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トゥールーズ、サラリーキャップ違反疑惑。
渦中のメルヴィン・ジャミネ(トゥーロン)は25歳。2月22日のスタッド・フランセとの試合後。(Getty Images)

トゥールーズ、サラリーキャップ違反疑惑。

福本美由紀

 2月22日、トゥーロンのホーム、スタッド・マヨール。スタッド・フランセを迎えた一戦は、17-6とホームチームのリードで60分を迎えた。
 スタンドから温かい拍手が沸き起こる中、背番号20をつけたFBメルヴィン・ジャミネ(25歳)が途中交代でピッチに立った。

 ジャミネは昨夏、フランス代表の南米遠征中に人種差別発言の動画をSNSに投稿し、26週間の出場停止期間を受けた。そんな状況から、ようやくラグビー選手としての生活を再スタートさせることができた。
 ピッチに立ったのはわずか20分。ボールに触れる機会も多くはなかったが、受け入れ、支えてくれたクラブ、チームメイト、そしてサポーターに感謝する気持ちで胸がいっぱいだっただろう。試合後のロッカールームでその感謝の気持ちを伝えたという。

 しかし、帰ってきたこのFBは、別の件で再び渦中の人になっている。

 1月28日、現地スポーツ紙の『レキップ』が、ジャミネが莫大な借金に苦しんでいると報じたのだ。

 ことの発端は2022年に遡る。
 当時のジャミネはペルピニャンに所属しており、2年残っていた契約を解除するために、45万ユーロの契約解除金を支払い、トゥールーズへ移籍した。3月1日現在のレートで日本円に換算すると約7035万円。このためにジャミネは2つのローンを組んだ。

 当時22歳だ。トゥールーズはジャミネに返済することを約束したが、直接本人に支払わず、フランスラグビー界ではよく知られている弁護士で、現在はビアリッツの会長であるアルノー・デュボワに委託したスキームを通じて確かに支払った。正確に言えば、支払ったと信じていた。
 ただスタッド・トゥルーザンは、この金額を予算に計上したくなかった。計上すればサラリーキャップ(トップ14では1070万ユーロ/約16億7300万円)を超えてしまう。規定に違反することになるからだ。
 
『レキップ』は、リモージュに拠点を置く会社「パシフィック・ハート」(おそらくペーパーカンパニー)を経由した資金ルートを追跡し、スタッド・トゥルーザンが「パシフィック・ハート」と契約を締結していたという情報を掴んだ。タヒチの商業登記簿に登録されているこの会社の経営者、シンシア・テイナオレ氏の居住地は、フランス本土のリモージュになっている。
 彼女は、ジャミネが自身の肖像権を委託していた「ラグビー・ストアNC」の経営者でもある。スタッド・トゥルーザンと彼女を引き合わせたのが弁護士のデュボワで、デュボワはリモージュの弁護士会に所属している。

 その金額は約50万ユーロ(約7800万円)で、ジャミネのローンに近い金額だ。契約には、スタッド・トゥルーザンブランドの国際的な展開、フィジーでの合宿や親善試合などを企画することが定められていた。

 しかし、トゥールーズは契約を破棄した。契約破棄無償期間内であったため金銭的なペナルティはなかった。「クラブは何も支払う義務はなかったが、それでも50万ユーロを支払った」と、この手続きに詳しい別の関係者は指摘する。
 ところが、その50万ユーロが消えてしまった。スタッド・トゥルーザンは仲介業者に騙されたのだ。どの仲介者かは現段階ではわからない。トゥールーズも被害者なのだ。しかし、この事件の紆余曲折が外部に漏れるのを避けるため、法的手続きには着手していない。

◆傷つきかねないクラブの看板。


 この報道の数日後、トゥーロンのベルナール・ルメートル会長が『レキップ』の取材に対して、「道徳的に、彼ら(トゥールーズ)がすべきことはただ一つ、メルヴィンにお金を返すことだ。彼らのスキームはもはや秘密でもなんでもない。メルヴィンは経済的にどのように対処すればよいか分からなくなっていて、心理的にどん底にいる」とトゥールーズを強く批判し、サラリーキャップ違反疑惑にさらに拍車をかけた。

 ルメートル会長は、ジャミネの人種差別発言への処分を検討している時に、初めてジャミネの財政状況について知った。この不祥事のせいで、ジャミネが個人スポンサーを見つけることは不可能に等しく、返済の目処が立たない状態だった。

 一方、トゥールーズは報道から1週間後に声明を発表した。
 報道には事実と異なる内容があること、この移籍について、スタッド・トゥルーザンとLNR(フランスプロリーグ運営団体)の間で正式なやり取りが行われており、全面的に協力する構えであること。また、責任が問われるとは考えておらず、ジャミネを救済すべく、迅速に責任の特定を求めると訴えた。

 一般紙の『ル・フィガロ』も取材を進めており、スタッド・トゥルーザンの経営陣はリーグのサラリーキャップ・マネジャー(サラリーキャップの遵守を監視するためにLNRから任命された独立専門家)の前ではいくつかの内容を認めてはいるものの、サラリーキャップ違反を回避しようとしたスキームが表沙汰になるのを避けようとしていると伝えている。
 疑惑の中心に置かれ、クラブのイメージに傷がつくことを恐れているのだ。

 トゥーロン側も圧力を緩めない。ジャミネの顧問が速やかな返済を迫り、ルメートル会長は「借金を抱えて破綻し、もはや何も残っておらず、打ちひしがれた若者を放っておけない」と訴える。

 2月26日、LNRがトゥールーズと調停に入っていることを明らかにした。調停では内容の機密が保たれ、クラブのイメージが守られる。また、懲戒委員会で科される可能性のある罰金を最低50%削減できるメリットもあると『レキップ』は説明している。
 しかしLNRに近い情報筋は、「莫大な費用がかかるだろう」と予想する。調停はジャミネの借金額の3倍、つまり135万ユーロを支払う方向に向かっている。クラブがジャミネに返済しなければならない45万ユーロを加えると、総額180万ユーロ(約2億8140万円)に達する。

2024年7月のアルゼンチン遠征時。この遠征中にSNSへの間違った考えを投稿して以来、代表への道は閉ざされた。(Getty Images)


 トゥールーズは45日以内に、サラリーキャップ違反に対する金銭的負担について交渉しなければならない。この期間内に合意に至らなければ、LNRの懲戒委員会に出頭することになり、事件は白日の下に晒される。
 さらに、トゥールーズは2021年に南アフリカのチェスリン・コルビのトゥーロンへの移籍に関しても移籍条件に透明さを欠くとして、LNRから5万ユーロ(約780万円)の執行猶予付き裁定を受けており、今回の件で執行猶予付は取り消されるだけでなく、罰金も倍増する可能性があると『ル・フィガロ』は推測する。

 ジャミネは、2021年7月のフランス代表オーストラリア遠征で代表デビューを果たし、飛距離のあるキックと正確なゴールキックで一躍脚光を浴びた。その勢いのまま、翌シーズンはトップ14に昇格したペルピニャン、そして代表でも15番のジャージーを着て連戦した。
 しかし、シーズン末の日本遠征の2戦目はメンバー外だった。

 帰国後、さらなる成長を求めてトゥールーズへ移籍したジャミネだったが、負傷もあり、11月のオータムネーションズシリーズを逃した。その間にクラブでも同じFBのトマ・ラモスが代表の15番に定着し、その後のシックスネーションズではジャミネは1試合のみ途中出場。プレー時間はわずか7分。トゥールーズでもシーズン末の決勝トーナメントには出場機会を得られなかった。

 ワールドカップ(以下、W杯)のメンバーには選出され、プール戦4試合に出場したものの、15番をつけたのは主力を休ませたウルグアイ戦のみだった。

 W杯後、トゥールーズに戻り2試合に出場した後、両親が住む故郷のトゥーロンへ移籍した。トゥールーズでプレーしたのは1シーズンと1か月。19試合、1291分。そのために7000万円を超える借金を背負うことになるとは。すぐに返済される予定だったのだろうが。

◆また、いつか信頼を取り戻せたら。


 トゥールーズに入団後、練習でWTBのポジションでプレーさせられることに馴染めなかった。
 しかし、それがトゥールーズのラグビーなのだ。ちょうどジャミネが入団した頃、トゥールーズのユーゴ・モラ ヘッドコーチ(以下、HC)にインタビューした際、彼はこう言っていた。

「一度試合が始まれば、背中につけている番号は関係なくなるのです。ただ、選手がそれを受け入れる必要があります」

 トゥールーズには、イタリア代表FBのアンジュ・カプオッゾ、スコットランド代表FBのブレア・キングホーンも所属している。ジャミネと同時に入団したカプオッゾは先発27試合中17試合でWTBとしてプレーしてきた。3季目になる今季、チャンピオンズカップのメンバーに入れるぐらい主力メンバーに定着した。

 キングホーンは昨季12月に入団し、27試合の先発中17試合で15番をつけている。これはおそらく、SOロマン・ンタマックが負傷で長期離脱していたため、ラモスが10番に入っていたからだろう。

 彼らは代表でもWTBでプレーすることもあるじゃないかと思われるだろう。
 では、アルゼンチン代表のフアン=クルス・マリーアはどうか。入団当初はWTBでの起用が多かったが、今季、15番をつけたのは1試合だけで、7試合で10番をつけている。しかも、とてもいい。
 彼も「自分のポジションは15番だと思っているし、最初は戸惑った」と言っていたが、「でも、そんなことを言っていたら、ここでは試合に出られない。他のポジションをすることで、気づくこともある」と楽しんでいる。

 さらに、ジャミネには、フランス代表の15番のジャージーを取り戻すために焦る気持ちがあったのかもしれない。NZを破り、シックスネーションズではグランドスラム(全勝優勝)を達成した。とてつもない量のアドレナリンが分泌されそうだ。「もう一度」と切望する気持ちになるのも想像できる。

 人種差別発言の後、フランス協会のフロリアン・グリル会長は、ジャミネの代表復帰にはっきりと「ノン」と告げた。ジャミネもそれを受け入れている。

「フランス代表は僕の夢だった。でも、協会の決定を尊重する。これからの僕の努力や、姿勢、パフォーマンスで、またいつか信頼を取り戻せたら…。今は身体的にも精神的にもいい状態で、再びトゥーロンのカラーを背負って戦う準備ができている。クラブには本当に感謝している。ここの人々は、僕のリハビリ過程で大きな支えになってくれた。彼らがいなければ、今の自分はなかった」

 いま、トゥーロンはいいグループになっている。仲間に囲まれながら、経験を積み重ねて成長していけば良い。それにしても、22歳の青年が、憧れのクラブでプレーするために7000万円もの借金を負うというのは理解を超える。ジャミネが1日も早く借金から解放されることを祈る。

 一方、ジャミネの巨額ローン問題とサラリーキャップ違反疑惑が経営陣を揺るがす中、トゥールーズのチームは動じていない。疑惑報道後もチームは勝ち続けている。シックスネーションズで代表選手が10人以上抜けているにもかかわらず、クレルモンに35-18、バイヨンヌに41-6、そして3月1日もまたヴァンヌに63-21と勝利を重ね、強さを証明している。

「ユーゴ(モラHC)が、ラグビー面と、それ以外の面をきちんと区別して、この件から選手たちを守っている」とヴァンヌ戦前にジャン・ブイユーFWコーチは会見で語った。WTBマチス・ルベルは「僕たち選手は、週末にジャージーを着て最高の試合をするだけ。この件については何も知らされていないし、できることも何もありません」と、選手たちは試合に集中していることを強調した。

 しかし、この問題はトゥールーズにとって、経済的、そしてクラブのイメージという面で大きな代償を伴う可能性が高い。選手の強化・育成という面でも、経営面でも、トゥールーズは他のクラブのお手本と言われるほど高い評価を受けてきた。結果も残してきた。だが、今回の疑惑は、規則の隙間を縫うような行為なしでは、強いクラブを築くことはできないのだろうか、という疑問を投げかける。
 一方で、他のクラブの会長から批判の声が上がっていないということは、どこも多かれ少なかれ似たような行為をしているのではないか、という疑念も抱かせる。





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