
Keyword
8月下旬開幕のワールドカップを控えた女子日本代表(以下、Sakura15)の最後の強化試合であるイタリア代表戦が8月9日(土)、イタリアで開催された。
試合早々に失点を許したSakura15だが、その後は粘りを見せた。スペースを活かしたトライやラインアウトモールなど持ち味を出す。
しかし相手の個々の力強いランナーにゲインを許し、リードを奪えないまま15−33で敗戦した。
今回も現役選手であり現在アイルランドで留学中の横浜TKMの小島碧優(みゆう)選手と協働でSakura15の戦いを振り返ってみたい。
今回は主に攻撃面を小島氏、防御面を宮尾が担当した。本番を前にしたそれぞれの成果と課題について考えてみたい。
【1】アタックの成果と課題
以下はイタリア代表戦のアタック関連スタッツである。(アメリカ協会HPより引用)

試合全体を通してイタリア代表がボールポゼッションを握り、攻撃権を優位に進める展開となった。日本代表の3トライに対し、イタリア代表は5トライを挙げた。それでもSakura15は、スペースを狙った効果的なキックや安定したセットプレーを起点に敵陣へ侵入し、スコアチャンスを創出していた。
キックメーターでは641メートルを記録し、イタリア代表のそれを大きく上回っている。
しかし細かなミスにより、作ったチャンスを活かしきれない場面も見られた。
今回は、敵陣侵入の機会を生んだスペースを狙ったキックと、敵陣エリアでの攻撃機会の損失に着目し、Sakura15の攻撃について分析する。
◆キックメーター641メートルが示すスペース攻略力。
Sakura15はスペースを的確に突くキックによって敵陣へ侵入し、攻撃機会を創出した。今回の試合でのキックメーターは641メートルに達し、イタリアの323メートルを大きく上回った。
これは日本が質の高いキックでスペースを狙い、相手にプレッシャーをかけ、イタリア防御の裏を突けていた証だ。スコアチャンスを作り出し、攻撃のリズムを生み出す大きな要因となった。
前半25分、イタリア代表のハンドリングエラーに⑦長田が素早く反応してボールを奪うと、⑨津久井がすぐさま裏のスペースへキック。チェイスラインも反応してプレッシャーをかけると、イタリア代表はすぐにタッチへ蹴り出した。
その結果、敵陣22m内でのマイボールラインアウトの機会を得た。
前半39分も、 自陣ハーフライン付近で好判断を見せる。ラインスピードを上げ、プレッシャーをかけてくるイタリアディフェンスの裏のスペースを見逃さなかった。⑩大塚が蹴った短いキックに合わせ、⑫弘津がチェイス。ボールを再獲得した。イタリア⑮のタックルを受けてラックを作ると、続いて⑨津久井が裏のスペースへ素早くキック。急いでカバーに戻ったイタリア⑮は、ボール処理の際にハンドリングエラーをする。この一連の攻撃が前半最後のトライを生む、スクラムからのアタック機会を創出した。
後半66分にも好キックからチャンスを作り出した。
Sakura15は、中盤エリアでフェイズを重ねて攻撃をしていた。イタリア代表のバックスリーの連携が乱れてできたスペースを見逃さず、㉒阿部が右奥にキック。イタリアディフェンスを背走させ、㉑向來がチェイスでも圧力をかけた。
最終的に相手をタッチラインへ押し出し、ゴール前5メートルのマイボールラインアウトを獲得。このチャンスを活かし、68分にドライビングモールでトライを奪った。

◆敵陣22メートルへの侵入6回。スコア率50パーセントに見る機会損失の課題
Sakura15は、自らのエラーによりスコアチャンスを逃す場面も見られた。
敵陣22メートル内への侵入はイタリアが9回、日本は6回にとどまり、そのうち3回がトライにつながった。また、この試合でのターンオーバー数は11回、そのうち10回がアタック開始から2フェイズ以内に発生しており、ボール保持が継続できずに攻撃権を手放すこととなった。攻撃の機会を失った場面に注目し、課題を分析していきたい。
前半20分、敵陣22メートルライン手前でのマイボールラインアウトから、日本は精度の高いリフトで確実にボールを獲得。まず⑩大塚のパスを受けたFWが中央にラックを形成すると、その後ブラインドサイドへのアタックを試みた。
しかし、FWとその裏に走り込んだ10番との連携が噛み合わず、孤立状態となったラックでノット・リリース・ザ・ボールの反則となり、攻撃権を失った。
この場面では、相手ディフェンスの圧力によるミスというよりも、ポジショニングやタイミングのわずかなズレにより生じたエラーだった。細かな部分を修正することで、攻撃チャンスを広げられる可能性が高い。
前半26分、好キックから得たゴール前5メートルのマイボールラインアウトの場面も惜しかった。日本は最後尾15メートル付近でのリフトと、難易度の高いサインを選択。しかし、イタリアディフェンスに競られボールを失った。
そこから自陣まで一気に運ばれ、最終的に28分の失トライにつながった。
ここでのサイン選択は、成功すれば優位に攻撃を進める狙いがあったと考えられるが、後方にはイタリアディフェンスが張っており、競られるリスクが高かった。
駆け引きの中でのサインチョイスだったと思う。まずボール獲得を優先して、攻撃チャンスをものにしたかった。
◆後半/46〜47分の場面
ゴール前5メートルのマイボールラインアウトからモールを組むも、崩れたラックからオープンサイドに展開後、ノックフォワードで攻撃権を失う。しかし、その後イタリアがタッチへ蹴り出したことで、攻撃権が再び日本に戻った場面。
続く敵陣22メートル手前のマイボールラインアウトでは、安定したリフトでボールを獲得した。しかしボールデリバリーが合わず、再びイタリアへボールを手放す結末となった。
この場面のラインアウトでは、レシーバーの位置に⑲櫻井が入り、モールやサインプレーの選択肢を持っていたと予測できるが、意思疎通にずれがあったように見受けられた。事前のコミュニケーションによって防げていたミスだった可能性が高い。
これらの課題は、相手の圧倒的な圧力に起因したというよりも、Sakura15自身の連携や細かなエラーが原因で生じたミスだった。ワールドカップ本番までの残りわずかな準備期間で十分修正することができるだろう。
今回のイタリア代表戦で示したスペース攻略力は、Sakura15の大きな強みとなる。細かなエラーを修正し、敵陣での攻撃機会を確実に得点へと結びつけることができれば、勝利の可能性は大きく高まる。
【2】ディフェンスの成果と課題
◆良かった点①/自陣22m内防御の粘り
前回のスペイン戦記事で触れた自陣22メートル内のディフェンス。今回は9回侵入され、そのうち5トライということで、55パーセントという数値自体はそれほど優秀とは言えない。
しかし試合内容を見てみると、粘りを見せて得点を許さず、ピンチを脱した場面もいくつか見られた。
【前半22分】イタリアボールのスクラム
相手の小さなキックから自陣22メートルに侵入を許し、迎えたイタリアボールスクラム。2フェイズ目のブレークダウンで⑧齊藤が見事なスティールを見せ、イタリアの追加点を許さなかった。
まず素晴らしかったのはスクラムからの1次防御での⑬古田のドミネートタックルだ。スピードを付けてきた相手の強力なランナーを低く、鋭いタックルで前進を許さなかった。
そして同時に、このブレークダウンで⑧齊藤がキャリアに絡み、ボール出しを遅らせた。齊藤はすぐ立ち上がり、前述したスティールを見せる。そしてそのスティールを引き出した④佐藤の渾身のタックルも見逃せない。

【後半33分】イタリアボールのスクラム
点数的には勝敗の趨勢はほぼ決まっていた場面で、Sakura15は粘り強かった。フィールド真ん中のスクラムから左に展開し、勢いよく走り込むイタリアのランナーにゲインを許してしまう。しかしSH㉒阿部のカバーと㉑向來らによってトライライン前でかろうじてタックル成功。ショートサイドでトドメを刺そうとするイタリアに、⑲櫻井や④佐藤らのトライセービングタックルでゴールラインを割らせなかった。
◆良かった点②/キックチェイス
これも前回でも触れたキックチェイス。今回はチェイスラインが前にプレッシャーをかけ、ドミネートタックルにつながるケースがいくつか見られた。
【前半38分】敵陣10メートル/22の間のラックから、⑩大塚のキック
キャプテン⑦長田が、相手キャリアを後退させた。味方を鼓舞し、勇気を与えるタックルだった。
自陣のスクラムから大きくゲインして敵陣に入ったあと、ラックから⑩大塚にボールを下げてのキック。チェイスが難しいところだった。しかし、長田をはじめ、しっかりうしろに返った⑬古田に加え、キックした⑩大塚も前に出た。相手22メートル付近まで前に出ることで、イタリアにプレッシャーを与えることができた。
【後半1分】ラックからの⑨津久井のキック
ハーフウェイライン上ラックからのキックに対し、横との連係を保ちながら前に出た。キックオフから一連のプレーが続く、体力的に苦しい場面。タックルを決めた④佐藤だけでなく、⑬古田やタッチライン際の⑤吉村らがフィールドの前後を地道に動き、相手にプレッシャーをかけ続けた。
ラックに参加していながらチェイスラインに参加し、スペースを埋めるスピードアップを見せた②公家のハードワークも効果的だった。
◆良かった点③/テリトリー
図1にあるとおり、試合全体ではSakura15は敵陣に56パーセントいた。地域的には優位にゲームを進められたのは、小島氏も指摘したスペースを狙ったキック精度の高さに加え、前述したキックチェイスの向上によるものも大きいだろう。
しかし時間帯別で見ると、特に第4クォーター(後半20分〜最後まで)で地域を前進できなかった。点差が開き、自陣からでも攻撃しないといけなくなったこともあるだろう。W杯初戦のアイルランド戦では、できるだけリードしたまま終盤を迎える展開に持ち込みたい。

◆課題/ダブルタックルのプレー結果
個々のサイズで優位性を保つのが難しいSakura15は、相手の強力ランナーを1人でなく複数で止めるいわゆるダブルタックルで応戦したい。
この試合ではそのダブルタックルの場面が99回見られた。この数値の多寡よりも、ダブルタックルによってSakura15のディフェンスがどうなったかが重要である。
もちろん、相手ボールを奪うターンオーバーを生じさせるのが理想であるが、そうでなくとも、フィジカルで優位に立つか(例えば相手キャリアーをコンタクト地点から後退させる)、その後のブレークダウンのボール出しを遅らせるなど、相手より多くの人数を費やす以上状況を好転させていきたい。

表2はダブルタックルのプレー結果である。ターンオーバー成功が5回あったのはポジティブである。しかしイタリアのボールキャリアーに食い込まれ、ゲインされるケースが半数を遙かに超えて66パーセントとなった。
さらに相手にゲインされて、早いボール出しを許したケースも30パーセント以上あった。またオフロードも数は少ないが、4回許している点も気になる。
ダブルタックルそのものはディフェンスのハードワークの賜物でありSakura15の強みと思う。2番目に入る選手がどれだけ効果的な仕事ができるかが重要になってくるだろう。
以上、今回はSakura15のW杯前最終テストマッチを取りあげた。
W杯初戦のアイルランド戦まで残り2週間弱。残り少ない日数、どのような点を課題としてアイルランドに臨んでいくのか興味深い。
Sakura15の挑戦がいよいよ始まる。
【PROFILE】
小島碧優/こじま・みゆう
2000年神奈川県生まれ。日体大から2022年に横浜TKM入団。ポジションは7人制ではFW、15人制ではFL。昨年度は主将と並行してチームの分析担当も務める。4月からアイルランドにラグビー留学、Railways Unionに所属。ラグビーは勿論、語学、アナリストスキルも学んでいる。

【PROFILE】
宮尾正彦/みやお・まさひこ
1971年10月12日、新潟県生まれ。2003年4月からトヨタ自動車ヴェルブリッツで、2013年4月からNEC グリーンロケッツでコーチ・分析スタッフを務め、日野レッドドルフィンズを経て、現在、東芝ブレイブルーパス東京でハイパフォーマンスアナリストとして活躍する。
