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【11・8 フランス×南アフリカに行ってきた】HCと主将の絆、最強国の理由を再認識。フランスは、きっとこれから。
選手入場時のライティングは、今回もド派手!(筆者撮影)

【11・8 フランス×南アフリカに行ってきた】HCと主将の絆、最強国の理由を再認識。フランスは、きっとこれから。

福本美由紀

 今回のフランス×南アフリカの試合(11月8日/スタッド・ド・フランス)は、メディアが『リベンジ』と盛り立てていたものの、筆者にとっては『リベンジ』ではなく『セラピー』であるべき試合だった。
 2023年のワールドカップ準々決勝のトラウマを克服し、自信を持って2027年のオーストラリア大会に向けて勢いをつけるため、少なくとも80分間は南アフリカと対等に戦える手応えを感じられることを期待していた。
 しかし、その期待は裏切られ、さらに心理的なトラウマを残す結果となったのではないだろうか。

 シナリオの上では、2023年の(ワールドカップ準々決勝の)試合を見ているみたいだった。そして、ピッチ上で選手たちがなす術がなく迷子のようになっている姿は、2019年以前に戻ったかに見えた。

 前日から、パリの街にはスプリングボックスのジャージーを着た人があちこちで見られ、当日はさらに増え、2年前のワールドカップのように思えた。

 フランス×南アフリカが始まる約7時間前、アイルランド×日本の試合を見るために飛び込んだアイリッシュパブでも、上着の下にグリーン&ゴールドのジャージーを着た人でカウンターは埋まっていた。

アイルランド×日本を見るために入ったパブにも南アフリカのファンの姿。(筆者撮影)


 そのうちの1人の男性が私を見て、「日本、いいラグビーしてるよ。でも得点できないんだ」と教えてくれた。彼は南アフリカ人だが、今はポルトガルに住んでいて、ポルトガル人の友人と2人で観戦に来たと言う。

 そう言えば、2年前の準々決勝の前にスタッド・ド・フランスの前で話した南アフリカ人のご夫婦もスイスに住んでいると言っていた。数年前にイングランドでトゥイッケナムに向かう電車で一緒になった男性も、イングランド在住の南アフリカ人なのだと言っていた。彼らは世界中に離散していてスプリングボックスの試合がある場所に集結するのだろうか。

 試合開始2時間半前だと言うのに、スタジアムに向かう地下鉄はすでに満員で、1本見送らなければ乗れないほどだった。ここでも南アフリカのジャージーが多い。ぎゅうぎゅう詰めの地下鉄で、隣でフランス語を話しているムッシューに「グリーンのジャージーの方がブルーのジャージーより多いって、どういうこと?」と尋ねてみたら、「奴らは自分たちのチームが負けるところを見たくて仕方がないんだ!ハハハハ!」と豪快に笑いながら答えてくれた。
 住まいはボルドーの近くだが、トゥーロンとクレルモンという、全く離れた地方のクラブのサポーターなのだと言っていたこのムッシューは、試合を見てどう思っただろう。

 スタッド・ド・フランスに到着すると、さすがにブルーのジャージーも多かったものの、南アフリカサポーターも負けておらず、我がもの顔で歩いている。2年前に準々決勝、準決勝と勝ち進み、優勝したこのスタジアムはすでに、彼らにとって『庭』になっているのだ。

ファンで賑わうスタジアムの周り。(筆者撮影)


 試合前の南アフリカのメンバー紹介。フランスのサポーターから沸き起こった口笛とブーイングは、LOエベン・エツベスでさらに大きくなった。2年前の対戦で開始7分、南アフリカのトライラインから5メートルの地点で、WTBダミアン・プノーがタッチライン際にいたFBトマ・ラモスへパスを飛ばした。ラモスの前には誰もいない。フランスの2本目のトライは目前だった。
 しかしエツベスが長い腕を伸ばして大きな手でカットした。フランスサポーターの主張では、エツベスが手で叩いたボールは前に落ちているじゃないかということなのだ。2年経った今も、彼らは忘れていない。忘れられない。

 引き続き南アフリカのメンバーが紹介され、最後のラシー・エラスマスHCがスクリーンに映されると、ブーイングはマックスに達した。私がこれまで見て来た限りでは、フランスの歴史上の宿敵、イングランドとの試合でも、ここまでブーイングが大きくなったことはない。このブーイングに関しては、フランスラグビーサポーター連盟が「受け入れ難い」と非難する声明を出している。

「これらの敵意の表明は、ラグビーの基本的価値(リスペクト、連帯、親睦、フェアプレー)に反するものであり、とりわけ対戦相手への敬意という概念に深く根ざしたスポーツのイメージを傷つけるものである」

 一方で、代表100キャップ到達を讃えて、南アフリカのキャプテンのシヤ・コリシがまず1人でピッチに入場した際には、スタンドから大きな拍手で迎えられた。

 選手入場時のライティングによる演出は今年も派手だった。個人的にはライトではなく、花火や煙で赤白青と彩る方が迫力があって好きだ。でも、南アフリカの国歌斉唱時にライトの色をグリーンとイエローにする気遣いは評価する。

 フランスは、今回、選手が国歌を手話で伝えている映像を事前に準備し、国歌斉唱時に会場のスクリーンに投影した。インクルージョンを訴え、ラグビーの社会的存在意義を高めようとするフランス協会の意図が感じられる。

そして国歌斉唱。この時は相手チームへの気遣いも見られた。(筆者撮影)


 フランス国歌「ラ・マルセイエーズ」は、1792年にフランスがオーストリアに宣戦布告した直後、革命軍の軍歌として誕生。マルセイユ出身の義勇兵たちによってパリに持ち込まれ、彼らが行進しながらこの歌を歌っていたことから「ラ・マルセイエーズ」と呼ばれるようになった。その戦闘的な精神と国民を鼓舞する力から、1795年にフランスの国歌に制定され現在に至っている。自由と祖国を守るために国民が武器を取り、専制政治と戦うよう呼びかける、フランス革命の熱狂を象徴する歌である。

「いざ、祖国の子らよ、栄光の日は来たれり!」と雄々しく、猛々しく始まる。手話も勇ましい。続く歌詞の中には「暴君の血染めの旗が翻る」「敵は我らの妻子の喉を掻き切りに来る」「敵の不浄の血で我らの耕地を染め上げよ」など残虐で血生臭い言葉の部分では、手話でもそれが感じられるのが興味深い。

 この試合、フランスは南アフリカに対抗する策として、あえて苦手なハイボールを多用し、南アフリカのラグビーをしようとした。最初は機能した。FBトマ・ラモスはキックパスで、WTBダミアン・プノーにフランス代表での39本目のトライをプレゼントした(3分、7-0)。プノーはこのトライでセルジュ・ブランコを抜き、フランス代表史上最多トライゲッターとなった。

 しかし、その後の経過は、記録達成を忘れさせる。キックの精度が落ちる。ハイボールが獲得できない。そしてペナルティを繰り返す。南アフリカのSOサーシャ・ファインバーグ・ムゴメズルが2本PGを成功させた後、2本はずす。スコアは7-6。かろうじてフランスがリードを保つ。

 27分、NO8ミカエル・ギヤールのチャージで得たペナルティから敵左ゴール前でラインアウト、モールから右へ展開し、ラモスから飛ばしパスを受け取ったプノーが走り抜け、SHコーバス・ライナーとファインバーグ・ムゴメズルのタックルに抗しながらもグラウディングに成功し、14-6と点差を広げる。

 しかし、34分にはフランス陣10mライン付近のスクラムで南アフリカの強いプレッシャーに耐え切れず、崩れたスクラムからライナーがボールを持ち出し、まだ整っていないディフェンスの隙をつき、後列で待ち構えていたプノーをキックで抜き去りトライラインを越えた。コンバージョンも決まり14-13と再び1点差となる。

 その後、フランスもスクラムでペナルティを奪い、南アフリカゴール前でラインアウトからトライを狙うが、ラインアウトが南アフリカに読まれて阻まれる。ファインバーグ・ムゴメズルのキックで陣地を戻される。さらにハイボールキャッチもできず進むことができなかった。

 39分、南アフリカのLOルード・デヤハーがラモスの頭部に接触する危険なタックルでレッドカードを出され、南アフリカは14人となる。

 フランス有利の展開になるかと思われたが、「後半の最初の20分で、3つの決定的なアタックの場面を作りリードを広げるためにトライしなければならなかったが、できなかった時に勝利が手から滑り落ちた」と、ファビアン・ガルチエHCは語る。

 LOチボー・フラマンは「ハーフタイム後、彼らのシステムに引き込まれ、ラインアウトからスクラムという形になってしまった。彼らに対してそれをやると、ロードローラーに立ち向かうようなもの、対抗するのは難しくなる」と振り返る。

 フランスはペナルティを繰り返し、スクラムは劣勢、ラインアウトも劣勢、モールも押される。空中戦でボールを獲れず、ラックの地上戦でも支配された。フィジカルで劣りボールを持っても前に出ることができない。フィジカルだけではなく、心理的にもじわじわと削ぎ落とされた。
 どんどん自信がなくなりパニックになることで、さらにミスやペナルティを引き起こす。結局、数的優位にもかかわらず追加できたのはPG1本での3点にとどまった(58分、17-13)。

南アフリカWTBカート=リー・アレンゼの走りを必死に止めるフランス代表。(Getty Images)


 64分、WTBルイ・ビエル=ビアレがデリバレイト・ノックフォワードで10分間の一時退場となり、崩れてしまった。

 フラマンは、「闘志を欠いてしまった。少し気持ちも抜けてしまった。重要な局面で、彼らのプレーをただ見ているだけになっていたかもしれない。『彼らは世界最高のチームだ』と思い込みすぎてしまったのかもしれない」と語り、南アフリカのオーラに圧倒されたことを示唆している。

 ビエル=ビアレの一時退場中に2トライ奪われた(17-25)。南アフリカはペナルティを得るとPGの3点ではなく、トライ+コンバージョンの7点を狙い、相手に精神的なダメージも与えてくる。

 さらに77分、ファインバーグ・ムゴメズルがフランスのSOロマン・ンタマックをフェイントでかわして5点、自らコンバージョンも成功させて2点を追加、最終スコア17-32となり、南のザ・ラグビーチャンピオンシップの王者と、北のシックスネーションズ王者の勝負は、北にとっては重い結果となった。

 試合前から注目されていたガルチエHCとエラスマスHCの策士の対決は、今回も、試合の状況に適応して戦術を変え、選手交代をおこなったエラスマスHCに理があった。

 エラスマスHCは前半32分に早くも最初のカードを切った。右PRボアン・ベンター(28歳、6キャップ)に代え、ゲルハルト・スティーンカンプ(28歳、13キャップ)を投入した。この交代に関して、エラスマスHCは、「試合の早い段階で交代となったのは、ベンターがこの種の試合のインテンシティに慣れる必要があるから」と説明したが、ベンターより経験を積んでいるスティーンカンプで、さらにプレッシャーをかけるためだろう。

 さらに、レッドカードで退場になったデヤハーの穴を埋めるためにLOルアン・ノーチェを投入する際には、この日100キャップを祝ったキャプテンのコリシを後半早々ベンチに下げるという大きな決断もおこなった。

 47分に、フランスは左PRバティスト・エルドシオからジャン=バティスト・グロ、右PRレジス・モンターニュからドリアン・アルデゲリ、そしてHOジュリアン・マルシャンから初キャップのギョーム・クラモンに代え、さらにLOエマニュエル・メアフーからロマン・タオフィフェヌアへ、また肩を傷めたNO8ミカエル・ギヤールを下げてFLオスカー・ジェグーを投入。

シヤ・コリシ主将の100キャップ到達を祝うWorldrugby/siyakolisiのInstagramより


 一方、南アフリカはエツベスからRG・スナイマン、PRトーマス・デュトイからウィルコ・ロウと戦力が落ちない。CTBダミアン・デアレンデに代わってピッチに入ったCTBアンドレ・エスターハイゼンはFLとしてスクラムでもモールでも猛烈に押した。56分にFBダミアン・ヴィレムセに代わって入ったマニー・リボックはSOに入り、この日あまり調子の良くなかったファインバーグ・ムゴメズルをFBに置いた。それも功を奏した。HOマルコム・マークスは78分までフランスを痛めつけた。

 采配、そしてベンチの対決は、今回も南アフリカに軍配が上がった。

 試合後の会見でエラスマスHCは、キャプテンに感謝を伝えた。
「彼が外されたのは、アンドレ・エスターハイゼンがFLとCTBの両方をこなせるから。これは難しい決断だった。しかし、彼はすぐにそれを受け入れ、理解してくれた」

 コリシも「今日のような日にフィールドを去らなければならなかったことは、チームを最優先するという、まさに適切な例となった。ラシー(エラスマスHC)が僕に尋ねに来た時、それは感情を脇に置くということだった。なぜなら、チームが最優先だから」と説明する。
 彼が2017年からずっとこのチームのキャプテンを務め、またピッチ外でも人格者と称えられる理由をあらためて感じさせる場面だった。

 さらにコリシは、この日がHCとしての50試合目だったにもかかわらず、エラスマスHCがそれを彼自身のこととして扱うことは一度もなく、すべてはチームのためだったと感謝を述べた 。

「コーチ、僕たちのためにしてくださることすべてに感謝します。あなたがしてくださったことは、ラグビーの面だけでなく、私たちが互いを、そして私たちの国を見る際のマインドセットにおいても、計り知れません。あなたが話すとき、僕たちはあなたから多くのことを学びます。ですから、あなたがしてくださることすべてに感謝します。心から感謝しています」

 これが世界最強のチームなのだということを、まざまざと見せつけられた。ピッチ以上に『王者の貫禄』を感じさせられた。試合後、多くの南アフリカサポーターが、いつまでもスタンドに残っていた。

試合後の南アフリカの記者会見。エラスマスHC(左)とコリシ主将。(筆者撮影)


 ただし、フランスが今回の試合で不利な状況であったことも考慮するべきだろう。
 シックスネーションズで3月に優勝したメンバーの多くが7月のニュージーランド遠征に参加しておらず、代表戦は8か月ぶりだった。またガルチエHCが言うように、「南アフリカは今シーズン10試合目を戦っていたが、私たちは先週の月曜日(10月27日)に集まったばかり」で、強度を上げた練習は5回しかできていない。エラスマスHCも勝因を振り返った際に「フランスの選手は長い間一緒にプレーしていなかった」と、最後に付け足している。

 すでに午前1時を回っているというのに、帰りの地下鉄にも上機嫌な南アフリカのサポーターが多く乗っていた。そんな中でフランス人らしき人から、「俺は、フランス代表に南アフリカに勝ってほしいんだ!」という声も聞こえてきた。

 もしかしたら来年11月、ラグビー ・ネーションズチャンピオンシップ(仮題)で、再びフランスで南アフリカと対戦することになるかもしれない。それまでにこの日の試合で見られた差を埋めることが大きな課題である。

 その前に、今週末のフィジー戦、そして来週のオーストラリア戦に勝ってポジティブに秋のシリーズを終えたい。

 フィジー戦、フランスはNO8グレゴリー・アルドリットが帰ってくる。しかもキャプテンとして。また、負傷のため、昨年11月のアルゼンチン戦を最後に代表から離れていたシャルル・オリヴォンがLOでメンバーに入った。南アフリカ戦で欠けていたリーダーの存在という意味でも彼らに期待が寄せられる。


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