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【コラム/中村知春のアニキにっき】タイの人々の重心が高い話。
タイの「モータサイ」を操るおじさんをイメージしての一枚。北洋建設Presents Nanairo CUP 北九州『Kyushu Women’s Sevens 2025』にて。(撮影/松本かおり)

【コラム/中村知春のアニキにっき】タイの人々の重心が高い話。

中村知春

 今まで乗った乗り物で一番怖かった乗り物は何ですか?
 私は富士急ハイランドのジェットコースターでした。そう、つい最近までは。

 1月、タイに行く用事があった。
 ご飯は美味しいし、人は優しいし、ビールも美味しいし、控えめに言って最高な国だ。 そんなタイだが、渋滞がひどいことで有名である。
 朝と夕方の通勤退勤時間帯の渋滞は深刻な社会問題になっているほどだ。

 ある滞在日の早朝、タイ代表チームの練習を見学させていただけることになった。滞在しているホテルからは車で50分と、まあまあな距離だった。

 タイではGrabというアプリでタクシーを捕まえていたわけだが、例によってアプリで配車予約をしていたら、画面の表示にバイクタクシーが現れたことに気づいた。普通のタクシーの半分の時間で着くし、しかも破格だった(400円くらい)。起き抜けのコーヒーを飲みながら、何も考えずにバイクタクシーを選択し、到着を待った。

タイへ行ったのは、元日本代表主将の廣瀬俊朗さんが代表を務める『HiRAKU』の事業、『ラグビーを通した“可能性をひらく”アジアツアー2025』へ参加させてもらったから。1月下旬、上海での活動を終えた廣瀬さんとバンコクで合流した。現地チーム&バンコクジャパニーズの子どもたちとの合同練習に参加(少しコーチング)。練習後には、現地マルコメの社員の方々と味噌汁、甘酒を振る舞った! 滞在中、タイチームの練習見学もできた。(写真/本人提供)


 ものの3分でバイクに乗ったおじさんが登場した。
--Chiharuか?
--そうです、おはようございます
 そんな会話をして、バイクのうしろにまたがる。バイク初心者の私は、昔の恋愛映画のような体勢でちょっと照れながらおじさんの腰に手を回そうとした。
 途端に運転手が怪訝そうな顔をして振り向いた。
--違う、ここを持て。

 座面の横にある取っ手の存在を迷惑そうな顔で教えてくれた。
 確かに、つかまる場所がそこにはあった。足をガニ股にして足置きに乗せ、取っ手をしっかりつかむ。うしろポケットに手を突っ込んだような体勢となる。

 タイの日常に溶け込むには、どうやら、ちょっと不良ぶりたい小学生の休み時間みたいなこの姿勢が正解らしい。 おじさんにうしろから抱きつこうとした自分を思い返し、やだ〜恥ずいぃと思った感情は、おじさんの強めの発進とともに慣性の法則で置いていかれた。

 なにせこっちは、気だるい小学生の休み時間の体勢だ。慣性の法則を学校で学んでいなかったら恥ずかしい感情どころではなく、体ごと後方にひっくり返っていてもおかしくなかった。
 本当に一瞬たりとも気が抜けない人生最恐のドライブがこうして幕を開けた。

 体幹とバランスを鍛えていてよかったと思ったこと第一位と言っても過言ではない。そう、人生で一番怖かった乗り物は、ぶっちぎりでこのバイクタクシー、タイ語でいうと「モータサイ」(モータサイクル)となったのだった。
※今後タイに行かれる人には、現地での移動は車のタクシーを強くオススメします。

 自分に知識がなかったために利用したバイクタクシーですが、実施に事故率も高いとのこと。仕方なく利用する際は、ヘルメットを必ず着用するように。お願いすればヘルメットをもう一つ貸してくれます。

 座面に乗り、取っ手を持つと、バイクは発進した。停止時にも腹筋と背筋に力を入れていなければ、おじさんの後頭部に頭突きをお見舞いしてしまう。タイの混んだ道路で細かく繰り返される発進と停止で、キツツキみたいに何度もおじさんのヘルメットをつつくことになった。

バイクの後部シートでの姿勢を再現する筆者。(撮影/松本かおり)


 乗車時に抱きつこうとした時点でおじさんは少し不機嫌である。これ以上機嫌を損ねることはできない緊張感から、私はテトリスのピースのような直立直角の姿勢になった。

 タイのバイクタクシーは文字通り車の間を縫うように走る。乱立するバイクたちが血管の中の赤血球みたいな感じで車線をするすると変えながら進むのがタイの道路だ。
 横の車と膝との間は数センチしかない。本当に恐ろしい話だが、タイのバイクは二人乗りで60キロ以上出す。下り坂はもっとだ。恐ろしすぎてメーターを凝視していたから間違いない。

 信号待ちの間に停車中の車の隙間を縫って信号の一番前まで出る。ノロノロと進む隙間縫い運転の際や右左折時に、後部座席の私の重心がブレるときっと運転しづらいだろうな、と元来の気遣い屋さんの性格が出る。なんとなく運転手さんとの息を合わせているうちに、心の声が聞こえた気がした。
--コイツ、コツを掴んだな、と思われた(気がするだけ)。

 途端にグングンブイブイ飛ばし、ガンガン車間を縫い、速度を全然落とさずに曲がるようになった。
 そこからは重心を高めに保ち、ガッツリとコアに力を入れることに徹した。アスリートじゃなかったら絶対に振り落とされていた(気がするだけ)と思う。

 そんな人生イチ緊張感のあるドライブを終えたあとは、内股と腹筋に力を入れすぎてヘトヘトだったし、がっしりと取っ手に掴まっていた手は、血が通わずに真っ白になっていた。もしおじさんの腰を掴んでいたら、締め落としていた可能性すらある(ないか)。

 というタイ珍道中を終えて思うこと。 世界一恐ろしい乗り物は、タイの庶⺠の足と言われるモータサイだ。
 異論は認める。 初めてタイに来た時、タイの人々(特に若者)は腰の位置が高いな、なんでだろう、という感想を抱いたのだが、個人的にはきっとこれが秘密だと思う。
 日常のモータサイ経験がタイの人の重心を高く保っているのだ。また一つ、アジアの奥深さを知った。

※今回は2月、2回目のコラム。特別編でした。

【プロフィール】
中村知春/なかむら・ちはる
1988年4月25日生まれ。162センチ、64キロ。東京フェニックス→アルカス熊谷→ナナイロプリズム福岡。法大時代まではバスケットボール選手。電通東日本勤務。ナナイロプリズム福岡では選手兼GMを務める。リオ五輪(2016年)出場時は主将。女子セブンズ日本代表68キャップ。女子15人制日本代表キャップ4





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