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5万60人の観客で埋まったアビバスタジアムは、ほぼ満員。そのほとんどはアイルランド代表のファンだった。
しかし最初の40分、歓声と悲鳴が交互に起こる試合展開とはならなかった。ずっとザワザワしていた。
緑のジャージーは前半、何度もボールを落とした。
赤白のジャージーを吹っ飛ばすシーンや、組織的なアタックで崩し切ってワールドランキング3位の実力を見せつける場面は少なかったから大観衆が沸くシーンは少なく、日本代表がアイルランドを振り回し、ファンに悲鳴をあげさせる時間も少なかった。
11月8日にダブリンでおこなわれたアイルランド代表×日本代表は、41-10でホストチームが勝った。
トライ数はそれぞれ6と1。前半は17-10も、最後の15分に3トライ、2ゴールを重ねた勝利だった。

前戦で南アフリカに7-61で敗れた日本代表は、その試合で出た課題、ラインアウトやディフェンスを改善してアイルランド戦に臨んだ。
その成果もあり、この試合ではタックルで相手を押し戻すことも少なくなかった。ラインアウトもよくとれた。結果、ロースコア、そして競ったままハーフタイムを迎えられた。
日本代表の前半の失点機は3回。先制点はスクラムでコラプシングを取られ、PGを決められた(6分)。
その後、前半20分、30分と2つのトライを許した。
20分のトライは、CTBチャーリー・ローレンスがスピアタックルで10分間の一時退場となった直後。アイルランドはラインアウトから攻めた。
バックスの数的不利を突くように大きくボールを左右に動かしておいて、ディフェンダー間が広がった4フェーズ目にPRトーマス・クラークソンがタテに走ってラインブレイク。パスを受けたCTBロビー・ヘンショーが作ったラックからすぐに左に展開し、NO8ケーラン・ドリス→SOジャック・クロウリーで攻め切る。5フェーズ、50秒の鮮やかな攻撃だった。

30分のトライは、相手PK後の左ラインアウトから2分少し続いた攻防の中、アイルランドがつなぐボールが芝の上に転がるシーンがあった。
ノックオンと見て一瞬足が止まった日本代表の隙を突き、LOジェームズ・ライアンがFLニック・ティモニーにつなぎ、背番号7が一気に長い距離を走り切った。
日本代表のトライは前半37分。相手のダイレクトタッチで得たラインアウトからフェーズを重ねて反則を誘う。
そこからPKで敵陣ゴール前に迫り、攻め、再びPKを獲得。さらに前へ出て、最後はラインアウトからモールを押し切った。
インジャリータイムに入ってPGも追加して前半を終えた(10-17)。
後半は前半終了直前にヘッドコンタクトとジャッジされたWTBジェイコブ・スコットデイルがシンビンとなり、日本15人、アイルランド14人で始まった。
しかし、その時間帯に得点したのは緑のジャージー。日本は後半7分、反則から自陣に侵入された。
右ラインアウトから攻められた。センタークラッシュ後、左タッチライン際での前進を許す。その振り戻しのアタックで、今度は右サイドでトライラインに迫られる。
最後はPRアンドリュー・ポーターがトライラインを越えた。
10-22とされた日本代表だったが、その直後に点差を詰めるチャンスはあった。ストックデイルが戻り、相手が15人となった時、日本代表は敵陣22メートルライン近く、やや右の位置でPKを得た。

その次のプレー、SH齋藤直人は「(PGで)3点でもいいと思った」が、LOワーナー・ディアンズはPK→ラインアウトを選択。「キャプテンの判断を尊重」するのに異論はなかった。FWは前半、モールでトライを奪っている。それを再現しようとしているのだろう。そう理解した。
しかし、そのラインアウトで日本代表は、前方へのピールアウトでライン際を攻める。少し前に出たところでコンタクト発生。その時、相手にボールを奪われてチャンスを逃した。
この時の一連の流れに、現在の日本代表の抱える課題が詰まっていた。チャンスは作れるがスコアに結びつけられない。プレーの精度が足りないことに加え、チャンス時にコミュニケーションが足りないからフィニッシュできない。
そんなシーンはこの試合の前半にも何度もあった。
アウトサイドでハーフブレイクの状況を作るも、そのあとチャンスが広がらず、得点できない。エディー・ジョーンズ ヘッドコーチは、「チャンスはあったが冷静さに欠けた。ラインブレイク後にオフロードをするかどうか迷ったり、体勢を崩したり、姿勢をキープできていなかった」。
チャンスを作ったボールキャリアは(次につなぐためにも)ファイトし、少しでも長く立っていないといけないのに、「(そういった)細部、シンプルなところ」が足りていないとした。
ピンチとなれば特に強い圧力をかけてくる相手に「もっとファイト」は正しい。選手たちはそれを実感しつつ、コミュニケーション不足の方をもっと深刻に受け止めていた。
崩しかけるところまでいけるのに、そこから先、フィニッシュまでのプレーを遂行し切れない。個々のスキルもそうだけど、もっと連係がとれていたら違う結果になったと感じる選手が多かった。

WTB長田智希は、15人対14人で戦った「後半のスタートがこの試合を決めた」と言った。
「アイルランドが1人少ない。ボールを動かしてアタックしようとする中でミスが起きた」。結果、攻め切れず、逆に相手は、「人数が少ないにもかかわらずオーバーラップを作られて(トライを与えて)しまった」。
「チャンス(を作った)後のミス(で点を取れないの)が課題」と話し、もっとコミュニケーションをとることが必要とした。
「南アフリカ戦からの反省で、もっとボールを動かそうと(みんなで)話し、(結果)それが効いてアウトサイドを崩せた」のは前進した面。ただ、「攻めたところで仕留められなかった。粘った相手はそこから攻め、自分たちはそれを止められなかった」
仕留めの精度が悔やまれる。後半の入りではなくても、他のチャンスにトライできていたら「違った展開になったかも」。スコアで相手に圧力をかける展開に持ち込みたかった。
日本代表は『勝負の10分』に得点できなかったが、南アフリカ戦を経て強くしたコリジョンへの意識と、全員でつながって前へ出るディフェンスで、その後もよく守っていた。
特に後半15分過ぎからの時間帯は、全員でタックル、またタックル。2週間前のオーストラリア代表戦のような粘りもあり、中盤で相手に、仕方なくキックを蹴らせたシーンもあった。
しかし、攻められない時間は疲労を蓄積させる。ピッチに出てきたアイルランドのフィニッシャーたちの活躍もあり、終盤に守りが決壊した。

攻め込んでも切り返され、スコアされる典型的なシーンは後半24分だった。アイルランドSOサム・プレンダーガストのキックをジャンプ一番、キャッチしたFB矢崎由高が自陣中盤からスタート、敵陣中盤まで約40メートルを走った。
日本代表はさらに攻撃を続けるもノックフォワード。ボールを手にした相手に一気に走られて自陣深くに入られた。
反則。そこからラインアウト→モールに持ち込まれてトライを許した(トライは27分)。
その5分後にはダイレクトタッチから相手に中盤でのラインアウトを与え、再び攻め込まれて反則。PKから数分前と同じような流れでトライラインを越えられた。
後半36分、この日相手に与えた6つめのトライも、日本代表が相手陣でチャンスを作りかけたところから始まった。
攻防の中でターンオーバーを許して一気にWTBトミー・オブライエンに走り切られた。

7-61と大敗した南アフリカ戦の学びを生かし、前半は10-17。競り合う展開に持ち込んではみせたが、結局は10-41と差を開かれて負けた。
前に進んだ領域は確かにあるのだが、その歩みの速度では毎週末の強豪との対戦に追いつかない。もどかしい気持ちが選手自身の声からも伝わる。
南アフリカ戦でPKからボールを持ち出して孤立、さらにノックフォワードで好機を潰したPR竹内柊平は、「すごくショックだった」と落ち込むも、自分の課題でもあるオフ・ザ・ボールの動きに集中、「ディフェンスでチームに貢献する」と決めた通り、相手を押し戻すタックルを何度もした。
相手の強度について問うと、「南アフリカ戦で体感した強度と比べたら」という表現で、この日前に出られた理由を口にした。
スクラムについては、自分に矢印を向けた。相手の押しの強さを受けてしまっているのは、新しい顔が並ぶパックの中のコミュニケーションの影響も少なからずあるが、「3番で、いちばん経験もある自分が中心になって(日本のスクラムを)作っていかないといけない」とした。
ラインアウトを安定させたHO佐藤健次は、戦前から「スローイングとリフトの精度はそのまま、単調だったテンポや確保するエリアを見直したい」と言っていた通り、ディアンズ主将の「コールを信じてプレーしただけ」と言いながらも大きな前進を感じさせた。

ディフェンス面でも前戦とは違う強さを見せた。それについては、準備期間中の練習の成果とした。アイルランドの攻撃の傾向を頭に入れて日々を過ごした他、PR木原三四郎にフルでクラッシュしてもらい、練習から高い強度のプレーを受けることを繰り返した。結果、「いいイメージを持ったまま」試合に臨めた。
反省も忘れない。WTB長田がアウトサイドで前へ出た時、自分がクロスでボールをもらい、外へ走った場面があった。その後、倒され、相手にボールを奪われたシーンを振り返り、「もう数秒立っていられたらサポートも間に合ったはず」。
同じ失敗は、もうしない。
前半の戦い方をうまくリードしたSO李承信は、「先行されたものの前半は順目にいいテンポでアタックできていた」と振り返り、「自分たちのいい形でラグビーができていた」、「自分たちが求めているピクチャーだった」結果、7点差でハーフタイムを迎えられたという。
ただ、いいモメンタムでラインブレイクした時や22メートル内に侵入した時のプレーの精度については反省。もっと丁寧に、正確性、規律を高くプレーし、タイトなゲームのまま終盤に進まないとベスト4のチームには勝てないとした。
「もう少しのところまではきていると思います。チャンスは作れています。ただ、一つのパス、一つのオフロード(の失敗)でチャンスを手放している」
課題として受け止めるところは受け止めつつ、うまくできたことは自信にして次へ進むしかないと話した。
勝つプランを途中まで遂行できたが、「それを自分たちから手放した」感覚。「やっていることは間違いない」と司令塔は言う。
「テストマッチではやってきたことを信じてやるしかない。ジャパンのラグビーを信じ、自分の役割を遂行するだけ。自信をなくさず、しっかり前を見てやっていきたい」と言って、「ゲームを決める重要な局面で正しい判断をすることが大事」と、自分に課題を与えた。

7月12日のウェールズとの第2テスト以来の出場ながら、チームによくフィットしたプレーを見せたSH齋藤は、「テストマッチは数少ないチャンスをものにしないといけない」とあらためて言い、その点が顕著に出た試合だったと体感を話した。
チャンスは作るし、ゲインもするけどスコアできない試合を終えて、トゥールーズで揉まれるSHは、「チャンスの時は全員でスイッチを入れて取り切らないと」と言った。
PR竹内もその言葉同様、「ディフェンスの時は全員が集中し、一体感ある守りはできるようになってきたのに、チャンスの時に、同じようになれていない」とじれったさを口にした。
齋藤は試合後、「(チームを)よくするも、停滞するも、いまより落ちるのも選手次第」とみんなに話した。
自分たちのチーム。その意識は強くなっている。