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【楕円球大言葉】走れヒース。
上智大学FB、前畑大陸ヒース。公文国際高校出身の2年生。(撮影/松本かおり)

【楕円球大言葉】走れヒース。

藤島大

 チャンス。つい思ってしまう。秋がやってきて、関東の大学のシーズンは進み、ふと「A」や「1部」の公式戦の組まれない日曜がある。10月19日がそうだった。

 そこで中央線の吉祥寺へ。対抗戦B。成蹊大学がみずからのグラウンドに上智大学を迎える。
 
 余談。駅前から直行の臨時バスが出た。試合のためではなく、キャンパスがなんらかの試験会場になっているらしい。通常の停留所を発車するので、事情をわからずに乗る人もいた。
「成蹊学園前」が近づいても停車の気配は薄い。もとより終点だからだ。その女性はたまらず大きな声を発した。「降ります。成蹊で降ります」。すぐに自分の間違いに気づく。

 そのとき。こみ合う車中のみんなが、どう書くのか、優しかった。ひとりとして冷笑したり顔に目をやったりしない。「仕方がない。わたしだって同じことをする。臨時バスなのだから」。そんな感じ。品がいいのだ。これだけでよき週末だ。

 さてキックオフ。成蹊はしっかりと押して当たり、複雑を避けて簡潔に攻め続けた。アタックの仕掛けに力感がある。81-7(前半31-0)。リードをぐんぐん広げても、7番の青木梨駒(國學院栃木)の壁を壊すような突進など、いわゆる「痛いプレー」をやめない。だから攻守は引き締まった。

成蹊大はこの日、上智大に大勝。今季の成績を4戦全勝とした。(撮影/松本かおり)


 開始前の雨に湿る席。観客として見つめて、つい負けてる側に心は傾く。どうしたら勝機を得られるか。「ひとりコーチ」のつもりの脳内が波打つ。
 
 そのチームにはそのチームの目標と計画と過程が存在する。格上に泥臭く一発勝負を企てるのか。同格に部員の心のわきたつスタイルで必ず勝つのか。いずれを重くとらえるかで強化の道筋も変わる。
 
 観客席の「ひとりコーチ」の特権はそれらをよけて、いま、このゲームのみを思考の対象とできることだ。

 上智は開幕より3連敗。挑む立場だ。闘争心は切れず、ひとつずつのタックルは通用する。たまに攻めるとゲインはできた。ただスクラムに苦しみ、細かな反則はやまず、トライを奪えるエリアで能力を発揮できない。実りの薄い陣地のファイトに燃えてはいるのに消耗してしまう。

 さあ、どうする。まずはキックで敵陣侵入だろう。ただし本日はただ蹴り合うと押し込まれる。成蹊の10番、菊本有真(崇徳)の長い長いリターンが待っているからだ。

 さあ、さあ、どうする。カウンターのランしかあるまい。
 栗色のジャージィ、上智の15番、前畑大陸ヒース(公文国際)が走るべきだ。179㎝、75㎏の2年。両脚のそろうような体勢になっても際立つ速度にたちまち移る(サンゴリアスの松島幸太朗のごとし)。少なくともひとりは外し、チェイスが薄ければ、置き去りにできる。10月5日、19-57の明治学院大学戦でも2トライを挙げた。

「走れヒース」。計8度は発声した事実を白状したい。キックも悪くない。ひざ下をコンパクトに振り抜けば、ちゃんと遠くへ届く。しかし、そうしただけでは形勢不利を打開できない。

パスをもらいにいく上智大学FB、前畑大陸ヒース。好ランナー。(撮影/松本かおり)


 こんなにスプリント力があるのだ。テニスのロブの応酬に付き合うな。走れヒース! もちろん成蹊のチェイスがのろくて凸凹なはずもない。しかも「前畑大陸ヒースを警戒せよ」は各校の上智攻略ノートの冒頭に記される。

 そうであっても駆け抜けよう。鋭角のステップを繰り出そう。とことん前へ。 
 以下はコーチング「論」というより「考」である。「ひとりコーチ」の考えはこうだ。

 フルバックは原則、キックを捕ったらラン。まずチームで決定する。なるだけ左右タッチラインの真ん中のあたりをめがけて。
 仲間はあらかじめわかっている。迷わずに戻り、反則をせずにブレイクダウン(ラック)の球を乗り越える。その鍛練を重ねておく。自陣中央部ラックの左右にアタック要員が速やかに位置する。クイックの球出しなら展開で穴はあく。停滞したり、ぎりぎりの供給であれば、そこから、たとえば10番がプラン通りの角度に蹴る。追う角度や人員配置を練り上げ、キック往復でのさらなる「走れヒース」をトレーニングで詰めておく。

 挑戦者こそ「出発点」で先手を取る。この場合は「わが15番はカウンター攻撃」がそれだ。
 あるときは蹴り、あるときは走り、と、そのつどその場でプレーを選ぶと、他の14人の意識は拡散する。攻防が広い野原に放り出されてしまう。すると地力のまま決着する。

 当然、あまりにも鋭い防御の出足に囲まれそうならキックを用いる。そのことは、ただ判断するのとは違う。「原則→判断」の流れ。ボールの言いなりにならず、あくまでも走るか蹴るかの主導権はこちらが握る。

 上智の両ロック、3年の辻本健(郁文館)、2年の松山玄篤(甲南)は身長はそれぞれ190㎝と189㎝にも届いた。ちなみに10月12日の帝京大学(対青山学院大学)の4番と5番は185㎝と182㎝である。

 わずかであれ継続が詰まれば、へっちゃらでゴロのキックをタッチの外へ。相手投入ラインアウト。四谷のツインタワーは前方に構え、指の先まで腕を空へ上げて、投入空間をさえぎる。あるいはソフィア・ユニバーシティーの英知を結集して、対戦校の暗号や動作を解読・解析、高さで圧力をかける。

この日で開幕4連敗となった上智大。それぞれのプレーを勝利につなげたい。(撮影/松本かおり)


 すべては想像に過ぎない。上智はここから学習院大学、一橋大学、成城大学との主観的には「必勝」の連戦に臨む。そこにおいては現行のシステム、心構え、方法が大いにものをいう可能性は十分にある。本当だ。
 
 ただ限られた部員数や練習環境で難敵(成蹊クラス)を倒すには「原則ありき」を棄ててはならない。ある命題(走れヒース)があって、次の命題(自陣で左右に大きく攻撃スペースをつくる)につながり、実現のための命題(戻りのラック確保・パスとキックともに対応できる攻撃の構えと反応の身体化)も定まる。

 帰りも直行バス。到着後、気がつくと同好の友と大衆中華料理店にいた。焼売がうまい。瓶のビールを干すうちに理屈はだんだん泡と化す。まじめに「上智の生き方」を考察したつもりではあった。でも、結局、前畑大陸ヒースの走り、送信メールがピュッと消えるみたいな加速を見たかった。この先ももっと見たい。それでいいのだ。




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