビンで外にいて、タッチに蹴り出されなくて助かった、と感じませんでしたか?
「自分たちのディフェンスはどうなのかに集中していたので。タップのアタックも守りづらい。こちらは人数も減っていましたし」
昨年11月の対ウェールズまでオールブラックスで89試合(テストマッチは88戦)に出場の30歳のミッドフィルダーは、一流にふさわしく、対戦相手の選択を論評しようとはせず、わが身に引きつけた。
芝の上には芝の上の感覚がある。ハーフがGOの火をともし、ぐんぐんゲインをかせぎ、ぎりぎりのつなぎも成就してフィニッシュへといたれば、さすが東芝、さすが杉山の称賛の声は束となった。「この経験をいかす」(リーチ主将)。ありきたりのような言葉は実感だ。
余談。神戸の上ノ坊 駿介 が球を持つとメイン席上方に「坊、坊」という声援が。なんとなく、いい。さらに下の方からは東芝投入ラインアウトに際して「神戸スティール(鉄)、スティール(盗め)! 」。どちらも聞き違いかな。本当なら楽しい。
最後は余談でなく。
ブレイブルーパスの7番、佐々木剛。速い。低い。賢い。正しい。強い。敗れて、あまりにも見事でした。青森県八戸市出身、28歳の働き盛りに刮目せよ。