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【日本代表欧州4連戦を追っかける/DIARY②】JPN 7-61 SA。見たかったものは見られず。でも、得たいものは得た。
この日、2番のジャージーを着てプレーしたHO佐藤健次。思い切ったボールキャリーで前に出た。(撮影/松本かおり)
2025.11.03
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【日本代表欧州4連戦を追っかける/DIARY②】JPN 7-61 SA。見たかったものは見られず。でも、得たいものは得た。

田村一博

「見たかったものは見られず」とは、勝利であり、キックオフから全開で、先手を取りにいく果敢さ。
「得たいものは得た」のは日本代表であり、選手たちだ。

 2015年に開催されたワールドカップで、赤白のジャージーがグリーンの巨人を34-32と破った日から10年。11月1日にロンドン北部のウェンブリースタジアムでおこなわれた日本×南アフリカは、その結果に世界がふたたび衝撃を受けることはなかった。

 日本は用意してきた勝利へのプランを遂行することはできなかったが、世界一チームの強度、スピード、スキルとチーム力を体感し、自分たちとの距離感を知ることができた。
 ファイナルスコアは7-61。トライは1対8だった。

 9万人収容の巨大スタジアムは2階と3階の層が封鎖され、1階席の観客は2万3243人。南アフリカを応援する声が最初から最後まで大きかった。
 日本のファンは、選手たちの口から出る言葉が未来を明るくする。絶対にそれがチームを向上させる。
 そう信じるしかない。

◆タップボールからセットプレーのように攻めた。


 16時10分のキックオフ。
 先制パンチを出すのが日本勝利の必須条件とも思われたが、先手は、南アフリカに譲った。
 キックオフから僅か4分後のこと。日本はリーチ マイケルのハイタックルからPKで自陣深くに入られ、ラインアウト後のモールを一気に押し切られた。

 試合の直前から降り始めた雨はキックオフ時に強くなり、終盤まで降り続く。その影響により、互いにハンドリングエラーも目立った。

キックボールを南アフリカWTBカート=リー・アレンゼ(右)と競り合うWTB石田吉平。(撮影/松本かおり)


 そんな天候にも関わらず異次元のプレーを見せたのが南アフリカのSOサーシャ・ファインバーグ・ムゴメズル(以下、サーシャ)だった。

 チーム2つ目と3つ目のトライを挙げたのはこの人。前半13分前のものは、自らのハイパントを追い、SO李承信と競り合う。こぼれ球を拾い、インゴールに駆け込んだ。
 17分には走った。圧力をかけたスクラムからフェーズを重ねる中でボールを手にした背番号10は、ディフェンスラインの凸凹を見逃さず走り、ディフェンダーを抜き去った。
 後半14分までにチームの33得点中16得点を自分で挙げてピッチから離れた。

 日本はフィールドプレーの接点ではよくタックルし、パワーによって防御が崩壊することはなかった。しかし、セットプレーで苦戦し、空中戦では完敗だった。

 特に南アフリカボールのスクラムでは圧力を受けてペナルティを取られることも多かった。3番の竹内柊平は、自分たちが組みたいスクラムを組んだが、それでもプレッシャーを受けてペナルティを取られたと話した。
「悔しすぎて頭の中がまとまらない」としながらも、「自分たちのスタンダードを(もっと)上げないといけない」と感じた。

「ファーストスクラムでの僕のヘッドアップから(レフリーの)印象が悪くなって、どんどん後手に回ってしまいました」
 結果、自分たちのスクラムが変わっていった。強力な圧力を受けて迷いが生じた。

 空中戦はNO8リーチ マイケルがキック処理エリアにポジショニングするようになってから以前より安定感は増した。他の選手の獲得回数や、自陣側へタップしてボールを落とせることも増えた。
 しかし、日本側がクリーンキャッチできなかったプレーが南アフリカ側の得点に結びつくことが何度もあった。

 前半13分のサーシャのトライは前述のようにキックボールへの競り合いの結果が失点に直結。サーシャの2トライ目の起点、スクラムは、キック処理時のノックフォワードから組まれたものだった。

前半29分(スコアは0-19)、敵陣22メートルライン手前付近で得たPK機。自身の判断で速攻を仕掛け、タックルを受けてノックフォワードと好機を逃したPR竹内柊平。「(仲間との)コネクションを切ったダメなプレーでした」と反省。(撮影/松本かおり)


 後半17分のWTBカート=リー・アレンゼのトライも、南アフリカが蹴ったハイボールの競り合い後、日本が後方にタップしたボールをアレンゼが拾い、走ったもの。
 27分にはSO李のキックが相手へのチャンスボールとなってしまい、FBチェスリン・コルビのビッグゲイン+キックで、再びアレンゼがトライスコアラーとなる。

 後半39分にも、SOの位置に入っていたサム・グリーンのキックに合わせてWTB石田吉平が走り、ジャンプキャッチを試みるも相手に奪われ、一気に攻め切られた(トライはCTBジェシー・クリエル)。
 得点シーンだけでなく、南アフリカが日本とのキックボールでの競り合いからこぼれたボールを手にして、そこから攻勢に出ることが何度もあった。

 自分たちと違い、空中戦を機に主導権をつかむ南アフリカについてリーチは、「タップボールからのアタックはセットプレーのようだった」と表現した。
 深い緑のジャージーの男たちは、タップボールを手にすると必ずそのまま前へ。ディフェンスを下げておいて全員で攻め上がる。
「ブラウニーに聞いたら(相手コーチのトニー・ブラウン)、まずパンチ。そこから返す(攻めに転じる)、と」
 それがゲームプランの一部になっているようだった。

 FB矢崎由高は、相手が空中戦に強いと分かっていることを前提に準備をして試合に臨んだとし、「バック スリーとしてベストはクリーンキャッチすることですが、毎回それができるとは思っていなかったですし、現実として、きょうもそうなった」と振り返った。

 キックボールを競り合った後のセカンドボールについては、「全員でリアクションしようと言って後半に入りました」。しかし、うまくいかなかった。
「全員でコミュニケーションをしっかり取り、誰が(セカンド)ボールをプロテクトするのか、っていうことを試合中にもっと改善していかなければいけなかったな、と思います」

南アフリカのファンはキックオフから大きな声援を送り続けた。(撮影/松本かおり)

◆2015 NEVER AGAIN!


 前半0-26だった試合は、空中戦での劣勢が次々に失点につながり、後半はさらに差が広がった。
 その中で後半12分、日本唯一のトライを挙げたのが矢崎だった。敵陣深く、右サイドでのFKから9フェーズを重ねた後に得たPKから速攻を仕掛け、ゴールポスト左に飛び込んだ。

 直前に多くのパスと多くのランナーをつぎ込んで攻め立てた流れも含め、超速ラグビーの一端で挙げたと言っていいそのトライを振り返り、矢崎はこう話した。
「僕たちが強豪と戦って勝つためには、おそらく大差ではなく、ロースコアのゲームを制していかないと勝てないと思います。そして、相手が強くなればなるほどスキは本当に少ない。だから、僅かにできるスキをどれだけ全員で、同じ絵を見て、攻められるかが本当に大事になってくると思います」

 自分たちのアタックの根幹は、それぞれの頭の中に入ってきた実感はある。だからこそその先、瞬間的に見えるチャンスも全員で共有できるように「研ぎ澄ましていかないといけない」と続けた。

後半12分にPKから速攻を仕掛けてチーム唯一のトライを挙げたFB矢崎由高。(撮影/松本かおり)


 多くの南アフリカファンが足を運んだスタンドには『2015 NEVER AGAIN!』と書いたボードを持っている人もいた。
 10年前の衝撃は多くの人たちの記憶から消えない。それだけに、世界王者のファンは一方的な試合内容にも関わらず盛り上がっていた。

 エディー・ジョーンズ ヘッドコーチ(以下、HC)は試合後、つとめて平静を装っていた。
 この試合でワールドランキング1位の南アフリカと13位の日本の間にある「差が明らかになった」とした指揮官は、「このような(大敗の)経験は若手としては避けたいものでしょうが、同時に必要なものでもある。この差をしっかりと自覚することが大事」。そして、次週のアイルランド戦に向け、「しっかりと気持ちを奮い立たせて準備していく」と続けた。

 劣勢の中でネガティブな状況が続き、自分たちの展開に持ち込めなかったと指摘した。
 空中戦の評価は「完敗。スキルだけではなく、戦術面でも未熟」。キックそのものの精度、キャッチングの技術、そして攻め方と、すべての面で力不足と指摘し、「上達するためにはやり続けないといけない」と言った。

 ジョーンズHCはキッキングゲームの未熟さについて話すとき、必ず「日本(国内の試合)ではキックを使って競ったり、コンテストするようなプレー、ラグビーがおこなわれていないから」と言う。この日も同様で、「それ(その影響)が顕著に表れてしまった」とした。

 それは事実にしても、HC自身がやりたいラグビーを体現してくれると信じる選手たちを選んでいるのだから、国内ラグビーの傾向のせいにはしないでほしい。

 また、以前から気になっていたのは、この南アフリカ戦の位置付けだ。今回の試合の実施が確定する前、噂レベルで囁かれているとき、世界のベストチームと戦うことについて、「多くのことを学べる、これ以上の機会はない」と言っていた。

「チームは間違いなく強くなっているし、成長しています。こういった(南アフリカ戦のような)経験を経て、さらに磨き上げていきたい。世界のベストチームに対して自分たちの力を試す。課題を見つける。そして、それに挑んでいく」と話したFLベン・ガンター。「すべてはうまくいかなかったかもしれませんが、自分たちから挑めた、果敢にいけたことに関しては誇らしく思えます」。(撮影/松本かおり)


 また、「(そんな相手と対峙すれば)時間もスペースもない。フィジカル的にも圧倒されるのは分かっています。そういう環境でプレーしないと経験できないものがある。実現するなら素晴らしいチャンス。世界のベストのチームに対して、自分たちの現状を把握するいい機会。彼らはパワーゲームを新しいレベルまで引き上げています。我々は真逆のことをしないといけない。違うスタイルがぶつかり合う試合になる」とも。

 負けず嫌い。勝負師だ。選手たちが経験を得ることばかりが目的ではなく、勝つための準備も重ねていただろう。
 ただ試合での実際のプレーも含め、用意したプレーで相手を崩そうとすることはあっても、先に手を出し続ける展開は見られなかった。

◆この試合を戦えてよかった。


 この日、見たいものが見られなかったと感じたのは、試合展開、スコアの動き、そして結果に、戦前にぼんやりと思い浮かべていたものとあまり差がなく、驚きがなかったからだと思う。

 勝つために準備してきたことを出させてもらえなかったのが事実だとは思う。
 ただ敗戦後、日本国内の選手育成システムの不備や、キャップ数の少ない選手たちで戦っていることも敗戦の遠因とあらためて話すのは、海外記者向けとはいえ聞きたくない。
 試合の勝因や敗因は、その日のパフォーマンスをもとに話す状況のチームに早くなってほしい。

 2015年に対戦した南アフリカとはまた違う、未体験ゾーンと言っていいレベルの強さを体感した選手たちは、いまできることをすべて出して戦っていた。
 だから、その体感がチームの未来と自身の成長につながる。

 LOワーナー・ディアンズ主将は、接点で感じた相手の強力なフィジカル面の強さを認めながらも、キャリーに対してのタックルなど、シンプルに強さで勝負してくるプレーには 対応できたと体感を伝えた。
 ただ、空中戦への対応力不足や、圧力を受けて反則を重ねたスクラムや、直接失点に結びついたラインアウト、モールについては、「こちらがラインアウトにプレッシャーをかけられていないから、強いモールを組まれた」と反省し、さらなる強化が必要とした。

試合後、南アフリカのFLシヤ・コリシ主将(背番号6)と抱き合うリーチ・マイケル。(撮影/松本かおり)


 リーチは、「ワールドカップ 2 年前に世界一と試合をして、チームのスタンダードがこれからワンランク引き上げられる。接点の強さ、勝負強さは、これまでの試合と(レベルが)違いました。この試合ができて良かった」と話し、次週のアイルランド戦へ向けて「たくさん出た課題を直し、来週に向けてどんどんレベルアップしたい」。さらに、「世界一と戦ったのだから、(このツアーの)アイルランド、ウェールズ、ジョージアとの試合には自信をもってやれる」と前向きだった。

 前戦からの移動などもあり、強度の強い試合を迎えるまでの1週間の準備の中で、そこにフォーカスした練習をあまりできなかったと悔やむも、その経験も今後に活かし、試合までの日々を改善していきたいともいう。

 ジョーンズHCは接点での2人目の寄りが全体的に遅かったことについて、各局面での劣勢の影響で、一人ひとりが次の仕事に向かうのが遅れていたのではないかと指摘していた。
 その点についてリーチは、ボールキャリアーがもっと立ってファイトすることが大事と言った。

 何も通用しなかったわけではない。はやくボールを動かした時のアタックは通用していたし、スクラムも、マイボールで組んだときにはちゃんと出せていた。
「課題も多く出ましたが、より良くできる部分を探していきたいですね」

 世界一のチームと、現在の若い日本代表の力の差について、「超離れていたかというと、そうでもなかった」と言った。
 みんなが思っているほどではない。戦前に予想していたより、大きな差ではなかったということだろう。

 2015年にブライトンで輝き、91キャップを積み重ね、この日も10回のボールキャリー、15タックルと相手に体をぶつけ続けた人の言葉に重みが増す戦いを、まずアイルランド戦で見たい。

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