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「感動が凄すぎて言葉が見つからない。オリンピックの金メダルを首にかけられるなんて! しかもスタッド・ド・フランスで、自国のサポーターの前で。とんでもなく嬉しい!」
パリオリンピックでフランス最初の金メダルとなっただけでなく、フランス7人制ラグビーにとって初の金メダルを獲得した直後のアントワンヌ・デュポンのコメントだ。
トゥールーズでの欧州チャンピオンズカップとトップ14優勝。さらに7人制代表でマドリードでのセブンズ・グランドファイナルで優勝したことに加え、今回のオリンピックでの金メダル。この2か月余りで4つ目の栄冠を勝ち取った。
オリンピックは、本人にとって未知の世界でのチャレンジだった。
「選手村の話は聞いていたけど、実際に行ってみると、オリンピックの空気や、愛国精神がひしひしと伝わってきた。ラグビーを代表しているだけではなく、フランスのスポーツを代表するのだと感じた」
オリンピック仕様で定員6万9000人となった試合会場のスタッド・ド・フランスは、初日から満員。多くのフランスのサポーターが、彼らのチームに熱い大声援を送った。
このスタジアムで15人制のフランス代表選手としてプレーし、8万人の観客を知っているデュポンにとっても特別だった。
「ここで試合をしたことはあるけど、こんなに熱い雰囲気を感じることは滅多にない。初戦からサポーターが本当に応援してくれているのが感じられた。だから僕たちは、フランス人であることを誇りに思ってもらいたかった。このオリンピックを最高の形でスタートさせ、他の競技のフランスチームもメダルを獲得できるようにエールを送りたかった」
チームに加わった最初の頃は不安があった。
「7人制代表の合宿の初日、『僕は何をしているんだろう? シックスネーションズに参加しないという選択は正しかったのだろうか?』との思いが頭をよぎった」と明かしている。
「このチームで自分をベストなレベルに持っていくため、多くの犠牲を払い、たくさん努力もしたけど、チームのみんなは、僕が居心地良く感じられるように助けてくれた。最初は自分の立ち位置さえ分からなくて、チームメイトに質問してばかりだった。彼らは一つひとつ丁寧に教えてくれた」
このグループの成長を見て、彼らとオリンピックで金メダルを獲るために戦いたいと希望したのはデュポン自身だ。
そのことも選手たちの心に響いただろう。
デュポンが加入する前から、このグループはワールドシリーズの表彰台常連国を脅かすまでに成長していた。
数年かけて築き上げてきたグループのポジティブなエネルギーを壊すことなく、デュポンのようなスター選手が加わるのは簡単なことではない。
しかしデュポンの謙虚さ、ヘッドコーチのジェローム・ダレットのきめ細かいマネージメント、そして「金メダルを獲るために」エゴを捨てた選手たちのチーム第一のスピリットがあったからこそ成功は訪れた。
「アントワンヌは敵から警戒されていた。ピッチに入った途端に敵にダメージを与える。相手が疲れ始めた時にアントワンヌが正面から向かって来るんだ。たまったもんじゃないだろう」
インパクト・プレイヤー『デュポン』の効果をそう証言するのは、チームメートのジャン=パスカル・バラクだ。
「彼のステータスだと傲慢になっても不思議はないだろうけど、彼はとても謙虚。落ち着いているし、決して『俺が、俺が』と出しゃばらない。自分から目立とうとするのではなく、彼の資質が彼を目立たせる」
バラクは、デュポンの人柄をそう描く。
そして決勝での最後のトライシーンを振り返る。
「彼に『ボールを取れ!』って言ったんだ。トト(デュポンのニックネーム)がこの大会最後のトライを決めればいいと思った。しかもモールを押し込んでトライだなんて信じられない!」
このトライは、その試合を最後に15人制に再び専念するデュポンへの『はなむけ』だった。
約半年間の短い期間だったが、すっかりチームメイトに愛された。
成功の陰には7人制代表チームとスタッド・トゥルーザンの協力体制があったことも忘れてはならない。
デュポンはトゥールーズでの練習のあと、7人制のためのトレーニングに励み、ランニングのトップスピードも上げた。
さらにトゥールーズでのシーズン終盤、決勝トーナメントで激しい試合が続いたにもかかわらず、十分な休息を与えられた。十分リフレッシュした状態で代表チームに合流できた。
だからこそ、オリンピックの舞台で活躍できた。
この金メダルは、7人制代表チームだけではなく、デュポンをリリースし、コンディション調整もしたスタッド・トゥルーザン、さらに今年のシックスネーションズでデュポンの不在を受け入れた15人制代表チームのための金メダルでもある。
デュポン自身も、どこかほっとしたように見える。
金メダル獲得で、昨年のワールドカップの傷は癒されたのだろうか?
「その傷は今もある。これからもずっとあるだろう。でも、切り替えて前に進まなくちゃいけない」とデュポンは話す。
前に進み、セブンズという新しい世界で、新しい友や指導者と出会った。新しい景色が見えた。
ラグビーという枠を越えた、新しい世界からも注目されるようになった。
その存在がどんどん大きくなっていく。
しかし彼のプレーからは、「ラグビー選手になれば毎日ラグビーをしていられる!」との思いがいまも感じられる。
少年の心は何も変わらない。