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パシフィックネーションズカップの日本代表の第2戦、アメリカ戦は2024年9月7日、熊谷ラグビー場で行われた。結果はご存じのとおり、日本代表が終始安定した試合運びで点差を広げて快勝した。
今回はこの試合を、①ラックスピード、そして②キックテニス(キックによる地域前進)の視点から振り返ることとしたい。
1)ラックスピードの全体像
ラック数では日本代表が73に対してアメリカ代表は69と大きな差は見られなかった(表1)。平均ラックスピードは日本が2.9秒に対してアメリカは3.5でアメリカが遅いということより日本の速さが素晴らしいといえる。
しかし2秒未満ラック数では日本の23回に対してアメリカも19回と、速いラック展開の数ではそれほど大きな差はみられなかった。総じて日本代表の「超速」ラックは今回の試合でも発揮されていたといえる。
以下に日本代表の攻撃が効果的だったケースをラックスピードとの関連で紹介する。
【1】前半2分ラインアウト
アメリカ陣22m付近日本代表のラインアウトからの攻撃。右に左とボールを動かす4回のラックスピードはそれぞれ1.2、1.6、1.4、2.4と速く、⑫マッカランがタッチライン際を大きくゲイン。アメリカのディフェンスはたまらず反則し、日本代表の先制点を生んだ。
防御の綻びを作るまでは至らなかったが素速い攻撃の連続で相手にプレッシャーをかけることができた。
【2】前半37分スクラム
アメリカ陣22m手前の日本代表左スクラムからの攻撃。5次攻撃で相手反則を得て、タップキックでさらに素速く仕掛け、最後は交代したばかりの⑯原田が右隅にトライした。
合計5つのラックのうち2秒未満は3回、平均で1.9と速くボールを動かした。これまでのテストマッチなら攻撃精度が落ちてくる時間帯だったが、相手を突き放す素晴らしい攻撃だった。
【3】後半18分キックオフ
相手にトライされ、7点差に詰め寄られたキックオフから。ディアンズ、ライリーが空中戦に勝利してボールを再獲得、そのまま連続攻撃を仕掛けた。相手陣22m内に入り、アメリカの反則を誘ってPGで加点した。
7回のラックの平均スピードは2.2、2秒未満は4回。タッチライン際で⑥コストリーの大ゲインなどアメリカ防御を翻弄した。
上記3つの攻撃はラックスピードが速くトライやPGなど結末もよかった。時間帯や点差としても試合の主導権を握り続けるために効果的だったといえる。
2)キック「テニス」の勝敗
今回初めて調べてみたこの項目。昨今ラグビーで見られるキックの応酬は「キックテニス」と揶揄され、ワールドラグビーはできるだけこのキックテニス状態の拮抗を破るようなルール改正を模索している。
観客としても特定の選手同士によるキックの応酬、そしてその真ん中で大男たちが右往左往する光景はあまり見たくないだろう。
とはいえこのキックテニス、できるだけ効率的に地域を前進したいという各チームの意図により、一定数行われているのが現実である。このキックテニスによって地域の前進が得られれば大きなチャンスにつながる。
今回調査したのは、このようなキックの応酬プレーを文字通りテニスと同様に捉え、その結末を再開プレーの位置や攻撃権ごとに以下の4つに分けて評価した。
まず、①【地域前進できて、さらにマイボールで再開する】という最も望む理想の結末、②【前進はできたが相手ボールでの始まり】、③【地域は後退するも、マイボール再開】。そして最悪なのが、④【地域も後退してしまい、相手ボール】だ。
それらを表2に表した。地域前進率で日本はアメリカを上回っただけでなく、地域前進を得た上にマイボール再開したケースが7対4、地域を後退して相手ボール再開となった「最悪」の結果が1対4と日本代表にとって良い結末で終わるケースが多かった。
以下に特徴的なプレー事象を5つ説明する。
【1】前半1分/アメリカのキックから
開始早々のプレーで、アメリカ代表SHのハイパントが少し長く、フィールド中央に飛んだ。これを捕球した⑮山沢が仕掛け、⑪ツイタマがラインブレイク、そこから一気にたたみかける。
最終的にトライにはならなかったが、アメリカが反則を犯し、日本代表は一気に相手ゴール前のラインアウトを得た。相手のキック精度のミスを見逃さず、積極的に仕掛けた日本代表の攻撃精度が際立った。
【2】前半18分/アメリカのキックから
アメリカ代表⑬が自陣22mから左足のキック。それをワンバウンドで捕球した山沢は右奥のスペースめがけ、絶妙なコントロールのキックを見せた。ボールは転々として、アメリカ⑨は蹴り出すしかなかった。山沢のキックしたボールを懸命に追い、キックチャージした⑭ナイカブラの献身的なプレーも光った。
自陣ゴール前から脱出しようと大きくキックしたアメリカ代表だったが、結果的に、再び自陣ゴール前に戻されしまう形になった。アメリカ代表のキック後のカバーが綻んだところを⑮山沢は見逃さなかった。事前のスカウティングの賜物ともいえよう。
【3】前半24分/日本のキックから
日本代表が自陣22m付近のラインアウトから攻めた。まず⑧マキシが縦に突進してラックを形成し、そこから⑩李のキック。これが素晴らしかった。
低い弾道のキックは少なくとも4回はバウンド。処理するアメリカ⑭が捕球したときにはアメリカ陣22m内、タッチで逃げ出すしか選べなかった。日本代表はおおよそ30mほど地域を前進して、さらにマイボールラインアウトを得た。
李のキックスキルの高さ、自陣でのラインアウトも含めた攻撃精度の高さが合宿での鍛錬の成果と思う。
【4】後半3分/アメリカのキックから
アメリカ代表⑨のキックから、最終的には⑬ライリーのトライでリードを大きく広げる局面。⑭ナイカブラが相手キックの捕球直後に激しいタックルを浴びるが、⑮山沢が素速くサポートに入り、ボールを確保する。⑫マッカランや⑧マキシらの戻りも早く、攻撃陣形を整備できた。
そして⑬ライリー。彼が十分な深さを保ったおかげで、少し乱れたボール運びも立て直すことができた。ライリーのランニングスキルの秀逸さはもちろんだが、そこに至るまでの彼の準備(ポジショニング)にも注目してほしい。
ボールに触れていないので目立ちにくいが、前のラックでチャージにいった⑦下川が大きくフィールドを横切り、ライリーの横に備えたおかげで相手防御の乱れを誘発できた。ただ単に早く返るだけでなく、精度も高かった。
個人技ばかりが注目されがちなシーンだが、全員の献身的なプレーが生んだトライといえる。
【5】後半28分/アメリカのキックから
ハーフウェイライン付近のアメリカボールのラインアウト。攻撃権が3回入れ替わる長いプレーのあと、日本代表が地域を前進させたシーンだ。
まずラインアウトからの攻撃でアメリカ⑩がハイパントを上げる。日本代表は直接捕球できなかったが、カバーリング人数が多かったためボールを確保し、㉑小山がハイパントを上げてプレッシャーをかける。
そしてアメリカ㉒がハイパントを上げ、捕球した⑩李から㉒立川へつなぐ。自陣でのボール保持で攻撃機会を見つけようとするなか、⑩李がアメリカの右後方にスペースを見つけてキックを選択。コントロールされたキックは、ワンバウンドしてタッチに出た。
相手ボールではあるが、最初のラインアウトからはおよそ20m前進でき、相手を自陣に釘付けにする非常に効果的なプレーとなった。
李のキックスキルの高さだけでなく、相手のラインアウトからの6次攻撃に対する堅牢な防御、キックされたときの処理、フィールド中盤でのボール保持の安定など、日本代表選手全員のプレー精度の高さを印象づけたシーンだった。
以上、今回はラックスピードとキック戦術の成否に注目した。
日本代表は素速い攻撃で得点を奪う一方で、パスやランだけでなく、キックを有効に使って試合の主導権を握り続けた。
それまでの「速さ」やパス、ラン一辺倒というより、時間帯とフィールドポジションを考慮してキックを交える効果的なプレーを遂行できた。
アメリカ代表FWのモール攻撃に苦戦する時間帯もあったが、総じて終始安定した試合運びができたのは、6月、7月のテストマッチでの苦い経験からチームとしての成熟度が増してきたためと推察する。9月15日のサモア戦も期待したい。
【PROFILE】
宮尾正彦/みやお・まさひこ
1971年10月12日、新潟県生まれ。新潟高校→筑波大。筑波大学ラグビー部FWコーチを経て、1997年から日本ラグビー協会強化推進本部テクニカル部門委員に。1999年のワールドカップに日本代表のテクニカルスタッフとして参加した。2003年4月からトヨタ自動車ヴェルブリッツで、2013年4月からNEC グリーンロケッツでコーチ・分析スタッフを務め、日野レッドドルフィンズを経て、現在、東芝ブレイブルーパス東京でハイパフォーマンスアナリストとして活躍する。2023年はU20日本代表のアナリストとして南アフリカでのU20チャンピオンシップに参加。日本ラグビーフットボール協会S級コーチ。ワールドラグビーレベル3コーチ。オーストラリアラグビー協会レベル4コーチ。