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【楕円球大言葉】悲嘆にくれて、なお堂々。
試合後、観客席に向かって挨拶をする佐賀工業。(撮影/松本かおり)

【楕円球大言葉】悲嘆にくれて、なお堂々。

藤島大

 ままならぬ。そいつは悪いことでもない。そんな勝負だった。

 花園。12月30日。午前9時半開始。
 東海大学付属大阪仰星高校と今季充実とされる佐賀工業高校とが、いくらか不思議でもあるのだが、2回戦でさっそく当たった。ひとつのトライおよびゴールとふたつのPGの7-6。前者が年越しを果たした。

 劇的な勝者の歓喜がなお謙虚に映り、悲嘆の敗者は肩を落として堂々と見えた。あらためて高校ラグビーはこの世になくてはならない。

 前半、東海大仰星は陣地獲得のキック応酬で劣勢、なんとか敵陣へ侵入できても、いつにないミスに逸機する。
 佐賀工業はよく攻め込みながら自慢のモール前進をことごとく阻まれた。
 互いにままならぬ。そして芝の上の15人ずつは、監督を含むベンチも、その状況に大きくは心を乱さない。これだけの相手とぶつかって、こうなるのは当たり前だ。と、しぶとく構え、信じる道を外れない。だから見応えがあった。

後半28分56秒、東海大仰星はトライ。その後のコンバージョンキックで逆転した。(撮影/松本かおり)
60分戦ってトライは1つだけ。お互いの強いディフェンスが試合を引き締めた。(撮影/松本かおり)


 6点を追う濃紺の東海大仰星がペナルティーを得て、あえて力攻めを選び、ポスト下に背番号1の朝倉久喜がスコア。12番の山﨑瑛太がゴールを決めて、このとき後半28分56秒。苦しんで苦しんでの大逆転。なんて、つい書きたくなるが、むしろ、この結末に向けて、ひたひたと歩を進めてきたような感じがした。ああ、やはり、こうなったか、と。クラブのヒストリーの培う凄みだ。

 試合後、湯浅大智監督が明かした。なぜタッチキック→ラインアウトを選択しなかったのか。

「ラグビーの本質はボールの奪い合い。(だからこそ)ボールを獲り合わずに握ったほうが(相手は)絶対に嫌なんだと言い続けてきました」

 かたや佐賀工業は新しい歴史を創造する最終コーナーに差しかかっている。器が大きくて丈夫なフォワードを育て、鍛え、全国区の存在となり、なお、花園にあっては、さらなる強豪にパワーを削られ、かわされ、細部の精度やゲーム運びでどうしても差をつけられた。
 2000年度には花園決勝進出するも頂点には届かない(伏見工業高校に3-21)。

 2025年度のチームは違った。攻勢をなかなかスコアへと結べず、されど焦らず、粘りの東海大仰星に集中力において負けなかった。最後の最後に引っくり返されても、佐賀工業の側から評すると、ああ、やはり、こうなったか、という気持ちにはならない。こういう接戦を貫けるようになったんだ。むしろそう思った。

試合終了後、東海大仰星のCTB東佑太主将が、佐賀工業の枝吉巨樹監督に駆け寄る。(撮影/松本かおり)


 50歳、就任15年の枝吉巨樹監督のここにきての指導の成果だろう。強烈なカリスマであった前任監督の小城博さんの圧倒的な情熱、手法、積み上げられた文化への敬意を忘れず、新たな次元を追い求める。とても簡単ではあるまい。
 しかし、このほど1点差で散って、ひとつ上のフロアへまさに「あと1点」まで接近した。

 放送解説後、敗者の取材テントへ向かう。残念、ちょうど終了だった。
 なんとかナンバー8の長谷川怜生主将に一言だけ質問できた。モールを押せず、トライも奪えず、でも、佐賀工業の気持ちは切れていないように見えた。焦りはありませんでしたか?
 
「モールを起点に攻めよう。試合前から話し合ってきました。それを曲げずに、ひとつひとつ、まっとうして、点につなげよう。それだけを考えていたので焦りはなかったです」

 実直なキャプテンは、終了の笛が鳴って、ずいぶん時間は過ぎたのに、ときおり息が荒くなった。悔しさと出し切りが青春の瞬間に溶け合っている。見事だ。
 あるフォトグラファーがつぶやいた。「佐賀工業のキャプテン、好きだなあ」。熱戦のさなかにレンズを向けての実感だろう。

佐賀工業のナンバー8、長谷川怜生主将。体を張り続ける人。(撮影/松本かおり)


 発言は素朴なようで深い。
 対策を講じられてモールを制御できない。ゆえにノートライ。
 されど、モールこそはすべての始まりとの計画と決意を「まっとう」した。だから、いくら止められようとも心理は崩れず揺れもしない。
 この段階を経て、プランA(モール)が通用しないのであれば「プランB発動」の応用も可能となるのだ。やり切らずに「はい次」は修羅場に通用しない。

 おしまいに触れないわけにはいかない。
 東海大学大阪仰星高校のモール防御。佐賀工業高校の何千回も練習したはずの塊にこちらも塊で立ち向かう。ひとりとひとりのくっつく体の線に隙間はない。
 さらに外側から包み込む。アタックはそれにより、クネクネとちぎり、ふりほどくドライブの自由をなくす。

 くるむ。どこか柔らかなイメージだ。ところが仰星の仰天のディフェンスは外をくるんで鉄のようだ。

 さいわい花園では会場をふらふら歩くだけで各種エキスパートがそこかしこに見つかる。
 かつてトップ級のフランカーであった在野のモール博士に確かめた。あの仰星の防御はどうしたら攻略できる?

佐賀工業のモールを組織的な動きで止める東海大仰星。(撮影/松本かおり)


「外を抑えられたら気にせずに真ん中をまっすぐ押せばよいと思います。ただ高校生が急にそれをされて、いつものやり方から切り替えるのは難しいかなあ」

 鍛練と工夫と対応と貫徹は融合や衝突を繰り返し、循環もする。高校ラグビーとは日本代表にもつながる研究機関である。

 いま情報が飛び込んできた。南アフリカ代表スプリングボクスの指揮を執るラッシー・エラスマスが、さっそく花園の映像を入手、どうやら「ギョウセイ・ハイスクールのモールのディフェンス」について採用の検討を開始した。
 もちろんウソです。ただ本当でもおかしくない。




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