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【強くなって帰ってくる】アントワンヌ・デュポン、負傷からの進化。
2024-25シーズンのトップ14で優勝が決まった直後、目を潤ませて喜ぶデュポン。(Getty Images)

【強くなって帰ってくる】アントワンヌ・デュポン、負傷からの進化。

福本美由紀

 3月に膝の靭帯を負傷し、グラウンドを離れているアントワンヌ・デュポンだが、リハビリ期間中もさまざまなメディアの注目を集めている。カンヌ映画祭のレッドカーペットを歩き、モナコのF1グランプリやテニスのフレンチオープン、また、アンバサダーを務めるルイ・ヴィトンのショーにも姿を見せた。

 さらに、フランスパビリオンのアンバサダーとして関西万博を訪問。万博会場から中継でフランスのテレビ視聴者に向けて「万博ではフランスのノウハウ、文化、そして求められるレベルの厳しさが本当に前面に押し出されており、ここ日本でも非常に称賛されています。美意識と完璧さの追求は、僕自身が大切にしている価値観であり、日本でも非常に大切にされているものだと感じています。皆さま、良い国民の祝日をお過ごしください。フランス万歳、良いパリ祭を。そして、グラウンドでまたすぐにお会いしましょう」とメッセージを送った。

 デュポンは、7月14日の朝に来日し、昼食の後、万博を訪問。翌日には大阪中之島美術館でルイ・ヴィトンの「ビジョナリー・ジャーニー展」のオープニングイベントに出席。5日間の滞在期間は超過密スケジュールで、甲子園球場で野球観戦、京都で刀鍛冶を見学したり、眞名井神社でおみくじを引いたり、東京を観光したりした。さらに、把握しているだけでも3件のインタビューをこなしている。

 そのうちの一つであるレキップのインタビューで、従来のスポーツメディアのインタビューにあまり応じず、意外なメディアに登場することが増えた理由を問われると、「自分のキャリアについて何度も話すのは、正直に言うと…飽きたわけではないのですが、もう話すことがあまりないように感じるからです。誰もが僕のことをもうほとんど知っている気がして。だから、少し違う分野のメディアに出る方が刺激的だし、普段と違う受け手に出会うことで、新しい世界に触れることができます。時にはあまり気が進まないこともありますが、いつもそこから何かを学び、成長することができます」と答えた。

 そういうデュポンが7月に出演したフランスのラジオ番組「プラトンの太陽の下で(Sous le soleil de Platon)」は、スポーツ選手や芸術家、科学者など様々な分野のゲストを招き、彼らの言葉や経験から、人生、倫理、社会といった普遍的なテーマについて深く掘り下げていくのが、この番組のスタイルで、確かにこれまでのスポーツメディアとは異なった切り口でデュポンの思考の過程に光が当てられている。

日本滞在を楽しんだ。プロ野球観戦にバッティングセンターも。本人のInstagramより。


 この番組で、デュポンは「最も優れたチーム」は「最も適応能力が高いチーム」だと語った。試合中、予期せぬことは必ず起こるため、勝利するチームは、相手や天候、スタジアムの雰囲気といった状況に適応できるチームだという。これらすべてに適応できる能力が必要であり、それが最も難しいことだとし、対応策を増やすために厳しいトレーニングと、変化をつけた練習を積んでいると述べた。

 フランス代表が再び勝利できるようになったのも、彼らが「両生類のように」状況に適応できるようになったからであり、トゥールーズも同じで、必ずしも美しいとは言えない「汚い勝ち方」も知っている必要があると付け加えた。

 素早い判断力は、トレーニングと実戦経験の賜物だという。デュポンは、試合中の状況やシナリオを想定した練習を繰り返し、目の前で何が起こっているか、予期できないことにどう対応するか、最善の答えを探すことで、本番で自分を信じ、適切な決断を下す自信が持てるようになると語った。
 デュポンは22歳の時、トゥールーズでコーチからキャプテンを打診された際、「マジですか? しなきゃいけない?」と答えた。その役割は自分に合っていると思えず、グラウンドでボールを持ってプレーすることだけを望んでいたという。

「でもSHというポジションには、プレーの中心を担うリーダーシップが求められる。ゲームをコントロールする以上、チーム全体を引っ張り、皆に耳を傾けてもらい、チームを導くリーダーシップが不可欠で、僕がそれまであまり磨いてこなかった部分だった。コーチは、それが選手としても僕を成長させてくれると分かっていて、僕をこの役割へと少しずつ導いてくれました」

 試合や経験、タイトルを重ねるうちにこの役割に順応していき、フランス代表でキャプテンになった時には、その役割を担う準備ができていると感じていたため受け入れたと語った。

 2年前にフランス代表のファビアン・ガルチエ ヘッドコーチ(HC)もこの番組に出演しており、素晴らしいチームとは、才能を足し合わせただけでなく、それ以上の「神秘的なもの」が生まれるチームだと定義した。

 デュポンもこれに同意し、それは選手たちが一体感を見出せた時に生まれると語った。技術や戦術は練習できるが、チームが必要な時にプラスアルファの努力を生み出す力は、数値化が難しく、最も生み出すのが難しい部分だと述べた。デュポンは、素晴らしいチームの定義を、勝利とパフォーマンスという目標を前提に、「グラウンドの外でも中でも、非常に良い関係を築けているチーム」だと語った。

 また、フランスの哲学者ミッシェル・セールは、ボールはパスされるたびにチーム内の信頼関係や意思疎通といった目に見えない人間関係を可視化する「関係性の軌跡」だと表現し、「パスが多ければ多いほど、チームはより機能し、チームが存在する意義も高まる」と定義した。

 デュポンも「紙の上では劣っていたり、フィジカルが弱かったりするチームでも、常にボールを動かすゲーム、パスをつなぐ能力と意欲で、チームメイトを輝かせ、信じられないような結果を出すことができる」と同意しつつも、矛盾もあると指摘した。世界最強の南アフリカ代表は、おそらく最もパスが少ないチームだが、非常に高いパフォーマンスを発揮しているという。デュポンは、セール氏の定義するラグビーは「フレンチ・フレア」を特徴づけるものかもしれないと述べた。

 司会者から、南アフリカのプレーは「集団的ではない」ということかという問いかけに対し、デュポンは「彼らはパスに一体感を見出すのではなく、マインドセットに見出している」と応じ、ディフェンスを突破されても、15人全員が全力で戻って仲間をカバーしようとすると説明した。

 司会者が「チームとしての一体感には、いくつかの方法があるということですね」と問うと、デュポンは「セール氏が定義するラグビーは最も美しく、僕たちが見たいと思うものです。でも、ディフェンスで身を粉にして戦い、決して諦めず、すべてのコンタクトゾーンで奮闘するチームも、見る人を感動させます。それはボールがない状態での、もう一つの集団的な努力なのです」と語った。

「あなたはエゴを前面に出すタイプではないと感じますが」と問われると、デュポンは「僕にもエゴはあります。競技者として、トップレベルの選手であるためには、エゴが必要です」と認めた。一方で、昔から集団の中で自分をアピールしたり、みんなの前で話したり、先頭に立って号令をかけたりするのは好きではなかったという。ただ、自分の思い通りに進まないとイライラし、最前列ではなく、うしろから、みんなにガミガミと口うるさく指示を出すタイプだったことを明かす。

「人生において何に恐怖を感じるか?」という問いには、「大切な人を失うこと」だと答えた。この答から、昨年彼が出演した、「ル・パポタンの出会い(Les rencontres du Papotin)」というテレビ番組を思い出した。

 自閉症スペクトラム症を抱える若者たちが編集する新聞「ル・パポタン(Le Papotin)」の記者たちが、著名人に対してインタビューをおこなう形式で、彼らが投げかける質問は、飾り気がなく、ダイレクトで、予期せぬものになることもある。この率直さが、普段はメディアで語られることのないゲストの真実の姿を引き出し、感動を与えている。

 この番組で、デュポンは「僕の父さんは昨年亡くなったんだ。8年間、植物状態だった」と告白したのだ。

RWC2023時のデュポン。常に大きな重圧の中で結果を求められる人。内面の進化を怠らない。(撮影/松本かおり)


 一方、「グラウンドでは、不思議なことに、怖いと感じることはずっと少ない」とし、「あるとすれば、人々を失望させることでしょうか」と語った。自分自身や周囲の人々が一定のレベルに慣れてしまうと、失望させたくないという気持ちが生まれるという。

 最も辛かった敗北は2つあると言う。
 一つは16、17歳の時のこと。オーシュという小さなクラブのジュニアチームで仲間と共に強豪クラブを倒して決勝まで勝ち進んだものの、最後のプレーでトライが認められず敗北した。当時それが彼にとっての「ワールドカップ」だったと表現し、仲間との絆を大切にしてきた彼にとって、翌年チームを離れることが決まっていたことも重なり、乗り越えるのが非常に辛かったという。

 もう一つは、2023年のワールドカップ準々決勝(対 南アフリカ)での敗北だ。自国開催は一生に一度のことで、最後まで勝ち進めるポテンシャルがあったにもかかわらず、1点差で敗れ、「僕たち全員に傷あとを残した」と語った。

 ガルチエHCからのリクエストで、「ラグビーを感情に例えると?」と問われたデュポンは「安心感」と答えた。

「人々は驚くかもしれませんが、僕は仲間と一緒にいるとき、彼らを頼りにでき、彼らも僕を頼りにできると分かっているときに、心地よいと感じます。皆が一緒で、団結していれば、何も恐れることはないと思える、そんな安心感を与えてくれます」と語った。

 デュポンの復帰は11月と見込まれており、フランスは南アフリカとの対戦が予定されている。これは前出の、2023年ワールドカップで戦った試合のリベンジマッチとなるが、デュポンはこの試合には出場しないことを決めている。レキップのインタビューで「無理に急ぐのが賢明だとは思えない」と語り、キャリアはまだ数年残っており、2つしかない膝の片方はすでにかなり傷んでいるため、大切にケアする必要があると述べた。

 2018年に同じ右膝の靱帯の手術を受けた後は焦燥感が滲み出ていたが、今回はゆとりを感じさせる。

「多くのことを経験させてもらい、とても濃密で、激しく、時には非常に疲れるシーズンも乗り越えてきた。だから、今回の負傷を、休息と、普段とは違うアプローチで自分を鍛えるための機会だと捉えるようにしている。そのために、急いで復帰するよりも、時間をかけて治すことを選んだ」という。

 時間をかけて、さらにバージョンアップしてグラウンドに帰ってきてくれそうだ。仲間の試合をスタンドから見ながら、感じたこと、気づいたこともあるだろう。それらが、復帰後の彼のプレーにどのように反映されるのか見るのを楽しみに待とう。

【プロフィール】
福本美由紀/ふくもと・みゆき
関学大ラグビー部OBの父、実弟に慶大-神戸製鋼でPRとして活躍した正幸さん。学生時代からファッションに興味があり、働きながらフランス語を独学。リヨンに語学留学した後に、大阪のフランス総領事館、エルメスで働いた。エディー・ジョーンズ監督下ではマルク・ダルマゾ 日本代表スクラムコーチの通訳を担当。当時知り合った仏紙記者との交流や、来日したフランスチームのリエゾンを務めた際にできた縁などを通して人脈を築く。フランスリーグ各クラブについての造詣も深い。


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