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伝統ある両校の部歌『千代原頭』(千代の緑)と『北風』が、少し涼しくなったグラウンドに流れた。
高校生とOBたちの歌声には、そこにいる人たちの情熱と友情、絆が込められていた。
9月23日、上井草。福岡県立福岡高校が早稲田実業と試合をおこなった。
1924年創部。100周年記念事業のひとつとしておこなわれた関東遠征。9月21日の國學院久我山高校戦(7-57)に続いての試合だった。
結果は14-52。今回のツアーは2戦とも勝つことはできなかったものの、試合を見つめた人たちは福高(ふっこう)と親しまれる部の魂を見た。
原雅宜監督も、「負けましたが、タックルはしました」と話した。
試合はキックオフ直後の、早実のトライで始まった。
FL大庭謙伸主将は、その直後に仲間たちを集め、あらためて気合いを入れ直したという。
「そこからしばらく、しっかり戦えたのですが、相手の速いアタックに押され、流れを崩してしまいました」と悔やんだ。
前半は7-33。しかし、無数のタックルを赤黒のジャージーに見舞った。加古大樹レフリーは、「どちらが攻めているか分からないほどのタックルの応酬でした。近くにいて恐怖を感じました」と証言する。
終盤にはトライも返した。
主将は「最後まで諦めずにプレーしました」と、仲間たちと体を張り続けた時間だったことを伝えた。
100年継承されてきた伝統は守り続けられている。
2010年の第90回大会で花園の芝を踏んで以来、その晴れ舞台から遠ざかっているものの、全国大会に37回出場している福高(選抜大会にも1回出場)。優勝3回、準優勝3回、4強5回と、輝かしい歴史を誇っている。
日本代表選手も多く輩出している。
15人制日本代表のキャップホルダーは14人。同セブンズ代表に4人、女子15人制日本代表に2人。女子セブンズ代表に1人(永田花菜は東京五輪に出場)と、各カテゴリーでOB、OGたちが活躍してきた。
早実戦を見つめたOBたちの中には、8試合で代表主将を務め、日本ラグビー協会の会長も務めた森重隆さんの姿もあった。
試合後は緑の芝の上で交換会が開かれた。
冒頭のようにお互いに部歌をうたってエールを送り、健闘を称え合う時間もあった。そして、OBや当事者が話す言葉には、この縁を長く、大事にしていこうという願いが込められていた。
福高の豊山京一OB会長は、思い出に残る舞台を用意してもらったことへの謝意を伝え、「(早実と)花園で会うことを夢見て、なお精進していきたい」と話した。
早実OB会の西谷光宏会長も、「花園で試合できる日が来たらいいですね」と話し、花園予選を控える両チームの選手たちへ、「このメンバーで1試合でも多くやれるように頑張ってください」と言葉を送った。
原監督は、「1か月後の予選に向けて、本当にいい勉強になった」と、この日戦えたことを感謝した。
「3年生たちは、(この先の試合に)思いのすべてをぶつけてほしい」と話し、早実の選手たちに「これからも交流を続けていきましょう」と呼びかけた。
前日は食事会で交流を深めた。若者同士の縁が広げる世界は、きっと広い。
早実を率いる大谷寛ヘッドコーチは、食事会の際に福高の部員たちにこんな話をしたそうだ。
「私が知っている福岡高校のOB、先輩たちというのは、皆さん本当に気持ちが良くて、信頼でき、グラウンドで必ず味方をサポートし、タックルする方ばかり。自分たちがそういうラグビー部にいることに感謝してください」
同HCは、10年前に福岡遠征で戦った時は自分たちが64点を奪われ、1トライしか返せなかったことも話した。
「早実はその後、花園に3回行きました」と続け、やってやれないことはない、強敵が立ちはだかろうと絶対に勝てるチャンスはあると強調した。
この日はコンディションが整わず、試合を外から見つめることになった早実の山口滉太郎主将は、福岡の草ケ江ヤングラガーズでプレーをしていた。
試合では、かつての仲間たちがプレーしていた。
「昔の仲間とプレーできるのを楽しみにしていたのですが、残念です。でも、プレーを見られて良かった。早稲田でやりたい、とみんな言ってくれているので、大学で一緒にやるのが楽しみ」
福高の大庭主将は早大進学を熱望している。
「昔から憧れています。自分がやりたいラグビーをやっているチームです。(進学は)早稲田しか考えていません」と言葉に力が入っていた。
前日は秩父宮ラグビー場で早大×日体大を観戦し、早実の部員たちと交流し、上井草で戦った。
「ますます思いが強くなった」という主将は、「福高ラグビーとは、タックルと気持ちの入ったプレー」と言い切る男だ。
このチームでの活動も、受験勉強も、きっとやり切る。
試合を見つめていた早大4年の福高OB、安恒直人は、「伝統のタックルを見られて良かったです」と、後輩たちのプレーを愛でた。
「教育実習で指導した代ですから、思い入れがあります。昨日は試合を見てもらえました。全国区の有名な選手たちの中に入っても、自分たちが信じるタックルやフィジカルを信じてやれば通用する、と感じてもらえていたら嬉しいですね」
タックルせんやつはおらん、の伝統は、いつまでも続く。