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今季開幕からの全9戦中8戦で、三重ホンダヒートの4番のジャージーを着ている。
西村龍馬が頼もしい。
例えば2月22日の鈴鹿での静岡ブルーレヴズ戦も。この日のFW8人は、1番・鶴川達彦と西村以外は外国出身選手だった。
強力FWのレヴズが相手だったことも、この日のメンバー構成の理由の一つだろう。
対戦相手によって布陣は変わるが、西村は今季厚い信頼を得ている。先発した8戦はすべて、FWバックファイブに日本生まれは自分だけ。リーグワン、ディビジョン1において貴重な和製LOの一人といっていい。
レヴズ相手に26-21と勝利した試合で、西村は後半14分にトライを挙げた。前半を5-21とリードされたが、後半に入って12-21と差を詰めたあとだった。
背番号4がトライラインの向こうにボールを置いた後、SO北原璃久のコンバージョンキックが決まる。19-21と迫る。後半30分に逆転する流れを引き寄せた。
5点を加えたシーンを、「(練習してきた)サイン通りでした」と振り返る。
「運よく、自分の前が空きました。ただ、サインでは本来、トライするのはロックではないんです」
シナリオ通りではないにせよ、FWの結束が大きなパワーを生んだ瞬間だった。
2024-25シーズンは8試合出場(4先発)にとどまった。課題があったからだ。
「コーチから全体的にインパクトが足りない、と言われました。今シーズンは、そこを意識してプレーしています」

物足りないとの評価を受けてから、どのように進化を遂げたのか。
本人は、「プレシーズン、ロックに怪我人が多く出て、試合への出場機会が多かった。自分的には、それがすごく良かった」と分析する。
強みである、低く、激しいタックルを磨いた。その破壊力は多くの人に認められる。数は少なかったが、レヴズ戦でも肉体をぶち当てるような一撃を見せて相手のハードランナーを止めるシーンがあった。
重いパンチの秘訣を「気合い」とする。
「インパクトを残すことが大事なので、上にいって、ぶっ飛ばされていたらだめ。そこを意識して下に刺さるようにしています」
宮崎出身。高鍋高校でラグビーを始めた。父も地元・川南クラブでプレーするラグビーマンだ。
現在は190センチ、110キロとビッグサイズも、高校時代は180センチ前後でヒョロヒョロだった。大学進学後にタテにもヨコにも大きくなった。
進学した専修大学での4年間は、関東大学リーグ戦2部で過ごす時間が長かった。入学時、チームは2部。1年時の入替戦に勝って1部昇格も、1シーズンで降格。3、4年生時は2部で過ごした。
卒業後はコカ・コーラレッドスパークスに入る。しかし、同チームが廃部となったことがきっかけで、人生が大きく動いた。
3年間在籍したレッドスパークスでは、2年目に3人の共同主将の一人としてチームを引っ張り、ラストシーズンの3年目は一人でチームの先頭に立った。
仲間たちはトップチャレンジリーグの2020-21シーズンを終えると、プレーの継続を求めて、いろんなチームに移った。スパイクを脱ぐ決意をする者もいた。その中で西村は、トヨタヴェルブリッツへの移籍が決まった。
大学進学も卒業後の進路も、自分のやる気より、周囲から背中を押されて動いたと人生を振り返る。
しかしレッドスパークス廃部の時は、会社に残ることもできたのに、自分でラグビーを続ける選択をした。
実家は宮崎・川南町で、いちご農家を営んでいる。「親に(他チームからの)誘いがなければ(家業を)継ぎます、といっていたのですが、誘ってもらったので」勝負に出た。
リーグ戦2部チーム出身のフォワードプレーヤーが、ワールドクラスの選手たちが集まるクラブに在籍する幸運に恵まれた。
同チームでは3シーズンで18戦に出場。ただ、先発出場は半分ほどしかなかった。ヴェルブリッツからヒートへの移籍は、「プレー時間がもっとほしかった」からだ。
調子がいいと感じていても、外国人選手も含め、層の厚いスター軍団の中では「自分が思っているようなプレー時間が得られなかった」。
新天地に選んだヒートも、結果的に外国人選手が増えた。特にFWバックファイブはポジション争いの激戦区となったけれど、低く、激しいタックルや下働きという、日本のセカンドローの特性を自分の武器としたことで欠かせぬ存在になった。
そして、世界を舞台に戦う周囲の選手たちから受けた影響で、なお前へ進む。南アフリカ代表のフランコ・モスタート(同国代表キャップ84)には、「気持ちのコントロールの仕方とか、ラインアウトの技術につながる、いろんなことを教えてくれる」と感謝する。

そしてそのモスタートは、ゲームキャプテンを務めたレヴズ戦を終えたあと、西村について「彼を知っている人なら分かると思いますが、彼はとても物静かで、あまり多くを語りません。それが彼のプレースタイルにも表れていると思います。彼は誰も見ていないところでハードワークをする。ロックがやらなければならない泥臭い仕事をする」と評した。
「本当に素晴らしい人間で、優れたアスリートで彼にはこれから先、多くのポジティブな未来が待っているでしょう。このままハードワークを続ければ、おそらく日本代表にも選ばれるのではないでしょうか。選手目線から言っても、彼は素晴らしい男であり、自分の仕事を非常に高いレベルでこなしています」
西村本人は、日の当たらない道を歩く時間が長くても決して心を折らなかったエナジーの原点について、「反骨心」という言葉を使った。
「無名な選手だったので、上の大学(強豪校)出身の同じポジションの選手には負けたくない、という気持ちがあるんだと思います」
キアラン・クローリー ヘッドコーチは西村の現在の姿について、「去年と比べると、とても成長しています。それは周りにいる選手たちのおかげでもあり、フォワードコーチの指導の賜物とも思いますが、彼は本当にハードワークするし、我々のリーダーの一人です」と言った。
そして「アンサングヒーロー」(Unsung Hero)と言った。名もなき英雄。知られざるヒーロー。縁の下の力持ち。そんな存在を指す。
「ニシは毎試合先発し、多くの試合で80分間フル出場してきました(この日の前節までの8戦中7戦で先発し、4戦フル出場)。今日は80分間ではありませんでしたが、我々にとっての(勝利の)陰の立役者です」
血がカーッと湧き上がる。ロックとして最高の言葉をもらった。